軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三話 最強の陰陽師、外国に行く

二日後。

王子とその護衛隊の馬車と共に、ぼくとイーファはロドネアを発った。

アスティリア王国はランプローグ領以上に遠い。

かなり長い旅路になる予定だ。

隣に座るイーファが心配そうに訊ねてくる。

「セイカくん、大丈夫? 気分悪くない?」

「ああ。もういい加減慣れてきたよ」

苦笑しながら答える。

何回も乗ってればさすがにね。乗り心地は相変わらずよくないけど。

イーファはなおも言う。

「ダメそうだったらまた寝ててもいいよ? なにかあったら起こすから」

「いざとなったらそうする。でもさすがにまだ眠くはないな」

「そう? ……あ、そっか……まだ初日だもんね……」

「何?」

「ううん」

イーファが首を横に振って、小さく笑う。

「セイカくん、今まで一緒に馬車に乗ったときは、途中の宿でずっと起きててくれたでしょ? 明るいときに馬車の中で寝てたの、そのせいだったのかなって」

「あー……気づいてたんだ」

大都市ならともかく、小さな街や村にあるような宿はほとんどが大部屋で雑魚寝だ。

おかげでおちおち寝てもいられない。貴重品を持っていたり、若い女でも連れていればなおさら。

だから去年領地から出てきたとき、ぼくは途中の宿で夜通し警戒せざるを得なかったわけだけど……別に、だから起きていたわけじゃない。その程度はやろうと思えば全部式神に任せられる。

ぼくが夜起きていたのは、ただ馬車酔いが嫌で日中ずっと寝ていたかったからだ。

七日も乗っていたのに最後まで慣れなかったのは、そのせいもあったんだけど。

「気にしなくていいよ。あの時はむしろ馬車の中で起きてる方が辛かったから」

「うん……ありがとね、セイカくん」

イーファが笑って言った。

事実なんだけど、この子が本当に気にしないということはないだろうな。

まあだからこそ、女子寮でもいろんな生徒に好かれてるんだろうけど。

「でも今回、宿の心配はしなくてよさそうだ。あれだけ護衛がいるし、きっと事前に手配くらいしてるだろう」

何せ王子だしね。

人数が人数だから野営になるかもしれないが、それでも田舎の宿よりはずっと快適になるはずだ。

「こんなにいい条件で他の国に行けることはそうそうないだろうな。ドラゴン様々だよ」

「……ドラゴンかぁ。でもすごいよね、人とドラゴンが一緒に暮らしてるなんて」

イーファは視線を上げ、楽しげに言う。

「竜騎士みたいに、背中に乗ったりできるのかな?」

「竜騎士はおとぎ話じゃないか。イーファ、そういうの好きだよな……現実にはとても無理だよ」

「そうだけど、実際に仲良くしてるんだし」

「いや仲の問題じゃなくてね……」

妖(あやかし) もそうだが、羽の生えてるやつに乗って飛ぶというのは難しい。

ぼくも妖に乗るときは、完全に神通力のみで飛ぶものを選んでいた。具体的には 蛟(みずち) とか。

どう説明するか迷っていると、イーファがふと思い出したように言う。

「そういえば出発前に、セシリオ殿下から一緒の馬車に乗らないかって誘われたよ」

「えっ!?」

「ドラゴンのことを詳しく話したい、って言われて」

「へ、へぇ……」

あの王子……ドラゴンの話をするのにぼくには一言もなしか?

いや、わかる。ドラゴンは口実で目的はイーファなんだろう。しかし建前なら建前として、ぼくへの礼儀を通すとかないのか?

そもそも今の状況で、そんなことをしている場合なのか?

ぼくは顔を引きつらせながら聞き返す。

「そ……それで?」

「もちろん断ったよ。セイカくんの従者ですから、って」

と、イーファは苦笑いを浮かべて言う。

「困っちゃうよね。まさかわたしなんかを、本気で後宮に迎えたいわけじゃないと思うけど」

「いや……一応、真剣に誘ってたと思うよ」

「そうかな? もしそうなら、ちょっとだけうれしいかな」

イーファが少し照れたように言った。

もやもやした気持ちを抱えたまま、馬車は進んで行く。

****

九日後。

ぼくたちの目の前に、城壁に囲まれた目的の都市が姿を現した。

アスティリア王国旧王都、プロトアスタ。

山々を背にし、周囲には草原が広がる、のどかな場所に立つ都市だ。

かつて王都だったという割りには少し小さい気もしたが、どこか威厳と歴史を感じさせる佇まいをしている。

城門よりもかなり手前で、馬車が止まった。

「ど、どうしたんだろ?」

「んー……城門が詰まってるみたいだな」

窓から顔を出しながら、ぼくは答える。

入城待ちしているのは商人たちの馬車のようだった。混雑するときに着いてしまったのかもしれない。

しかし、なかなか数が多いな。帝国の街道も通っているし、大都市というのも本当らしい。

「セイカ殿」

馬車の外から声をかけられる。

見ると、自分の馬車を降りた王子が、数人の護衛を伴ってこちらに歩いてきていた。

「申し訳ない。少しばかり時間がかかるようだ。今のうちに外の空気を吸ってはどうか」

「ええ。そうしましょう」

ぼくは顔を戻し、イーファに声をかける。

「降りようか」

「うん、そうだね」

イーファは先に馬車を降りると、うーんっ、と伸びをした。

「わぁ。いいところだね」

と、楽しげに草原を歩く。

ぼくよりも元気そうだけど、さすがにずっと馬車の中では疲れただろう。

ぼくの近くでイーファの姿を目で追っていた王子に話しかける。

「気持ちのいい場所ですね」

王子がふっと笑う。

「そうであろう。ボクもここは好きだ。もっとも……今は前ほど、のどかな場所ではなくなってしまったが。入城に手間取っているのもそのせいだ」

「何かあったのですか?」

「どうも商人たちの馬が怯えているようでな。つい先ほどから……」

そのとき。

強大な力の気配を、ぼくは全身で感じ取った。

大地を滑るように、大きな影が差す。

空を見上げ――――思わず目を瞠った。

「……あれが」

悠然と翼を広げ、巨大なモンスターが上空を飛行していた。

シルエットは羽の生えたトカゲに近い。

だがその存在感は、龍のそれに迫るほどだ。

あれが、ドラゴン。

絵ならば文献で何度も見たが、実物を目にするのは初めてだ。

こちらの世界にもあれほど強力な化生の類はいるんだな。

「……まだ去らぬか」

隣で王子が忌々しげに呟く。

ぼくの視線に気づくと、説明を始めた。

「少し前からこの辺りを飛び始めたようなのだ。商人の馬車が一時に来たせいで警戒しているのだろう。馬が怯えているのもそのせいだ。もっとも、こちらが何もしなければ襲われることはない」

「なるほど……」

確かにあまり敵意は感じない。人と共に暮らしているというのも本当らしい。

一応備えだけはしつつ、ぼくは訊ねる。

「ずいぶん大きいですね。文献でも、あそこまで大きいと記されているものはほとんどなかった」

頭から尻尾までで、だいたい十丈(※約三十メートル)以上はある。

「どうやら、そのような種であるとのことだ。グレータードラゴンというらしい」

「……そうでしたか」

そういうの、事前に言ってほしかったな。わかっていればもっと詳しく調べられたのに。まあいいけど。

「ところで馬車を警戒しているとのことですが、大丈夫ですか? ぼくらが来たことで、さらに馬車が増えてしまいましたが」

「心配はない。多少刺激してしまったかもしれないが……」

と、そのとき。

山へ飛び去るかと思われたドラゴンが、上空で巨躯を旋回させた。

高度を下げ、あろうことかぼくらの方へと迫ってくる。

「あの、こっち来てますが」

「うむ。やや警戒しているようだな」

王子が動じることなく言う。

見ると、他の護衛の人たちも平然としていた。いつものことなんだろう。

ドラゴンはさらに高度を下げ、そのゴツゴツした顔付きや黒みを帯びた鱗がわかるほどに近づいてきた。

そしてそのまま、ぼくらのすぐ上を飛び去っていく。

突風が馬車の幌を叩き、怯えた馬たちがいななきを上げる。

少し離れたところにいたイーファも、わぁっ、とか言いながら尻餅をついていた。

ぼくはドラゴンの後ろ姿を眺めながら言う。

「図体はでかいですが、やっていることは巣を守るカラスと変わりませんね」

「……セイカ殿は豪胆であるな。屈強な冒険者でも、慣れぬうちは悲鳴を上げていたが」

王子がやや驚いたように言った。

「しかし、その通りだ。このまま何もしなければそのうちに去ろう」

ドラゴンがまた上空で体を反転させた。

だが、先ほどよりはやや高度が高い。王子の言う通り、もう一回威圧したら帰るつもりなのかもしれない。

再びドラゴンが迫る。

そのとき。

今度は地上から、明確な力の流れを感じた。

「――――焦熱の地より来たれ、【ラーヴァタイガー】」

男の声が響く。

そしてどこからともなく、身の丈を超えるほどの赤黒い獣が突如現れた。

巨大な獣は周囲に熱波を撒き散らしながら草原を疾駆すると、高く跳躍。迫ってきていたドラゴンに向かって襲いかかる。

その爪も牙も、わずかに空のドラゴンまでは届かない。

しかしドラゴンはおののいたように一度大きく羽ばたくと、そのまま山の方角へと飛び去っていった。

敵に逃げられ、吠え猛る獣を見て、ぼくは目を 眇(すが) める。

それは、溶岩獣とも呼ぶべき姿をしていた。

赤黒く見えた皮膚は、すべて鉱物と溶岩でできた鎧だ。丸みを帯びた顔、猫に似たしなやかな体つき、そして赤と黒で描かれた縞の出来損ないのような模様だけがかろうじてトラを思わせる。だがその体躯は、本来のトラの三倍近くあった。

あれはラーヴァタイガー……本来なら火山に棲むはずのモンスターだ。

「まずいな」

ぼくは呟く。

溶岩獣は、ドラゴンに逃げられてもなお興奮が収まっていなかった。

怒りのこもった唸り声を上げ、体を震わせ――――そして鬱憤を晴らすかのように、今度は一人離れたところに立っていたイーファへと襲いかかった。

イーファは目を見開いたまま立ちすくんでいる。

逃げる気配も、抵抗する様子もない。

ぼくは眉をひそめながら、片手で印を組む。

《土の相―――― 透塞(とおとりで) の術》

半透明の柱の群れが、溶岩獣の前に立ち塞がった。

飛びかかったラーヴァタイガーが柱に噛みつくが、巨木並みの太さだけあってさすがにビクともしない。

いや……よく見ると、表面が熱で溶けているようだ。

《 透塞(とおとりで) 》の石英は溶岩程度の熱なら耐えるはずなんだけど……あの鎧は、思ったよりも温度が高いみたいだな。

王子を置いて、ぼくは前に進み出る。

なんだかよくわからないが、とりあえずあれは危ないから消しておこう。

ぼくの気配に気づいた溶岩獣が、その眼光をこちらに向けた。

灼熱の脚が草原を蹴り、ぼくへと向かってくる。

その牙が剥かれ。

同時に、ぼくが不可視のヒトガタから術を放とうとした瞬間――――。

まるで見えない手綱を引かれたかのように、ラーヴァタイガーはその体を仰け反らせた。

「どうどう……まったく、こいつぁすぐ暴れやがる」

再び、あの男の声が響く。

声の元を見やると――――黒いローブを着た魔術師が、数人の取り巻きとともに歩いてきていた。大きなフードをすっぽりと被り、右手で本を開いたまま持っている。

あれは……魔道書か?

「おい大人しくしろ。そいつぁ契約違反だ」

溶岩獣は暴れるものの、動きを妨げられている様子だった。

ラーヴァタイガーを縛る魔法は、どうもあの魔道書と繋がっているらしい。

「はぁ。もういい、還れ」

魔術師がパタンと本を閉じると、溶岩獣は光の粒子へと変わり、ページの間に吸い込まれていった。

ようやく確信する。

あの男は 召喚士(サモナー) だ。

モンスターと契約し、自在に呼び出して戦わせる後衛職。

ラーヴァタイガーはあの男の召喚獣だったんだろう。

「いやぁ、危ない危ない。ご無事で? セシリオ王子殿下」

軽薄そうな口調で、召喚士の男がこちらに歩いてくる。

「ゼクトッ!! 貴様どういうつもりだッ!」

それに対し、王子は表情を歪ませて一喝した。

「ドラゴンに危険がないことはわかっていたはずだ! なぜあの召喚獣をけしかけた!? 帝国からの客人に危害がおよぶところだったのだぞ!!」

「そりゃあねぇぜ殿下。せっかく助けたってのに」

ゼクトと呼ばれた男が肩をすくめる。

「危険がないなんて言い切れるかよ。オレらを呼んだのは殿下なんだ。依頼主に死なれちゃあこっちが困る。むしろ、城壁の外を軽々しく出歩かねぇでほしいもんだね。それに殿下がいない間に、こっちの状況だって変わったんだ」

「状況が変わった?」

「ここ数日、ドラゴンの飛ぶ頻度がめっきり減った。だがその代わり、かなり気が立っているようだ。ここらに降り立ったタイミングで吠えられた住民が何人もいる。わかるか? さっきだって危なかったんだぜ?」

言われた王子は押し黙る。

なんなんだ? こいつは。

「殿下、こちらの方は?」

ぼくが訊ねると、王子はこちらに目を向けて口を開く。

「失礼した、セイカ殿。彼はボクの呼んだゼクト傭兵団の長、ゼクトだ。ゼクト、こちらはドラゴンの調査使節であるセイカ・ランプローグ氏だ。帝国伯爵家の子息でもある。くれぐれも失礼のないように」

「はぁん。まだガキ……おっと失礼。殿下以上にお若いにもかかわらず調査使節とは、大層なこって」

舐めた態度の男を無視し、ぼくは疑問を口にする。

「傭兵団ですか? いったいなぜそんなものを」

王子は一瞬口ごもると、やや苦々しげに答える。

「ドラゴンを討伐するためだ」

はい?