作品タイトル不明
煙対策
第47話 煙対策
確か石炭には、有毒な成分が含まれている。
ヤマタニは煙突から立ちのぼる黒煙を見上げながら、ゆっくりと目を細めた。
――このままでは、いずれ必ず問題になる。
いや、すでに“なっている”。
火災の原因。 健康被害。 そして――住民の不満。
(放置すれば、信頼を失う。)
それは商売において、致命的だった。
「煙を……制御できないか。」
頭の中で、構造を組み立てていく。
煙を冷却し、 水で熱を奪い、 煤や有害物質を落とす。
その後、濾過する。
(最後に……水蒸気だけを逃がす。)
理屈の上では可能だ。
だが――
(問題は、フィルターの素材か。)
布ではすぐに詰まる。 だが、砂や炭を使えば――層として機能するかもしれない。
「……やってみるしかないな。」
ヤマタニは踵を返した。
迷いは、なかった。
◆
その日のうちに、緊急対策会議が開かれた。
「煙突にフィルターを設置する。」
簡易図面を机に広げ、ヤマタニは言い切る。
「火災対策と、公害対策。その両方を狙う。」
室内に、わずかなざわめきが走る。
やがて、発電所の所長が口を開いた。
「……理屈は分かりますが、相当なコストになります。」
当然の懸念だった。
設備改修。 材料費。 人件費。
どれも無視できる額ではない。
だが――
ヤマタニは一切迷わなかった。
「これは金の問題ではない。モラルの問題だ。」
静まり返る室内。
ヤマタニは、さらに言葉を重ねる。
「たとえ利益が減ろうと――住民に被害を出す商売は続けない。」
その声は強くはない。
だが、揺るぎなかった。
「信頼を失えば、すべて終わる。それだけは絶対に避ける。」
誰も、反論しなかった。
いや――できなかった。
その場にいた全員が理解したのだ。
この男は、本気だと。
「……分かりました。すぐに準備に入ります。」
所長が深く頷く。
こうして、煙対策は正式に動き出した。
フィルターはヤマタニ自ら設計し、鍛冶屋で製作。
煙突への設置は、数日以内に行われることとなった。
◆
一方――
別の場所にある溶鉱炉では、
昼夜を問わず、鉄の生産が続けられていた。
石炭がくべられ、 黒煙が空へと吐き出される。
濃く、重く、そして――刺すような臭い。
「所長、また近隣住民から苦情が……。」
部下が恐る恐る報告する。
だが。
「放っておけ。」
所長は吐き捨てた。
「領主様のご命令だ。庶民は黙って従えばいい。」
一切、取り合わない。
夜通し鳴り響く機械音。
空気は濁り、 家々の壁は煤で黒ずんでいく。
干していた洗濯物は、一晩で灰色に変わる。
「……またかよ。」
男が舌打ちする。
その隣で――
幼い子供が、苦しそうに咳き込んだ。
「大丈夫……?ほら、水を飲みなさい。」
母親が背中をさする。
だが、咳は止まらない。
窓を閉めても、 布で口を覆っても、
煙は、容赦なく入り込んでくる。
「こんなの……いつまで続くんだ……。」
誰かが、ぽつりと呟いた。
その声に、誰も答えない。
いや――
答えは、もう分かっていた。
限界だ。
住民たちの不満は、すでに臨界点に達していた。
◆
同じ“煙”を扱いながら――
片や、守る者。
片や、踏みにじる者。
その差は、あまりにも大きかった。
そしてそれは、やがて――
決定的な違いとなって現れる。