作品タイトル不明
閑話 浮浪者孤児狩り暗躍
閑話 浮浪者孤児狩り暗躍
この街には、孤児が多い。
経済は歪んでいた。
金持ちはさらに富み、貧しい者は働いても底から抜け出せない。
子は生まれる。
だが、育てられず、捨てられる。
子供は親を選べない。
それだけが、残酷な平等だった。
朝になれば、路地の隅で目を覚まし、
昼には空腹に耐えながら街を彷徨い、
夜には身を寄せ合って寒さをしのぐ。
名前を持たぬ者もいる。
昨日まで隣にいた者が、今日はいないことも珍しくない。
だが、それに理由を求める者はいない。
理由を考える余裕すら、この街の底には存在しなかった。
◆
最近、孤児の間で噂が広がっていた。
南区に、炊き出しをする商会がある。
うまくすれば、日雇い仕事ももらえるらしい。
最初は誰も信じなかった。
だが、実際に腹を満たした者が現れると、噂は一気に広がった。
「本当にもらえた!」
「パンが柔らかかったんだ!」
「スープもあったぞ!」
それは、彼らにとって奇跡に近い話だった。
「今日は炊き出しだってよ!」
「急げ!遅れたらなくなるぞ!」
子供たちは一斉に駆け出す。
鍋の前にできる列。
押し合いながらも、誰も文句は言わない。
パンの匂い。
湯気。
温かいスープ。
それだけで、子供たちの目は輝いた。
列の中に、小さな少年がいた。
痩せ細り、服は擦り切れている。
だが、その目にはわずかな期待が宿っていた。
パンを受け取ると、少年はそれを両手で包み込むように持った。
まるで壊れ物のように、大切に。
一口、かじる。
ゆっくりと噛みしめる。
その顔に、かすかな笑みが浮かんだ。
「……うまい。」
誰に聞かせるでもない、小さな声。
「明日も来ような。」
隣にいる別の子供に向けたのか、
それとも自分に言い聞かせたのか。
その言葉は、湯気の中に溶けていった。
仕事もある。
掃除、荷運び、草むしり。
簡単な作業だが、先に食べさせてもらえる。
それだけで十分だった。
「マルペン社長は天使さまだ。」
そんな声まで聞こえる。
笑い声が、広がる。
ほんのひとときだけ、
この街の底に、穏やかな時間が流れていた。
◆
その様子を、少し離れた路地裏から眺める男たちがいた。
壁にもたれ、影に紛れるように立つ。
「兄貴。またガキが集まってやすぜ。」
「……ああ。今日は当たり日だな。」
「いつもの手はずで?」
「やるぞ。」
声は低く、無駄がない。
視線は、列の中をなめるように動く。
誰が弱いか。
誰が一人か。
誰が消えても騒ぎにならないか。
選ぶ。
ただ、それだけの作業だった。
◆
炊き出しが終わる。
満腹とまではいかないが、
それでも腹が満たされた子供たちは、散り散りに帰っていく。
帰る場所などない者も多い。
だが、それでも人の流れに紛れるように歩き出す。
人気のない裏路地へ入った瞬間を狙う。
足音が一つ、増える。
気づく前に、距離は詰められていた。
布を口に押し当てる。
少年の目が、大きく見開かれる。
何が起きたのか理解する前に、
意識が遠のいていく。
悲鳴は出ない。
手足を縛り、麻袋へ。
軽い。
あまりにも軽い。
袋ごと、丈夫な荷箱に押し込む。
他にも、いくつか同じ袋が積まれていた。
馬車の扉が、静かに閉まる。
ガタン、と小さな音がした。
それだけだった。
誰も気づかない。
誰も振り向かない。
孤児が一人、消えた。
◆
「一人、金貨一枚だ。」
「へへ……やめられねぇな。」
男たちは笑う。
それは商売の会話だった。
罪悪感の欠片もない。
だが――
その背後で、さらに冷たい目が見ていることを、
男たちは知らない。
路地の奥。
闇に紛れる影。
その足元は、汚れていない。
指先には、光を弾く指輪。
一瞬だけ、月明かりを反射した。
◆
その頃。
マルペン商会では、子供たちが笑っていた。
空になった鍋。
積み上げられた空の皿。
働いた子供たちは、満足げに息をつく。
社長は忙しく帳簿をめくる。
紙の上に並ぶ数字。
日付。
人数。
炊き出しの量。
配った食料。
働いた子供の数。
すべて、きっちりと記されている。
規則正しく。
正確に。
まるで、何かを測るかのように。
◆
知らない。
ほんの数百歩先で、
また一人、街から消えたことを。
あるいは――
知っていて、なお目を向けていないのか。
それを確かめる者はいない。
夜の空気は静かだった。
静かすぎるほどに。
まるで何も起きていないかのように、街は、いつも通りの顔をしている。
だがその裏で、確かに何かが動いている。
音もなく。
気配もなく。
ただ一人、また一人と、痕跡すら残さずに消えていく。
そして明日もまた――
同じように、列ができる。
同じように、パンの匂いが漂う。
同じように、子供たちは笑う。
何も知らないまま。