作品タイトル不明
食料高騰
閑話 食料高騰
移民者が増え、サンブレロの街では食料不足が深刻化していた。
その隙を突いたのが商人たちである。
「これはチャンスだ! 食料を買い占め、高値で売れば大儲けだ!」
「今は売るな、もっと上がる! あるだけ抱え込め!」
商人たちは密かに手を組み、小麦や食料を倉庫に溜め込んでいく。
市場から物が消えた。
結果――
野菜、肉、魚、果物に至るまで、あらゆる食料の価格が跳ね上がった。
サンブレロの街では、わずか数日のうちに物価が倍へと膨れ上がる。
◆
「この店も値段が上がってるわ……。」
「すいませんねぇ、奥さん。仕入れが倍でして……。」
店主は申し訳なさそうに頭を下げる。
「パンが……買えない……。」
母親が、小さな子供の手を握りながら、空に近い棚を見つめていた。
「今日は黒パンと、具なしスープね……。」
日々の食卓が、確実に貧しくなっていく。
街には、不安と焦りが広がっていた。
◆
「ヤマタニ様、食料の値段が高騰しております! このままでは混乱が――!」
執事長が駆け込んできた。
「ああ、分かっている。」
ヤマタニは落ち着いた様子でティーカップを置いた。
「すでにトラックと汽車貨物で、外から食料を買い付けている。順次到着するはずだ。」
「流石は旦那様……!」
執事長は安堵の息を漏らす。
だが、ヤマタニは首を横に振った。
「これは応急処置に過ぎない。」
「サンブレロは人口が急増している。工場、移民、観光……需要が供給を上回っている状態だ。」
静かに、しかし確信を持って言う。
「――ならば、歪みを正す。」
執事長の表情が引き締まった。
「商会を通じて食料を配給する。同時に――価格の不当な吊り上げを禁止する。」
「違反者は?」
「例外なく、資産没収だ。」
その一言は、あまりにも重かった。
ヤマタニはかつての世界で、何度も見てきた。
オイルショック、災害、戦争――
人は不安に駆られれば、必ず買い占めに走る。
だからこそ必要なのは、力だ。
市場を落ち着かせる“絶対的な力”。
「食料は足りていると示せば、人は冷静さを取り戻す。」
◆
「と言う事で、今月の請求書です。」
「なっ!?」
ヤマタニは思わずお茶を吹きかけた。
自邸ですら、請求額が倍以上に跳ね上がっていた。
「これはまずいな……。」
一瞬の沈黙。
そして次の瞬間には、決断していた。
「臨時列車を増発しろ。トラックもバスも全車両投入だ。」
「街に流通する食料量を、一気に引き上げる。」
「はっ!」
「――市場は、“量”で叩く。」
◆
その頃――
「おい!聞いたか!? 買占めは重罪、資産没収だってよ!」
「な、なんだと……!? 急げ、値札を戻せ――。」
「遅い。」
低い声が、倉庫に響いた。
振り返った商人の顔が凍りつく。
そこには、役人と兵士たちが立っていた。
「在庫の開示命令だ。倉庫を開けろ。」
「ま、待て! これは正当な――。」
扉が強引に開かれる。
中には、積み上げられた大量の小麦袋。
隠し続けていた証拠だった。
「確認した。全量没収。」
「やめろ! それは俺の財産だ!」
「違反者に財産は認められない。」
冷酷な宣告だった。
兵士たちが一斉に動き、袋が次々と運び出されていく。
商人は崩れ落ちた。
◆
その光景は瞬く間に街中へ広がった。
結果――
「値段を元に戻せ! 今すぐだ!」
「もう儲けなんていい! 捕まるぞ!」
商人たちは一斉に態度を翻した。
高騰していた食料価格は、急速に落ち着いていく。
混乱は、終息へと向かい始めた。
◆
だが――
この動きは、サンブレロだけの問題ではなかった。
◆
ヤナーク伯爵領
「何? ヤマタニの街で移民が急増しているだと?」
「はい。その影響で、こちらも食料価格が高騰しております。」
ヤナークは静かに目を細めた。
「……仕方あるまい。」
「備蓄を開ける。」
「しかし、それは非常時のための――。」
「今が、その非常時だ。」
短く言い切る。
「今年の収穫もある。持ちこたえられるだろう。」
「はっ!」
◆
だが――
この食料高騰は、単なる需給の崩れではなかった。
誰かが、この流れを“作っている”。
サンブレロに流れ込む移民。
連鎖する価格高騰。
不自然なほどに揃いすぎた状況。
その裏にあるものに、まだ誰も気づいていない。
――嵐は、まだ始まったばかりだった。