作品タイトル不明
真の黒幕
第55話 真の黒幕
実行犯は捕らえたものの、依頼主はフードを被った男であり、正体は掴めなかった。
次にどのような手を打ってくるのか、ヤマタニにも予測がつかない。
ひとまず、各バス商会に対して運行前点検を徹底するよう依頼した。
◆
しばらくして、ヤマタニの蒸気バスに関する悪い噂が広まり始めた。
「ヤマタニバスはよく故障する。」
「事故を隠蔽しているらしい。」
「品質に問題がある。」
といった根も葉もないデマである。
「なるほど……今度はこう来ましたか。」
ヤマタニの中で、真犯人の輪郭が見え始めていた。
犯行によって利益を得る者こそが黒幕である——物語の定石でもある。
商人協会長へ状況を報告すると、協会側も犯人捜しに協力するとの確約を得た。
調査を進めると、バス業界で損害を受けている商会がいくつか浮かび上がる。
その中から、日頃よりソンブレロ・モネダ商会に批判的な商会が見つかった。
アロー馬車運輸商会とバロー牛馬運輸商会である。
いずれもヤマタニの発明した蒸気バスや蒸気機関車、蒸気トラックの普及により、客を奪われていた。
あまりに都合よく候補が浮かび上がったが、黒幕としては十分に筋が通っている。
「……やはり、このどちらかか。」
ヤマタニは静かに呟いた。
「泳がせて——炙り出します。」
◆
ある日、酒場でフードを被った男がごろつきに金を渡しているところを、騎士団のミランドが目撃した。
即座に現行犯として拘束する。
やはり噂を流していたのは、アロー馬車運輸商会の社長だった。
そのまま衛兵に引き渡され、取り調べが行われた。
参考人として詰め所を訪れたミランドとヤマタニは、経緯と状況を説明する。
やがてアロー馬車運輸商会の社長は、堰を切ったように犯行を自白した。
「わははは。俺はやつに一泡吹かせてやった。」
「あいつの商会は大打撃をうけたにちがいない!」
「いい気味だ。ざまーみろ!!」
◆
ミランドは静かに言葉を投げかける。
「売上が落ちたのは、あんたの経営が原因だ。ヤマタニ社長のせいではない。」
「人を安全に運ぶという点では、蒸気バスも馬車も同じだろう。」
「それなのに、客と同業者を欺き、危険に巻き込んだ。」
ヤマタニは一歩、前に出た。
「……やはり、貴方でしたか。」
静かな声だった。
「ミランドの言うとおりです。私達の仕事は——お客様を安全に運ぶことだ。」
視線をまっすぐ向ける。
「貴方は、それを踏みにじった。」
そして、言い切る。
「貴方は負けたのではない。」
一拍置いて——
「時代に、置いていかれただけだ。」
その言葉に、男はうなだれ、言葉を失った。
◆
ヤマタニ男爵の商会に牙を剥いたアロー商会は、すべてを失った。
資産は没収され、商会は強制解散。
その名は、業界から完全に消え去った。
賠償金はソンブレロモネダ商会へ支払われる事になる。
アロー商会の資産は、すべてソンブレロモネダ商会のものとなった。
◆
「アロー商会社長が、バスに細工してたらしいぞ。」
「やはり、ヤマタニ社長は正しかったんだ
。」
街の空気は一変する。
疑いは消え、信頼は——以前よりも強くなっていた。
◆
やがて、返品されていた蒸気バスは元の場所へ戻された。
一台、また一台と——再び動き出す。
子供が笑いながら乗り込み、行商人が荷物を抱えて席に着く。
運転手が蒸気圧のレバーを引く。
シリンダーが動き——
シュー……と音を立てて、バスは走り出した。
◆
それはもう——止まらない流れだった。
かつて馬車が支えていた道を、今は蒸気が走る。
時代は、確実に動いている。
◆
その光景を見つめながら——
ヤマタニは、静かに呟いた。
「……これが、流れか。」
わずかに口元が緩む。
「なら——乗るしかないな。」
その目はすでに、次の未来を見据えていた。