作品タイトル不明
ダンジョン・デビュー(魔物どこ?)
ダンジョンの第一層への道は薄暗く、足元すらも見えづらい。
柊牡丹は久しぶりなこともあって地面に目を凝らしながら躓かないよう歩くも、左右の存在が気になって仕方なかった。
(ぅ、浮いてる……)
シャルロッテとユリヤはわずかに小躯を浮かせてふよふよ進んでいる。
ひとまず見なかったことにして先を行く試験官二人を追っていたら。
「見て、急に明るくなったわ」
「ほわぁ、地下なのにお空があります~」
突如として開けた空間に行き当たった。
体感では二、三階ほどしか降りていないのに、頭上には『空』が広がっている。調査によれば壁面上部に映し出された何かであるらしいが、どのような手法かは知れていない。
眼前の景色もまた奇妙なものだった。
石造りの柱や壁が朽ち、ひび割れ、半壊し、洞窟内であるはずなのに蔦が巻き付いたり苔が覆っていたり。
長い年月をかけて風化した様は、どこか『異界』へと足を踏み入れたと実感させる。
剥き出しの地面を進んでいると、草木や建造物が姿を消してぽっかりと開けた場所にたどり着いた。
この広場を境にして、先に進めば 魔物(モンスター) と呼ばれる生物とも呼べない不可思議なモノたちが跋扈するのだ。
「試験はここで行う」
前をずんずん進んでいた試験官が振り向いた。
ひげ面の中年男性は、牡丹もよく知る人物だ。
ダンジョン発見当初から内部に入り、父とはダンジョン内で知り合ったらしい。政府系に進んだ彼とはときに衝突したそうだが、父の葬儀では泣き崩れるほど懇意にしていた。
「まず最初に言っておく」と低い声を響かせる。
「ダンジョン内での探究者同士の戦闘行為は認められていない。どのような事情があろうと、な。だが今回は君たちの実力を測る目的であり、君たちがまだ探究者資格を有していない、という事情を考慮しての特例措置だと理解してほしい」
ふつうに考えて、勝負になるはずがない。
なにせ彼のレベルは90を超え、ステータスでもユリヤを遥かに凌いでいるのだから。
「最初は君たちの攻撃を見せてほしい。私のステータスは防御の比重が高く、固有スキルも防御系だ。遠慮せず、と言いたいところだが、殺さないよう手加減はしてくれよ?」
ともすれば初心者相手に小馬鹿にした発言のようにも取れるが、眼光は鋭く笑っていない。
すくなくとも彼は本気だ。
全力を尽くして初心者の実力を測るつもりだろう。
そよ風すらない中、緊張感が辺りに伝わっていく。
ごくり、と牡丹がのどを鳴らすのを合図としたのではないだろうが、ひげの試験官は背の大剣を抜かず、ファイティングポーズを取った。
「では、始めるとしようか」
告げた、直後。
(嘘でしょ!?)
牡丹の前でふわふわ浮いていた銀髪の少女が、消えた。その次の瞬間にはひげの試験官の背後に現れたのだ。
「バカな、固有スキルだと!?」
彼女の固有スキルは『 空間跳梁(ワープ・トリックスター) 』。瞬間移動を実現する。
効果としては当然だし、戦いにおいて相手の背後を取る戦術は有効だ。
が、説明されたところで未知の能力を躊躇なく使える者などいない。まして目標を誤れば壁や地面、下手をすれば他の誰かに重なる危険も大いにある能力だ。
まったくの恐怖もなく使いこなしてみせたことに、牡丹を含め試験官二人も驚愕に動けずにいた。
「ふうん、魔力の消費はいっさいないわね。発動速度と距離に不満はあるけれど、低レベルのうちは仕方ないかしら」
ユリヤがにこにこ顔で妙なことを言うや、その場で体を捻って一回転。
優雅な所作ながら、そのスピードは度肝を抜いた。
「ぐっ――うおぉおおおぉお!」
ひげの試験官はよく反応した。あえて振り向かず、背の大剣でユリヤの後ろ回し蹴りを受け止めたのだ。
が、彼は舌を巻くほかない。威力が想定以上だった。レベル1にしては相当高いステータスながら、防御に絶対的な自信を持つ自分を蹴り飛ばせるほどとは。
「あはは♪ 言うだけあって硬いわね。今度は手加減なしで――と思ったけれど、わたしばかりじゃテストにならないか。シャル、あなたもスキルっていうのを使ってみなさいよ」
「ほえ? あ、はい、そうですね。えーっと、語感的にもランク的にも『 聖域展開(サンクチュアリ・フィールド) 』が気になるのですけど、名前的にも逆の意味でのランク的にも『 魔力弾(マジック・バレット) 』は気になりすぎます。ハズレっぽいスキルが実は!? とかあると思います!」
もう一人の浮いてる美少女が目をキラキラ輝かせたのを見て、危険を察知したのか。
「こいつら、なんかヤバいよ!」
女の試験官が後方へ跳びつつ弓に矢をつがえた。
目にも留まらぬ速さで一の矢を射る。彼女は若いがレベル70を超える実力者だ。しかも後方からの攻撃支援は全探究者の中でもトップクラス。
「殺しはしないよ。でも動きは止めさせてもらうから、痛くてもガマンしな」
言いながら二射、三射と続けざまに矢を放った。
狙いはユリヤだ。
驚いたことに、不意をつかれたのに矢の軌道を目で追えているのか、笑みを浮かべたまま姿を消す。
「あれ? 追ってくるの?」
だが矢は大きく軌道を変え、瞬間移動した先に迫ってくる。
どこまでも追尾する必中の征矢。彼女の固有スキルによる効果だ。しかも三つの矢はそれぞれ連携しているかのようにユリヤを追い立てていた。
試験官は手を緩めない。
自動追尾に相当な自信があるのか、次なる狙いを、スキルを使おうとしたシャルロッテに定めた。
わくわくした風なシャルロッテを、さすがに守らなければと使命感に燃えた牡丹だったが、すぐ隣からつぶやきに押しとどめられた。
「ふむ、複数の矢に効果を乗せられるだけでなく、連携までさせられるとはな。同時発動数もまだ上限ではないし、持続時間も長い。自身のレベルが高いがゆえ、なのだろうな。厄介ではあるが――」
ユリヤそっくりの姿で完全なる無表情のまま、ウラニスがつまらなそうに続けた。
「想定通りの弱点を抱えていては面白くもない」
ピキィーンッ!
氷が砕けるような音が響いた。
ユリヤを執拗に追っていた自動追尾の矢が、魔法陣のようなものに衝突して弾かれていた。力なく地面に落下する。
続けて複数の音が鳴った。
いくつか放たれていた矢が同じ運命をたどって落ちる。
女試験官の固有スキルでは、目標に達する前に別の何かに衝突するとスキル効果が消え去るという弱点があった。
牡丹はおそるおそる尋ねる。
「ぇ、えっと、その、今ってもしかして、スキルを使いました?」
「試しにな。が、『 弱点看破(クリティカル・リーディング) 』か、レベル差がありすぎて役には立たなかった。すこし魔力を乗せてようやく機能した、といったところだ。そもそもスキル効果自体に捻りがない。せいぜいオレの推測を補強する程度のものだろうな」
たしかに分析対象とのレベル差があるうちは使いにくいとされている。それでもランクAの超レアスキルだ。それをなぜレベル1のド素人が、レベル70オーバーの試験官のスキルを看破できたのか……。
不思議なのはそれだけではない。
(どうやって自動追尾の矢を防いだの? まさか……前に言ってた、魔法?)
当然の疑問は試験官たちにも浮かんだらしい。
「妙だ。連中のスキルでは矢を防ぐものなどなかったはず」
「武器も何も持っていないのに、どうして……?」
警戒を密にする二人に対し、金髪の少女が天使のような笑みで応じる。
「これこそが魔法! なのです!」
この子は何を言っているんだ? という顔をする試験官二人に、
(私もいまだ理解していません……)
牡丹はそこはかとない共感を抱くのだった――。