作品タイトル不明
第十三話 最強の陰陽師、気まずくなる
里では、どうやら四日が過ぎていたようだった。
神殿の中にいきなり戻ってきたぼくに、皆だいぶ驚いていた。
アミュたちは呪符をしっかり貼ってくれていたようだったが、残念ながら里の様子に変化はなく、霧もそのままで目覚めた者もいないらしかった。
****
「でね、その時あたしが……」
「へ~、そんなことあったんだぁ」
夕餉の食卓は、四日前よりくつろいだものになっていた。
食事の準備も慣れた様子で手伝っていたので、四日経ってアミュたちもメローザとずいぶん打ち解けたらしい。
「それで」
その時、アミュが突然ぼくに話を向けた。
「あんたの方はどうだったのよ。山でなにか進展はあった?」
「……いいや」
ぼくは静かに首を横に振る。
「まだ何も。もう何回か行ってみる必要がありそうだ」
「ふうん……なるべく早く帰ってきなさいよ。春になったら、あたしたち帝国に戻るんだからね」
「わかってる」
異界での時間異常は、下手をすれば一瞬が数年に相当することもある。
ただ今回の場合、重力という手がかりがあるので、滞在時間の大まかな推測は可能だった。
「みんなから聞いたよ。セイカ、今までもいろいろ解決して、困ってる人を助けてきたんだってね」
その時メローザが、ぼくを見つめながらにこやかに言った。
「すごいなぁ。さすが、ギルの息子だね」
「いえ、別に……」
反応に困り、ぼくは曖昧な返事を返した。
メローザは機嫌よさそうに続ける。
「魔族領では、王様たちとも仲良くなったんでしょ? セイカ、そういえば魔王なんだもんね。なんだか忘れてたよ。魔王ってもっと大きくて怖いイメージがあったけど、こうやって普通に話せてるんだもん」
なんと返したものかわからないぼくに、メローザは一転、心配そうに言う。
「でも……無理しなくていいからね。魔族の代表になんて、ならなくていいから。魔王軍も作らなくていいし、人間の国と戦争なんてすることない。せっかく、ギルの生まれた国で元気に暮らしてるのに」
「え、ええ……」
ぼくは気後れ気味にうなずいて答える。
「最初から、そのつもりです」
「そう? よかった」
メローザはにっこりと笑う。
「ねえセイカ、向こうではどんな風に暮らしてたの?」
「どんな、って……」
「ギルのお兄さんと奥さん……あっちのお父さんとお母さんは、どんな人? ちゃんと優しくしてもらえた? 家を出てからも、手紙を送ったりしてる?」
「それは……」
ぼくは口ごもりながらも、ぼかした答えを返す。
「父上と母上は……普通の人です。手紙は、最近はあまり……ですが、関係は悪くありません。兄たちとも……」
「あ、兄弟がいるんだ。そっかぁ、ギルのお兄さんにも子供がいたんだね。ほんとうはね、セイカにも兄弟を作ってあげようってギルとも話してたんだ。結局、無理だったんだけど……でもそれなら、ちょっとは叶ったのかな」
メローザが寂しげに笑う。
「もっと教えて? 魔法学園ではどうだった? ギルも言ってたんだけど、学園っていじわるな貴族ってやつらがたくさんいるんでしょ? セイカはもちろん負けなかったよね?」
「はあ、まあ……一応、成績はいい方でしたけど……」
「たしか、総代っていう生徒の代表にも選ばれたんだよね。ギルは勉強できなかったって言ってたんだけど、誰に似たのかなぁ。やっぱりわたしかな」
おかしそうに、メローザは笑っている。
ぼくは、どんな表情を浮かべればいいのかもわからなくなっていた。
「あ、そうそう! 聞いておきたいことあったんだ。ねえセイカ、なにか食べたい物はある?」
メローザが、弾んだ声音で訊ねてくる。
「ちょうど今、行商人が来てるんだ。いろんな食材が手に入りそうだから、作れそうなら作ってあげる!」
「いえ……」
ぼくは、目を逸らしながら答える。
「……特に、そういう物は」
前世では、好物と呼べる物があった気がする。
しかしこちらの世界に来てからは、特段思い浮かばなかった。
「ん、そーお?」
メローザが、小首をかしげて言った。
それから、仕方なさそうに笑う。
「なんだか、セイカって秘密主義者だね。でも、男の子ってそういうものなのかな?」
****
「あんたね、いいかげんにしなさいよ」
その日の夜。
ぼくにあてがわれていた部屋に、アミュたちが突撃してきた。
腰に手を当てて仁王立ちしながら、怒り顔でアミュが言う。
「気まずいんだけど! 一緒にご飯食べてるあたしたちの身にもなりなさいよ! もっと愛想よくできないわけ?」
「勘弁してくれ……」
ヒトガタに刻む式の調整を後回しにして、ぼくは渋い表情でアミュへと答える。
「……気まずいのはぼくも同じなんだよ」
「だから、もうちょっと愛想よくしなさいって言ってんの! あんたのお母さんなんでしょ?」
「……」
ぼくは口ごもる。
愛想よくと言われても、いったいどんな態度で接したらいいのかわからなかった。
「……セイカ」
その時、おもむろにメイベルが口を開く。
「私は、親のことなんてもう忘れた。兄さん以外に、家族なんていなかったって思ってる」
いつもの無表情のまま、メイベルは続ける。
「セイカもそう思ってるなら、それでもいい。生みの親なんて、いなかったって思っても」
「……」
「気まずくても、がまんする。アミュがなに言っても、気にしなくていい」
「……」
「でも……もし、そうじゃないなら」
表情を変えることなく、メイベルは言う。
「ちゃんと、向き合った方がいい……と思う」
「……」
ぼくは返答に困り、沈黙した。
別に、生みの親をいなかったことにしたいわけではない。
だが……向き合うとは、どうすればいいのだろう。
「……とにかく、そういうことだから! こう、なるべく笑顔でいるとかでもいいから、明日からなんとかしなさいよね」
気まずい空気を破るようにそう言って、アミュはどすどすと部屋を出て行った。メイベルも無言でその後に続く。
最後に、イーファが残った。ずっと何か言いたげにしていた彼女だったが、やはり二人と同じく出て行こうとする。
「……セイカくん」
しかし去り際に、振り返ってぼくの名前を呼んだ。
何を言われるのかと、わずかに身構える。
「おやすみ。また明日ね」
だが小さな笑みとともに、そう口にしただけだった。
「……ああ。おやすみ」
ぼくが答えると、イーファはどこか安心したような表情になって、部屋を出て行った。
しばし閉じられた扉を見つめていたぼくだったが、やがて再びヒトガタを取り出すと、式の調整を再開する。
だが、どうにも集中できなかった。