軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十二話 最強の陰陽師、ふたたび山へ向かう

翌日。

ぼくは、再び例の山を登っていた。

「ピィィーッ!!」

霧の中、上空にはグリフォンが舞っていた。

グリフォンはぼくの姿を認めると、翼と鷹の前肢、獅子の後肢を畳み、猛烈な勢いでこちらに急降下してくる。

着地のことなど、微塵も考えていないかのような速度だった。

重量を考えると、実際あの速度ではまともに降り立つことなどまず不可能だろう。

眉をひそめ、思わず呟く。

「……獲物ごと肉塊になる気か?」

正気を失ったグリフォンの自殺に付き合わされるのはごめんだった。

ぼくは一枚のヒトガタを目前に浮かべ、片手で印を組む。

《召命―――― 大蝦蟇(おおがま) 》

空間の歪みから現れたのは、体長二十尺(※約六メートル)はあろうかという巨大なヒキガエルだった。

大蝦蟇はその横長の瞳で、迫り来るグリフォンを見つめると――――次の瞬間、大口を開けてその長い舌を勢いよく伸ばした。

「ピッ……!?」

人の胴ほどの太さもある桃色の舌に絡め取られたグリフォンは、まともな悲鳴を上げることも叶わないまま、引き戻された舌とともに大蝦蟇の口に収まる。

大蝦蟇は口を閉じると同時に、ぎゅっと目を閉じて、半鷹半獅子のモンスターを 嚥下(えんげ) した。

獲物を飲み込む際に眼球の裏で喉奥に押し込む 蛙(かえる) 特有の仕草は、妖に 変化(へんげ) してからも変わらない。

「ここのモンスターは、見ていると不安になってくるな」

大蝦蟇を位相に戻し、歩みを再開する。

道中では、たびたびモンスターに襲われた。だが気味が悪いだけで、ぼくの脅威には到底ならない。適当に倒しつつ先を急ぐ。

すでに、アミュたちと来た地点はとうに過ぎていた。

「……あの、セイカさま」

頭の上から顔を出し、ユキが言いづらそうに言った。

「先ほどからずっと、下っているように思えるのですが……。山頂へ向かうのですよね? 道を間違えたのではございませんか?」

「いや、合っているはずだ」

歩みを止めずに、ぼくは答える。

「少なくとも方向は間違っていない。下っているように感じるのは、異変の影響だろう。時間が遅くなっているようだしな」

「……山道が下ることと、時間が遅くなることになにか関係があるのでございますか?」

「ぼくもさほど詳しくはないが、どうやら時間と空間、そして重力は密接に関係し合っているらしい」

うろ覚えなので、おおざっぱに説明する。

「時間と空間は 餅(もちい) のように形を変えうるもので、その歪みが重力を生むのだとか。もっと単純に言えば、時間の流れが遅い地点に、物体は引き寄せられる」

「ええと……つまり?」

「下っているように思えるのは錯覚で、実は登っている。山頂に近づくほど時間の流れが遅くなっているせいで、ぼくらが引き寄せられているからそう感じるだけだ」

地中海に浮かぶ小島の地下遺跡に残されていた、誰が書いたかもわからない文献から読み取った内容だったが、検証できた部分の記述はほとんど正しかったからおそらく間違いない。

「ははぁ~……」

ユキが、わかっているんだかいないんだかよくわからない相づちを打つ。

「ではやはり、このまま進んで行った先に、その歪みの中心が?」

「おそらくな。ここからは下りだ」

「楽でようございますね」

「まあ、しばらくはだけどな」

そのうち、登るよりもきつくなってきそうだ。

「しかしながら……先の一件は、ユキも焦りました」

「……? なんのことだ?」

「昨日ここを訪れた際、セイカさまが霧の影響を受けてしまった件にございます」

ユキは、なんだか文句を言いたげに続ける。

「あのようなことになっているセイカさまは、前世でも見たことがありませんでした。まさかそれほどのことが起こっているのかと、ユキがどれだけおののいたことか」

「……そうだな。ぼくとしても、少々予想外だった」

「幸い、大したことはなかったようでございましたが」

「……」

「一応お訊きしますが……まさかもう、あのようなことにはならないのでございますよね?」

「いや、なる」

「……はい?」

呆けたような声を返すユキに、ぼくは淡々と答える。

「異変の影響は、あえて受けてみようかと思う。ぼくは生来の呪力量のおかげで呪いにはかかりづらいが、幸い何もしなくとも、この霧はぼくの抵抗を突破できるようだしな」

「いや、その……なぜわざわざ?」

「あの時、ぼくも夢を見た。あの子と最後に戦った、前世の出来事をなぞった夢だ」

言葉を失うユキに、ぼくは前方を見据えたまま続ける。

「まるで、ぼくの記憶を読み取ったかのようだった。おそらくあの現象には……この異変の核心に繋がる何かがある気がする」

確証はない。

だが、こういった予感は大抵当たってきた。

「だから、身をもって確かめることにする。アミュたちを置いてきたのも、巻き込まないようにするためだ。山頂に近づく以上、ぼくはともかく、彼女らには深刻な影響がでないとも限らないからな」

「えええ……」

ユキが呆れ半分、戸惑い半分のような声を上げる。

「万が一セイカさまが目を覚まされなかった場合……ユキはどうすれば?」

「一人で山を下りて、誰かのペットにでもなってくれ」

「ご冗談はおよしください」

ユキは反応に困るかのような声音で言う。

「そもそもこんな回りくどいことをせずとも、セイカさまならば……」

その時。

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木立に囲まれた、美しい湖があった。

その中心。澄んだ湖面に影を落として、一体の青い龍が宙に浮かんでいる。

『…… 蛟(みずち) か』

夢の中で、ぼくは呟いた。

蛟はその巨体を空中で複雑に巻きながら、赤い目でこちらをまっすぐに見つめている。

この山間の神湖を守護する水龍がいることは、事前に聞きおよんでいた。

つい先日――――その水龍が、付近の集落を壊滅させていたことも。

『ここまで力のある蛟は珍しい。唐土で一度、目にしたきりか』

ヒトガタを位相から取り出す。

ぼくも蛟をまっすぐに見つめ返しながら、告げる。

『悪いが……人に仇為す妖は、調伏すると決めているんだ』

その時。蛟の周囲の水面に、飛沫が立った。

水龍がおもむろに巨体をうねらせ、天へと昇っていく。

それを追うように、飛沫も大きくなる。やがてそれは水の流れとなり、渦巻き始める。

風が逆巻く。

木の葉が、小石が飛び、木々がさざめく。やがて暴風となったそれは、周囲のあらゆる物体を巻き込んで、一つの異常気象を完成させる。

竜巻、だった。

『ただの水龍にしては、大したものだな』

人々の住む里を滅ぼした圧倒的な力を前に、ぼくは感情を動かすことなく呟く。

結界を貫通した水滴が、狩衣を激しく打っていた。

結界は 呪(まじな) いを無効化できても、 呪(まじな) いによって物体に与えられた力までを完全に消し去ることは難しい。竜巻に巻き込まれてしまえば、ぼくでもただでは済まないだろう。

蛟は、上空からぼくを見下ろしている。

その威厳ある姿には、わずかな恐れもない。

『……力の差はわかっているだろうに、それでもここを守り続けるか』

溜息交じりに、ぼくは呟く。

懐から取り出した一枚のヒトガタを、指先に挟みながら。

わずかな笑みを、ぼくは口元に浮かべた。

『欲しいな』

指を軽く振ると、ヒトガタが鋭く飛んだ。

それは風や水滴を切り裂きながら、瞬く間に竜巻の中心部に到達する。

同時に、片手で印を組む。

《火金の相――――歳星爆鳴華の術》

次の瞬間、猛烈な爆風が竜巻を中心から吹き飛ばした。

渦巻いていた枝や石は散り散りになり、水滴が雨となって降り注ぐ。

木星の中心部にのみ存在するとされる特殊な金属は、それ自体がすさまじいエネルギーを内包する。

結界で防げないならば、龍の神通力を上回る圧倒的物理力で吹き飛ばしてやればいい。

不意に、力の流れが迫る。

すぐ目の前に、大顎を開いた蛟が肉薄していた。

『……』

呪力の波紋とともに、結界に阻まれる蛟。だがまるで諦める様子がない。結界ごとぼくを噛み砕かんと、何度も何度も突進を続ける。

美しい青緑色の鱗が剥がれ、鰭が裂け始めても、なお。

『……其の方にも、譲れないものがあったのだろう。その心情も、想像できないことはない』

呟きながら、ぼくは懐から五枚のヒトガタを取り出す。

『だが、ぼくは人間だ。どうしたって人間の立場にしか立てない。悪く思うな、龍よ。其の方には、別の使命を与えてやろう』

ヒトガタを飛ばす。

それらは蛟の周囲で五芒星の陣を形作り、巨体の動きを完全に封じ込める。

忌々しげに牙を剥く蛟の前へ、ぼくは一枚のヒトガタを飛ばした。

真言を唱える。

『――――नव दश विंशति पञ्चदश नवदश अष्ट एकम्् निक्षेप सकल स्वाहा』

空間に歪みが生まれ、龍の巨体が吸い込まれていく。

なおも抵抗を見せる蛟に、ぼくは告げた。

『これからはぼくの下僕となり、ぼくのために力を振るうがいい』

やがて、龍の威容が完全に消え失せると、湖には静寂が戻った。

ぼくは扉のヒトガタを掴むと、湖を一瞥し、踵を返す――――。

場面が変わる。

ぼくは川沿いに、神湖のある山を下っていた。

ふと川縁の光景が視界に入り、思わず足を止める。

『……』

流れが緩やかになっている川の縁には、大量の小魚が打ち上げられ、干からびて死んでいた。

すでにかなりの時間が経っているのか、大部分が腐って悪臭を放ち、蝿が飛んでいる。

見渡せば、下流にも似たような光景が広がっていた。

『……』

ぼくは目を逸らし、帰路を急ぐ――――。

再び、場面が変わる。

とある村で、一人の 童(わらわ) が、泣きながらぼくと相対していた。

『ありがとう、ございます……法師さま、うう……』

滅んだ集落の、生き残りだった。

子供は泣きながら、ぼくに告げる。

『ほんとうに、ありがとう……おっとうとおっかあの仇を、とってくれて』

ぼくは、曖昧な笑みとともに答える。

『なに、礼にはおよばない』

言う必要はなかった。

君の故郷の者たちは、毒を使った禁忌の漁で神湖の水域を汚し、水龍の怒りを買ったのだとは。

ぼくは人間だ。

どこまでいっても人間の側にしか立てないし、立つべきではない。

だが――――これで本当に正しかったのだろうか?

『 師匠(せんせい) 』

そう、子供の声で呼ばれる。

見ると、付き添いで来ていた弟子の一人が、ぼくの袖を引いていた。

『帰りましょう。皆、 師匠(せんせい) の帰りを待っています』

『……そうだな』

ぼくは微笑とともに答える。

この子はそう、他人の感情にとても敏い子だった。

弟子たちがいたからこそ、ぼくは――――、

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「セイカさまーっ! セイカさまーっ!」

ユキの声が、やかましく響いていた。

目を覚ましたぼくは、霧がかった山の景色を見回して現実を思い出しながら、ユキへと問いかける。

「……ぼくはどのくらい意識を失っていた?」

「ああっ、気がつかれたのでございますかっ!?」

ユキが安心したように言う。

「はあ、まったく……。心臓に悪うございます」

「お前に心臓はないだろ」

「もののたとえに決まっているではございませんか」

ユキが溜息をついて言う。

「どのくらいぼんやりされていたかと申しますと……ええと、だいたい歌を一首、詠み終えるくらいの時間でございました」

「……短いな」

夢の中で流れた時間とは、まるで一致しない。

これは幸いと言っていいだろう。長い夢を見て、こんな場所で何日もぼんやりする羽目になってはたまらない。

もっとも、その対策はしていたが。

「それで……今度はどのような夢を見られたのですか?」

ユキの問いに、ぼくは正直に答える。

「蛟を調伏した時の夢だ。転生する何十年前だったか……。お前はたしか、あの時もういたよな? 夢には出てきてなかったけど」

「はい。屋敷で留守番をしておりました。あの頃は龍に挑みに行くなど、正気の沙汰ではないと思っておりましたので」

「あー、思い出した。そういえばそうだったな」

ぼくは小さく笑う。ずいぶんと懐かしい記憶だった。

ただ……まだ、浅い。

懐からヒトガタを取り出す。

昨晩作ったそれは、黒く変色して破れていた。

それを眺めながら、ぼくは呟く。

「……影響を受け始める位置も、目を覚ます時間も早すぎたな。もう少し調整が必要か」

懐にヒトガタを仕舞うと、ぼくは告げる。

「よし。戻るぞ、ユキ」

「おや? てっきり山頂まで向かうものと」

「もっと慎重に準備したい。まだ時間はあるからな」

そう言うとぼくは、神殿に置いてきたヒトガタと自分の位置を入れ替えた。