軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二話 最強の陰陽師、奴隷少女の将来を考える

イーファは何を言われたかわからなかったように、ぼくへと困惑の視線を向けた。

しかしながら、ぼくもなんて言ってやればいいのかわからない。

王子が続けて言う。

「当代のアスティリア王は母である女王陛下で、今の 後宮(ハレム) は名目上、継承順位第一位であるボクのために開かれている。このような立派な学園で教育を受けられるくらいだ。イーファ、そなたはさぞ聡明で高貴な女性なのだろう。ボクと我が国のために、ぜひ後宮に来てほしい」

イーファも、その頃にはようやく状況がわかってきたらしい。

小さくうつむいて、だがしっかりした声音で言う。

「ご、ごめんなさい……わたしはその、セイカ、様の奴隷ですから……そういうことはちょっと、無理です……」

「なんと……そなたはこの学園の生徒ではなかったか」

「い、いえ、生徒ではあるんですけど……」

「む、そうか。ならばやはり才媛であることに変わりはないのだな。それならば問題ない。セイカ卿、彼女を言い値で買おう。支払いは我が国の大判金貨でよいか?」

ぼくは唖然としつつもかろうじて口を開く。

「あ、あのですね……」

「若」

亜人種の女性が、冷たい声音でそれだけ言う。

すると王子は、途端にばつの悪そうな顔をした。

「わかっている、リゼ。失敬、セイカ卿。此度そなたと会したのはこのようなことが目的ではなかったな。本題に入ろうか」

「……それでしたら場所を移しましょう、殿下。ここでは無闇に注目を集めます。学園の一室を借りましょう、こちらへ」

歩き出しながら、ぼくは思う。

こいつ大丈夫か?

****

王子の来園はあらかじめ学園長も知っていたので、お偉方向けの応接室をスムーズに借りることができた。

その一室で、ぼくらは向かい合う。

「……」

なぜかぼくの隣には、イーファが緊張した様子で座っていた。

なぜかというか、王子たっての希望だったからなんだけど……まあとりあえず今はいい。

ぼくは気を取り直して口を開く。

「ではまず、旧王都の状況から教えていただけますか?」

「うむ、そこからであろうな、セイカ卿」

「その前に殿下、ぼくに対し卿の敬称は不要です。ぼくは父から爵位の継承は受けておりませんし、その予定もありません」

「む、そうであったか……ではセイカ殿とお呼びしよう。年も近いようであるし、ボクとしても気安い」

王子は微笑と共にそう言った。

言動にいちいち気品があるな。

「さて旧王都であるが、具体的にどこの都市かはご存知か?」

「ええ。王都アスタから西に馬車で半日ほどの位置にある都市、プロトアスタですね」

旧王都は、正確にはそんな名前の街だ。

意味は『かつてのアスティリア王都』とかそんな感じらしい。

王子はうなずいて話し始める。

「百年ほど前にあった遷都からその勢いは弱まっているが、プロトアスタは未だ、我が国では大きな都市でな。遷都以降そこは、次代の王位継承予定者が首長を務める慣例となっている。ボクが今回帝都まで出向き、ここでそなたと会したのもそれが理由だ」

これは予想外だった。

単なる使節かと思ったが、王子自身が旧王都の長だったとは。

前世では聞いたことのない慣習だが、あらかじめ官僚の仕事を経験させるという意味では理にかなっているかもしれない。

王子は続ける。

「そしてアスティリアのドラゴンは、遷都以前のさらに百年以上も昔からあの地で人々と共に生きている。街のすぐそばに立つ山を 住処(すみか) としてな」

「それはすごい」

ぼくは素直に驚いた。

強大な化生の類が二百年以上にもわたって人と共に生きた例など、前世でも知らない。守り神のような存在は別として、普通は人里のような場所で共存するのは難しい。

王子は神妙にうなずく。

「うむ。かつては先祖たちと共に、王都に迫る敵軍と戦い追い返したこともあったという……しかし、セイカ殿もブレーズ卿から聞き及んでいることと思うが、ここ一年ほどそのドラゴンの様子がおかしくてな」

「ここ一年ほどのことなのですね。たしか、家畜や人を襲うようになったとか」

「うむ……」

王子が重々しくうなずく。

「被害はそれほど深刻ではない。家畜を襲うと言っても、放牧中のはぐれ羊が数頭狙われた程度。人も、不用意にドラゴンの住まう山に立ち入った街の外の人間が襲われただけだ。怪我はしたが、逃げる途中に崖から足を踏み外しただけで喰われてはいない。ただ……様子がおかしいのは確かでな。以前はこのようなことはなかったし、明らかに警戒心が強くなっている。最近は特にひどく、城壁の外で遭遇する街の人間にも威嚇する始末だ」

「ドラゴンが街の人間と、それ以外の人間とを区別しているのですか」

「うむ。何度も見る顔は覚えるのだろうか。城壁の中にこそ降り立たないものの、以前は街の周辺に広がる牧草地や畑近くに降り立ち、なにやらぼーっとしていることも多かったそうだ。近くに人がいても気にすることなくな。しかしながら他の街から来る行商人や旅人の中には、睨まれたり空から後を追われたと言う者が多くいる」

「なるほど……」

縄張りの外から来る者を警戒しているのか?

ただ、その内側にいる人間を受け入れているのもよくわからない。

「そもそも、なぜアスティリアのドラゴンは人を襲わないのですか? 文献などを読む限り、ドラゴンは人と共に生きられるモンスターとは思えませんが」

「正確なところはわからぬ。とにかく昔からそうだったのだ」

王子は言う。

「ただ、伝承はある……あのドラゴンは、かつてアスティリアの王妃によって卵から 孵(かえ) されたというものだ」

「人に孵されたドラゴン……ですか」

「あくまで伝承だ。ドラゴンの卵はごくごくまれに市場に出回ると聞くが、人が孵した例など聞いたことがない」

「……」

ヘビやカメやトカゲの卵は、普通は何もせずとも孵る。

ドラゴンも似たようなものかと思っていたが、違うのか?

「被害は深刻ではないと言ったが、そう楽観視できる状況でもなくてな」

王子が重々しく言う。

「家畜が怯えるせいで放牧に支障が出ているし、行商人も大きな商いを控える始末だ。民の間にも不安が広がっている。さらには……帝国の警戒もある」

王子の視線が、ぼくにまっすぐ向けられる。

「セイカ殿には、今回の件をしかと見届けて欲しい」

王子が真剣な表情で言った。

表向きの地位は向こうの方が上だが、実際の立場はぼくの方が上だ。ぼくの報告次第で、アスティリアの状況は良くも悪くもなる。

言いようから察するに、やはりアスティリアには、何かドラゴンの問題を解決する策があるのだろう。

ぼくは笑みを返す。

「無論です、殿下。父から命じられたぼくの役目は、本件の学術的な調査、考察、報告ですから」

中立に見てやる、という意味を込めて互いにわかりきった建前を口に出すと、王子はふっと表情を柔らかくした。

「助かる。ただボクも、学術的な考察には興味があってな。どうだろう、セイカ殿。現時点で、何かそなたに思うところはあるか?」

「そうですね……」

ぼくは考える。

気になる点はあるものの、今は情報が少なすぎてなんとも言えない。

「いえ……やはり現地におもむき、詳しい記録をあたってみないことには」

「そうか。では、イーファはどうだろう」

と、そこで王子がずっと黙っていたイーファに目を向けた。

イーファは明らかに動揺した声を上げる。

「え、ええっ、わたしですか?」

「うむ。何か考えはないだろうか」

「わたしは……セイカ、様がわからないなら、なにも……」

王子は微笑して告げる。

「ボクが求めているのだ。主人に気を遣わなくてもよい。そなたの意見が聞きたい」

「えええ……うーん……」

イーファはしばし悩んだのち、口を開く。

「あの、やっぱりわたしはよくわからないんですが……過去に、同じようなことはなかったんですか?」

「ふむ」

王子は顎に手をやって考え込む。

「聞いたことはないが、記録を見直す価値はあるかもしれぬ。感謝するぞ、イーファ。これからはそなたの見識にも頼りたい」

「は、はぁ……」

「そうだ。今宵、会食などはどうだろうか。セイカ殿も交え、じっくり話ができれば……」

「若」

そばに立つ、亜人種の女性がぴしゃりと言った。

「護衛計画に差し障ります。自重を」

王子が苦い顔をする。

従者か護衛のようだが、立場は強いようだ。

絹糸のように細い白金の髪に翠眼。長身に、尖った長い耳。

おそらく、 森人(エルフ) だろう。

弓と魔法に秀でた種族。強い力の流れを感じるのもうなずける。

ただ気になるのは……食堂で会ったときから、強い警戒の目を向けられていることだ。

護衛のためとも違う気がする。

どちらかと言えば、前世でよく向けられていたものに近い。

畏れを含んだ目。

なんだろう。ぼくの力が察せられているのか?

でも、まだ会ったばかりなんだけどな。

「わかっている、リゼ」

王子が苦い顔のまま 森人(エルフ) に答える。

「すまない、セイカ殿。ボクの護衛はどうも心配性でな」

「……いえ、お気になさらず」

「ではそろそろ失礼しよう。出立時にまた」

「ええ、殿下」

王子と 森人(エルフ) の護衛が退室していく。

気配が部屋の前から消えると、ぼくははぁ、と息を吐いて再び応接椅子に腰を下ろし、背もたれに体を預けた。

こういうのは疲れる。

偉い貴族にへりくだっていた役人時代を思い出してしまった。

あれほんとうんざりだったな。ぼくが半ば失踪気味に陰陽寮を飛び出した原因の一つだ。

立ったままのイーファが不安そうに聞いてくる。

「ね、ねぇセイカくん、わたし、不敬なこととかしなかったよね? 大丈夫だよね……?」

「え? ああ。大丈夫大丈夫。意見も、かなりもっともなこと言ってたと思うしね」

過去にあった似た事例というのは、むしろ真っ先に探すべきことだ。そこから今後起こりうることや、解決策が導けることも多い。

あの王子の様子ではやってたか怪しいけど。

さっきまでのやりとりを思い出し……ぼくはなんだかイライラしてきた。

あの王子……大丈夫か?

主人をおいて従者に意見を聞くって、少しでも失礼にとられるとは思わなかったのか?

というか他人の奴隷を後宮に誘った挙げ句買い取ろうだとか、平時ならともかく今やることか?

そもそも女の従者連れて女口説こうとかどんな神経してるんだ?

駄目男、という言葉が否応なく思い浮かんでくる。

「あー、イーファ……今回のことだけど、無理してついてこなくてもいいよ」

「え、なんで? 無理してないよ。セイカくんについていくよ、従者だもん」

「あ、そう……」

きょとんとするイーファに、ぼくはそれだけ返す。

まあ……いいか。

彼も自分の状況は理解していたようだし、言葉遣いや所作も洗練されていた。

底抜けの無能というわけでもないだろう。

属国とは言え王族。それも継承権第一位の王子だ。

地位も金もある。気に入られて悪い相手じゃない。

後宮ならきっと待遇もいい。輿入れ先としては申し分ないだろう。

ちらとイーファを見やる。

綺麗になった、と思う。学園の男子生徒からも人気があるようだし、他国の王子に見初められるのも無理はない。

この子も今年で十五。こちらの世界でも成人の年だ。

そろそろ自分の行く末を決める時が来ている。

手元から離れるのは惜しいが……他国に伝手を作れるのも悪くはない。

イーファがもし望むなら、

アスティリアに嫁がせてやってもいいかもしれないな。

****

男子寮に戻る途中、強い力で茂みに引き込まれた。

「静かにして」

「洗いざらい吐いてもらうわよ」

「……」

口元を押さえられ、仰向けのままメイベルとアミュを見上げる。

いるなー、とは思っていたけど、まさかこんなことされるとは思わなかった。

「あの王子様となに話してきたわけ?」

「……何って、旧王都の状況とか、ドラゴンのこととか。昼に話しただろ」

メイベルが手をどけるのを待ってぼくが答えると、アミュが眉をひそめた。

「そんなことはどうでもいいの。訊きたいのはイーファのことよ。わざわざあの子まで連れてったじゃない」

「あー……」

「なによ……まさか、イーファのこと売る気なの!?」

「違う違う。本当にドラゴンの話しかしなかったんだよ。だから話せることなんてないってだけ」

「本当に?」

「本当だよ。まあ、殿下はイーファのことかなり気に入ってたみたいだったけど」

少女二人は顔を見合わせた。

それから、メイベルが訊ねてくる。

「……ほんとに、イーファを売ったりしない?」

「しないよ。ぼくそんなに信用ないか?」

「そうじゃない、けど」

「まあ、ただ……」

ぼくは立ち上がり、服の汚れを払いながら言う。

「もしイーファが望むなら、奴隷身分から解放してあげるつもりだよ。帝国では成人の後見人が必要なせいで難しかったけど、アスティリアでならそれもいらないはずだから」

「アスティリアでなら、って……それ、イーファが後宮に入る、ってこと?」

「本人が、殿下の誘いを受けると言うのならね」

「あんたなに言ってんの? あの子がそんなこと言うわけないじゃない」

「君らこそ何言ってるんだ?」

思わず少し咎めるような口調になる。

「イーファは今年成人なんだぞ。他国の王族に声をかけられる機会なんてそうない。自分の将来を決める時なんだ。ぼくらが邪魔するべきじゃないだろ」

聞いた少女二人は、微妙な表情をしていた。

メイベルが恐る恐る言う。

「セイカの言うこともわかる、けど……そのこと、イーファには言わないであげて。たぶん、悲しむと思うから」

「なんで悲しむんだ? それに言ってやらないと、ぼくに遠慮して切り出せないかもしれないだろ」

「お願いだから」

「……わかったよ。だけど本人が言い出したなら別だぞ」

「うん、それでもいい」

まだ何か言いたげなアミュの背中を押して、メイベルは去って行った。

まあきっと、二人ともイーファのことが心配だったんだろうな。

駄目男っぽい王子に無理矢理後宮に入れさせられるのでは確かにかわいそうだ。

安心してくれ、二人とも。

ぼくはイーファの意思を尊重するよ。

アミュもメイベルも、自分一人の力で生きていけるだけの能力がある。イーファもそうだろう。

学園でキャリアを積むのもいい。

だけど、そうじゃない選択肢だってあるんだ。

弟子のうちの何人かは、恵まれた才を持っていたにもかかわらずそちらを選んだ。

幸せに生きて死んだ彼女らの人生を、ぼくは否定するつもりはない。