軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十一話 最強の陰陽師、山へ向かう

翌日。

ぼくは、異変の元凶である山を登っていた。

「さすがに霧が濃いな……」

視界の悪い山道を、ぼくは淡々と進んでいく。

結界でどうにもならなかった以上、異変の解決にはその大元を断つしかなかった。

最も霧が深くなっているという山頂には、必ず何かがある。

とはいえ、今日ですべて片をつけられるとは思っていなかったが。

ぼくは前方を歩くアミュたちへと言う。

「なにも、君たちまでついてくることなかったのに」

「なに言ってんのよ」

アミュが振り返って言う。

「あたしたちも世話になってるのは変わらないんだから、神殿で寝てるわけにはいかないわよ」

「ついてきたからには、最後まで付き合う」

メイベルが無表情に付け加える。

イーファはそんな二人に目を向けつつ、遠慮がちに笑って言う。

「えっと……危なくなったら、わたしたちだけでも引き返すから」

「それならかまわないが……」

さすがに、この子らを連れて山頂まで向かう気にはなれなかった。

一応、護符となるヒトガタをいくつか持たせてはいる。しかし、異変の影響が深刻になったときに防ぎきれるかはわからない。結界が効かなかった以上、あまり過信はできないだろう。

ただ、まんざら足手まといというわけでもなかった。

もしかしたら、精霊が関わっているかもしれない。勇者と魔王の誕生時のみ起こる異変なら、アミュによって何かが引き起こされるかもしれない。

異変の実態がまるでわからない以上は、彼女らの手も借りるべきなのは確かだ。

「っ! なにか来るわ!」

突然、アミュが声を上げた。

力の流れが急速に接近してくる。

次の瞬間――――茂みを破り、一体の大柄なゴブリンがぼくらの前に躍り出た。

「ゴブリン・ロード、か……?」

ぼくは思わず眉をひそめる。

ホブゴブリンを上回る体躯。刃の研がれた剣に丸盾、鎧という調った装備。

これまで遭遇したことこそないものの、見た目は伝え聞くゴブリン・ロードの特徴と一致している。

だが。

「っ!? なんでゴブリン・ロードが一匹で出てくるのよっ!?」

アミュが困惑の声を上げる。

それとほぼ同時に、ゴブリン・ロードが突進してきた。

「ブゴォッ!!」

ただのゴブリンよりはいくらか洗練された斬り下ろしを、アミュが杖剣で受け止める。

その隙を突き、メイベルが背後に回っていた。

戦斧の一撃に対し、ゴブリン・ロードは振り返りつつ丸盾を合わせる。

だが、受けきれなかった。戦斧がめり込み、丸盾が裂ける。盾ごと斬られるのを避けるべく、ゴブリン・ロードがとっさに距離を取ろうとする。

そこに、イーファの火炎が襲いかかった。

「ブグゥッ!?」

炎に巻かれたゴブリン・ロードが、転がり出るように魔法の射線から抜け出す。

そこに――――大きく踏み込んだアミュが、杖剣を一閃した。

焼け焦げかけた首が宙を飛び、山道に落ちる。

同時に、頭部を失った死骸が地に伏した。

「……はあ」

アミュが杖剣を鞘に収める。

その顔には、喜びや安堵よりも困惑の方が多く浮かんでいた。

「一匹だと……ゴブリン・ロードも、大したことないわね」

ゴブリン・ロードは、一般的には強敵とされる上位モンスターだ。普通はここまで簡単にはいかない。

だがそれは、あくまで群れを率いていた場合だった。

無数の雑魚ゴブリンに加え、ゴブリン・メイジやアーチャーによる遠距離攻撃、プリーストによる回復がなければ、ロードといえどさほどの脅威でもない。

イーファもまた、困惑気味に言う。

「ゴブリン・ロードって……一匹で出てくることも、あるんだね」

「知らなかった」

「……ないわよ」

アミュが、死骸を気味悪げに見下ろしながら答える。

「ゴブリン系の上位種が一匹で出てくることなんて、普通ありえないわ」

****

山道を進んでいく。

たびたびモンスターに遭遇したが……それらはいずれも、どこか妙だった。

翼を持っているにもかかわらず、地を這い襲いかかってくるキメラ。本来木々に擬態し待ち伏せているはずが、真正面から向かってくるマンイーター。遺跡や洞窟からわざわざ抜け出してきたとおぼしき、ミミックやガーゴイルまでいた。

山のモンスターはどこか様子がおかしいと、セゼルテは言っていた。

それはどうやら、こういうことだったらしい。

「……ちょっと、気味が悪いよね」

イーファがやや不安そうに言った。

「どのモンスターも、変になってるみたいで」

「そのせいで、だいぶ弱い」

メイベルも言う。

たしかに出現モンスターはいずれも、他のダンジョンで出るものより明らかに弱かった。

非合理な行動をとっているのだから当たり前だ。環境への適応や学習の結果ではなく、なんらかの影響により本来の性質がねじ曲げられているような印象だった。

「やっぱり霧のせい……なのかな?」

「……どうだろうな」

イーファに、ぼくは曖昧な答えを返した。

妙な力の流れにあてられているような気配はある。だが実際のところは、まだ何もわからない。

****

山道を進み、霧が濃くなっていく中で、モンスターの行動以外にも奇妙なことが起こり始めていた。

「……なんか、変じゃない?」

前方を歩いていたアミュが、ふと足を止めて言った。

「あたしたち、山頂に向かってたわよね? それなのに……さっきからほとんど登ってない気がするんだけど。それに、霧で見えにくいけど」

アミュが目をこらして言う。

「この先も、上り坂になんてなってないわよ」

ぼくらも足を止める。

アミュの言ったことは、ぼくも少し前から感じていた。

「……方向は合っているはずだ」

ぼくは言う。

地磁気はとうに観測できなくなっており、上空からの視界も霧で利かない。しかし気功術による体感覚に従えば、方角を誤っていないことはわかる。

「このまま、もう少しだけ進んでみよう。これ以上霧が濃くなったと感じたら引き返す」

「え、引き返すわけ?」

アミュが意外そうに言った。

「山頂まで行かないってこと?」

「ああ、今日はな。元々下見のつもりだったんだ。山頂まで向かうには、さすがにもう少し準備が要る」

というより……この子らをこのまま連れて行くわけにはいかなくなった。

ぼくはやや表情を険しくしつつ付け加える。

「もしかすると、まともな方法では山頂までたどり着けないかもしれないからな」

「ええ……そうなの?」

困惑の表情を見せつつ、アミュが歩みを再開する。

「じゃあ、どうするわけ? 空を飛んで、上から落っこちてくるとか……」

その時。

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月明かりの下、すさまじく巨大な鬼が、嵯峨野の地に横倒しになっていた。

六町(※約六六〇メートル)もの巨体が倒れている様は、それ自体が地形のようだ。

その体は、まるで白い巨石を切り出したかのようにのっぺりとしている。どこか現実感がなく、幻めいてすらいる。

ぼくが使役する最強の妖、鬼神スクナの威容だった。

こいつがもう、立ち上がることはないだろう。

ぼくはわずかに目を細め、前方に立つ、水干姿のアミュを見やる。

『……驚いた』

こんな時であるにもかかわらず、ぼくは感動すら覚えていた。

『まさか上位龍のみならず、スクナまで調伏してしまうとは……。強くなったな、×××』

アミュでない名を、ぼくは呼んでいた。

×××の目には、涙が浮かんでいる。

燐光を纏う無数のヒトガタを背景に、×××の口が開く。

『×××××い、せんせー。×××××、×××××から』

わかっていた。

かつての弟子にも、もう立場というものがあるのだ。

この子が巣立った頃のままであったなら、童をあやすように追い返すこともできただろう。

しかし、どうやらそうもいかないようだ。

ならば……素直に引導を受け取り、今世での生をここらで終いにしておくのも、悪くはない。

ぼくにはまだ、 次(・) があるのだから。

ぼくは微笑とともに告げる。

『来い、×××――――最後の 薫陶(くんとう) だ。このぼくが、全力をもって相手してやろう』

一瞬の静寂。

次の刹那、両者の手は印の形に組まれ、口からは真言が紡がれ始める――――。

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「――――イカ! セイカっ!」

ぼくは目を瞬かせた。

眼前には、焦ったような表情を浮かべるアミュの顔がある。

「……アミュ?」

「気がついたっ? はあ……焦らせるんじゃないわよまったく……」

アミュがぼくの肩から手を離し、安心したように言った。

ぼくは周囲を見回す。

先ほどから、何も変わってはいなかった。霧の中にうっすら見える景色には見覚えがある。意識の断絶はあったが、倒れたりもしていないようだ。

違う点があるとすれば、アミュの後ろでイーファとメイベルも心配そうな顔をしていることくらいか。

ぼくは冷静に訊ねる。

「何があった?」

「……わかんない。あんたたちが、急に足を止めてぼーっとし始めたのよ」

アミュが困惑気味に説明する。

「イーファはすぐに気がついたけど、メイベルは少し時間がかかって……最後にあんたって感じ」

ぼくは少し考えて訊ねる。

「君はなんともなかったのか?」

アミュは、わずかに迷うように答えた。

「……一瞬、声が聞こえた気がしたわ」

「声?」

「パパとママと、ギルドのみんなの。なんて言ってるかはわからなかったし、気のせいだったかもしれないけど……」

ぼくは、イーファとメイベルに顔を向ける。

「君たちは?」

「わたしは……」

イーファがためらいがちに答える。

「……少しだけ、夢を見てた気がする。お母さんが生きてた頃の……」

「私も」

メイベルが、視線を落としながら答える。

「兄さんや仲間たちとの、夢を見てた。まだ商会にいて……みんなも、まだ元気だった」

「……」

ぼくはおもむろに、懐から一枚の呪符を取り出した。

呪(まじな) いの影響を防ぐ簡易の護符だが……黒ずんで破れている。

「……やられていたか」

異変の影響を防ぎきれなかったようだ。

他の呪符を取り出してみるが、それらは無事。どうやら次の呪符が発動する前に、アミュに起こされたことで影響から脱せたらしい。

ぼくはしばし考え……やがて踵を返しつつ、三人へと言った。

「戻ろう」

****

異変の影響は、別の形でも現れていた。

神殿に戻るやいなや、メローザは驚いた顔をして、それから安心したように言った。

「もう心配したよー! 二日も帰ってこないんだもん!」

山にいたのはせいぜい半日ほどであったにもかかわらず、麓の里では二日が経っていた。

どうやらあの山では、時間の流れが遅くなっているらしい。

なんとなく、危惧していたことではあったが。

****

「へぇー、あの山の上ってそんなことになってたんだ」

夕食の席にて。

アミュたちの話を聞いたメローザは、感心したようにそう言った。

「そういえば、昔何日も経ってから帰ってきた人がいるって、誰かが言ってたっけ……。あ、みんなどんどん食べてね。遠慮しないでいいから」

初日の晩にメローザが話していたとおり、食卓は幾分か豪華なものになっていた。

アミュとメイベルは、言われたとおり遠慮なく料理を口に運んでいる。一方でイーファは、どこか控えめにしていた。

メローザ自身があまり手をつけていないので、気後れしているのかもしれない。

「でも、そっかぁ。それなら……もうあそこには行かない方がいいね」

メローザが、一人うなずいて言う。

「危ないもん。もし眠っちゃったら大変だし。異変のことは、無理しなくても大丈夫だから。区長さんたちには、わたしから言っておくね」

「ええっ、これくらいでやめないわよ!」

アミュがまさかといった顔で言う。

「世話になってる以上、できることがあるならするわ。それに、あたしは平気だったもの。また誰かぼーっとしても起こしてあげられる。だから明日も……」

「いや、君らはここに残れ」

ぼくが唐突に言うと、アミュが目を丸くした。

「はあ? なんでよ!」

「あれは頭数でどうにかなるような代物じゃない」

ぼくは正論を続ける。

「大勢いたって仕方ない。ぼくだけで向かうよ」

「……あたしたちは、足手まといってわけ?」

「場合によってはもっと悪い。ぼくがそう思う間もなく、君らがどうにかなってしまいかねないからな」

それは半ば脅しだったが、あながち嘘とも言い切れなかった。

想像以上に、この異変は得体が知れない。

「……あんただけで、本当に大丈夫なの?」

しかし言葉の意図とは裏腹に、アミュはぼくを心配そうに見つめながら言った。

「正気に戻ったの……あんたが一番遅かったのよ」

「……それでもだ」

ぼくは目を伏せながら答える。

「対策のしようはある。時間の流ればかりはどうしようもないが、何日かかろうともぼくなら必ず帰ってこられる」

「でも……」

「それに、君たちにはここでやってもらいたいことがあるんだ」

後にしようかと思っていたが、今軽く説明した方がよさそうだった。

ぼくは位相から呪符の束を取り出すと、アミュに差し出す。

「これを、この集落の要所に貼り付けてほしい。日に一度確認して、ダメになっていたら貼り替えてもらう必要もある。気休め程度かもしれないが、意味はあるはずだ。ぼくが山に入っている間、頼まれてくれないか?」

「……」

アミュはしばらく呪符の束を眺めていたが……やがてぼくの手からそれを受け取ると、嘆息して言う。

「……わかったわ。できることがあるならするって、自分で言ったばっかりだしね」

意外にも素直に、アミュはうなずいた。

以前ならもう少し意地を張っていたような気もするが……西方での経験を経て、やはりいくらか変わったのかもしれない。

「セイカも……無理しなくていいんだよ?」

その時、メローザがふと言った。

どこか心配そうな笑みで、まるでぼくをなだめるかのように言う。

「元々、独立領のことはセイカには関係ないんだから。危ない目に遭ってまでがんばることないよ。春までここでゆっくりしていっても、わたしは全然……」

「いえ」

メローザの言を遮るように、ぼくは目を逸らしつつ言った。

「一度、引き受けたことですから」