軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ヤマタニ日記2

第58話 ヤマタニ日記2

ヤマタニを狙うには、あまりにも人が多すぎる。

常に傍にいる秘書や経理部長。

彼らがいるだけで、単独の状況を作るのは難しい。

それだけではない。

助手の少年や、お茶を運ぶ少女も常に周囲に控えている。

完全に一人になる機会は、ほとんど存在しなかった。

会議や打ち合わせの場も同様だ。

必ず誰かが同席しており、不自然な隙は生まれない。

やるとすれば――巡回の最中か。

あるいは外回りの際、移動中の事故を装うしかない。

セルファン教授は、静かに視線を落としながら思案した。

(……馬車だな。)

ヤマタニの移動に使われる馬車。

それに細工を施すのが最も現実的だった。

自分は別の馬車に乗り、後からついていけばいい。

同乗者が多く窮屈であることを理由にすれば、不自然さもない。

ヤマタニの馬車には、本人、秘書、経理部長、秘書見習い、そして助手が乗り込む。

確かに余裕はなく、分乗しても疑われることはない状況だった。

その晩。

セルファン教授は人気のない屋敷を静かに抜け出し、馬車置き場へと向かった。

月明かりだけが照らす暗がりの中、周囲に気配がないことを確かめる。

(誰にも見られてはいないな……。)

念入りに確認した後、ヤマタニの馬車へと近づく。

工具を取り出し、手際よく車輪まわりに細工を施していく。

わずかな異変が、致命的な結果を生むように。

作業を終えると、足音を殺し、その場を離れた。

何事もなかったかのように自室へ戻り、床に就く。

だがその一部始終を、ただ一人――影が見ていたことに、彼は気づいていなかった。

翌朝。

支度を整えたセルファン教授は、いつも通りの落ち着いた態度でヤマタニに声をかけた。

「奥方様らとご一緒の馬車ですと、少々窮屈に感じますので、別の馬車に乗らせていただいてもよろしいでしょうか?」

一瞬の間。

ヤマタニは軽く思案する仕草を見せたが、すぐに穏やかに頷いた。

「そうでしたか。気を遣わせてしまい申し訳ありません。すぐに用意させましょう。」

「ありがとう存じます。」

表情には出さないまま、セルファン教授の胸の内に、静かな確信が広がる。

(これでいい……条件は整った。)

やがて一行はいつものように馬車へと乗り込み、会社へ向けて出発した。

セルファン教授も別の馬車に乗り、少し遅れて後を追う。

――はずだった。

会社に到着しても、彼の姿はなかった。

ヤマタニはわずかに眉をひそめると、助手の少年に確認を命じる。

「様子を見てきてくれるか。」

少年はうなずき、駆けていった。

しばらくして戻った少年は、やや緊張した面持ちで報告する。

「馬車の車輪が走行中に外れたそうです。中にいたセルファン教授は大怪我をしていたとのことです。」

「教授と御者は病院へ運ばれましたが、命に別状はないようです」

「なんだって……!」

ヤマタニの声が、思わず強くなる。

その報告の裏で、少年の脳裏には昨夜の光景が蘇っていた。

屋敷の馬車置き場。

月明かりの下、誰かがヤマタニの馬車に手を加えているのを、彼は確かに見ていた。

怪しい――そう直感した少年は、朝になると密かに馬車を入れ替えていたのだ。

その判断が、結果として事故を未然に防いだ。

もしそのまま乗っていれば――結果は違っていたかもしれない。

助手の少年による、冷静な観察と即断。

それは偶然ではなく、積み重ねられた信頼の中で生まれた、確かな手柄だった。