軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

夜霧の切り裂き魔(自称)

王都では珍しく、霧が立ち込めていた。

こんな夜は、特に若い女性は細心の注意を払い、一人で出歩いてはならない。

なぜなら、そう。最近、巷を騒がせる、

――〝彼〟が現れるから。

かつんかつんと、のんびりした靴音が裏路地に響き渡る。

どうやら〝獲物〟が来たようだ。

人気のない暗い道を選んだのは彼女の失態。おおかた早く家路につきたいがためだろうが、あまりに無警戒だと言わざるを得ない。

〝彼〟は目深に帽子をかぶり、顔の下半分を布で覆っていた。

季節外れのロングコートを羽織り、ポケットに突っこんだ手には、忍ばせた大ぶりのナイフを握っている。

『 名もなき切り裂き魔(ジャック・ザ・リッパー) 』と、彼はうそぶく。

相手は誰だって構わない。

強いて言うなら若い女だ。

容姿は特に気にしないが、こちらへ向かっている今回の獲物は遠目でも顔立ちが極上だと感じた。

ひ弱そうなら申し分なかったが、むっちりとして肉付きがいいのもまた味わい深くはあるだろう。

(いやしかし……破廉恥すぎでは?)

胸と股間しか隠れていない。最近の娼婦はあそこまでアピールしなければやっていけないのだろうか?

一抹の不安を抱きつつも、〝 名もなき彼(ジャック) 〟はポケットの中でナイフをぎゅっと握って早足に近寄っていく。

正面から、堂々と。

告げる言葉は何もない。彼なりのこだわりだ。彼女の短い人生の終幕は、我が沈黙と彼女の悲鳴が彩ってくれる。

女が歩みを止めた。

切れ長の目を細め、美貌をわずかに歪めた様に背筋がぞくぞくと震えたその直後。

バッターン!

「ぶべっ!」

男は何もないところですっころんだ。

「うぎゃぁーっ!」

ポケットの中のナイフが脇腹に刺さった。といっても少しだけなのだが、男は地面の上をのたうち回る。

「……アンタ、なにやってんのよ?」

破廉恥な格好の女は呆れ顔だ。

「ぐっ……、くそ……」

男はのそりと起き上がる。

まったく怖がっていない彼女へ向け、ナイフを(慎重に)取り出して(先っちょについていた自らの血を拭き取り)突き出した。

ん? と女の美貌が怪訝に染まった。

「アンタ、最近ここらに現れる露出魔じゃないの?」

「どの口が言う!?」

露出魔チックな女に言われたくなかった。

思わず声を荒らげてしまったが、ここは沈黙を貫く状況でもなさそうだ。

ここで命ついえる彼女に対し、わずかばかりであっても情けをかけてやろうと彼は自らの名を口にする。

「私はジャック…… 名もなき切り裂き魔(ジャック・ザ・リッパー) だ」

「はあ? 名もなき露出魔(ジャック・ザ・フラッシャー) じゃなくて?」

「だからなんでそうなる!?」

「おかしいわねぇ。ここらで強盗や殺人の話なんて聞かないけどぉ?」

「……」

男は気まずそうに目を逸らした。

女の言う通り、この辺りで強盗や殺人鬼が出たとの話はまったくない。

彼が殺人衝動に駆られて付近に出没し始めて半月。

都合七度、今夜のように魔法で霧を発生させて一人きりの獲物を見繕い、襲ってみた。

しかし毎回毎回、今のように転んだりナイフをうまく取り出せなかったりとまごついている間に、獲物はみんな逃げ出してしまったのだ。

その結果、露出魔だと勘違いされていたとは……。

しょんぼりする彼に、

「まあ、いいわ」

女が舌なめずりして寄ってくる。

「アンタからビシビシ感じるこの独特の魔力。アタシの〝獲物〟は、アンタで間違いないみたいねぇ」

赤い瞳が妖しく光った。

「ひっ!?」

喰われる。

性的な意味ではなく、本来的な意味で。そう恐怖した男が腰を抜かした、直後だった。

「霧に隠れて悪事成す。闇を好みし者たちよ、月に代わって見てますよ?」

少女の、声がした。

「誰!?」

聞き覚えはあるが、女は思わずそう叫んだ。

声の出所――頭上に視線を突き刺す。

「いいですね! その反応。誰何されたなら答えましょう。いえされなくても言っちゃいますけど」

霧に浮かぶ小さな影は、「とおっ!」との掛け声とともに飛び上がり、しゅたっと道へ降り立った。

「正義の魔法少女イモータル☆シャルちゃん、 死の運命(あなたのなやみ) を ぶちのめ(かいけつ) します♪」

ピンクでフリフリの衣装をまとった女の子だ。マジカルステッキで決めポーズ。

「出たわね、ふざけたガキ。ま、今回もアタシが勝たせてもらうわ」

「いえいえ、今回もまたわたくしたちが勝利します」

「ふふふ……」

「えへへ♪」

嗜虐と爛漫。互いに浮かべる笑みは対照的で、まったく面識のない二人が交わした言葉の意味は知れない。

それでも〝彼〟は、直感した。

(会話、たぶん噛み合ってないな)

そんな彼は自らのコートの内側に、金色のカードが張り付けられているとは知る由もなかった。