作品タイトル不明
巡回バス
第52話 巡回バス
馬車よりも速く移動できる――
その一点だけで、ヤマタニの銃器バスは爆発的な人気を得ていた。
サンブレロの街を走るその姿は、もはや日常の一部だ。
通勤、商売、観光――あらゆる人の流れを変えつつある。
だが。
「……また、か。」
報告書を見たヤマタニは、静かに眉をひそめた。
過積載による車軸の破損。
整備不足による蒸気圧の異常上昇。
そして――軽微とはいえ、ついに乗客の負傷者が出た。
急速な普及は、必ず歪みを生む。
「原因は?」
「整備人員が足りておりません。加えて、運行本数を増やしすぎています。」
「……だろうな」
人気に応え続けた結果が、これだ。
止めれば不満が出る。だが、続ければ事故が起きる。
(拡大か、安定か……。)
ヤマタニが判断を下そうとした、その時だった。
「国王陛下より、使者が到着しております!」
――嫌な予感しかしない。
通された使者は、開口一番こう言った。
「王都にも巡回バスを導入したいとの仰せです。」
やはり来たか、とヤマタニは内心で舌打ちする。
「さらに――各地を結ぶ鉄道建設についても、ご相談が。」
「……鉄道までか。」
思わず、乾いた笑みが漏れた。
街ひとつの交通整備ですら、この有様だ。
それを国全体に広げる?
まともに引き受ければ、確実に破綻する。
(……昔の俺なら、飛びついていたな。)
事業拡大。利益。名声。
だが、その先にあったものは――公害、混乱、そして責任の集中だった。
ヤマタニは、ゆっくりと目を閉じる。
そして、決めた。
「……条件があります。」
「ほう?」
「技術とノウハウは提供する。だが、運営はそちらでやってもらう。」
使者の眉がわずかに動く。
「人材はこちらで育成する。王都から人を出せ。現場で叩き込む。」
「つまり……任せる、と?」
「ああ。全部は抱えない。」
きっぱりと言い切った。
「発電所も同じだ。設計と指導はするが、管理は現地だ。
でなければ――いずれ全部が止まる、
」
使者はしばし沈黙した後、静かに頷いた。
「……陛下に、そのままお伝えいたします。」
こうして方針は決まった。
王都からは、鉄道経営候補。
バス会社の運営要員。
発電と送電の管理者志望者たちが送り込まれてくる。
彼らはサンブレロで働きながら学び、
やがてそれぞれの地へ戻っていく。
――任せるために、育てる。
ヤマタニは、ようやく“次の段階”へと踏み出したのだった。
だが。
「最近、妙な連中が出入りしているそうです。」
部下の一言が、空気を変えた。
「妙な連中?」
「はい。王都の貴族……だけではありません。
どこの所属とも分からぬ者たちが、技術者に接触を」
――技術を、狙っている。
一度広げたものは、もう閉じられない。
人も、技術も、金も――すべてが流れ始めている。
ヤマタニは、窓の外を見た。
街を走るバス。
増え続ける人の波。
そして、その裏に潜む影。
「……面倒なことになってきたな。」
近代化は、光だけでは終わらない。
その裏で動き出した“何か”が、
やがて大きなうねりとなることを――
この時、まだ誰も知らなかった。