軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十話 最強の陰陽師、話を聞く 後

「年老いた者が多いかしらね」

セゼルテが、異変の影響を受ける者の特徴を話していく。

「魔力の衰えた者、と言い換えてもいいかもしれないわ。ただ、小さな子が眠りにつくことはほとんどないから、単純な魔力の多寡ではないのだと思います。まれにではあるけれど、若くて力のある者が眠ってしまうこともあるの。他には一人で暮らす者が多い気もするけれど、それも絶対ではない。霧に影響を受ける条件は、はっきりしていないわ」

「そうですか……」

口元に手を当て、考える。

本当にそうならば、妙ではあった。

「その眠っちゃった人たちって、どうなるの? 死んじゃう……とか?」

訊きにくそうに問いかけたアミュに、セゼルテが答える。

「元々弱っていた者などは、そうなってしまうこともあります。でもほとんどは、衰弱することもなく眠り続けるの。まるで霧が生かしているみたいに。中にはもう、十年以上も眠り続けている者もいるわ」

「そ、そんなに?」

アミュが驚いたように言う。

ますます妙だった。

前世の呪術体系においても、そのような 呪(まじな) いは聞いたことがない。いったい何が起こっているのだろう。

「どういうわけかわからんが、今回の異変はずいぶんと軽い」

エイダンフが、唐突に言った。

「祖父の話によれば、五百年前の霧はこんなものではなく、この辺りなどはとても住めたものではなかったという。異変が始まって十六年、この程度で済んでいるのは運が良いと言うほかない。しかしいつまでも楽観はできん。ここ最近になって、霧は勢いを増してきておる。眠りに落ちる者も増え始めた。……手を引くなら今のうちじゃ」

ぼくはしばし悩んだ後……二人の区長に告げる。

「異変によって眠りについた者と、会わせてもらえませんか」

****

ぼくたちはセゼルテと共に、霧の立ちこめる集落を行く。

そうしてたどり着いたのは、少しだけ大きく、少しだけ 森人(エルフ) らしい建てられ方をした、一軒の家屋だった。

「私の住まいです」

セゼルテが言った。

中へ通され、やがて一つの部屋に通される。

こぢんまりとした室内。その壁際に設えられたベッドに、一人の女性が横たわっている。

「娘です。ちょうど、一月ほど前から」

セゼルテが再び言った。

それは三十代ほどの見た目をした、 森人(エルフ) の女性だった。

一見しただけでは、ただ眠っているだけのように映る。血色もよく、胸も微かに上下しており、生きていることがわかる。

「眠りについた者は、集落の中心にある建物に集め、みなで世話をしています」

セゼルテが、やや語調を落として説明を始める。

「ただこうして、家族が面倒を見ることもあるわ。娘のことは、私が自分で見守っていたかったの」

「……この人は」

ぼくは、眠り続けるその 森人(エルフ) に目を向けながら言う。

「少なくとも、あなたよりは魔力が強いようですね。セゼルテ殿」

力の流れを見ればわかる。

何歳なのかはわからないが、 森人(エルフ) としてまだ衰えるような年齢でないことは確かだろう。

セゼルテが微かな笑みとともに言う。

「あなたにも精霊が視える……わけではないようね。ユーヘッデが見込んだだけはあるということかしら」

言いながら、 森人(エルフ) の老女は娘に視線を落とす。

「この子は特別に魔法が上手だったわけではないけれど、すっかり老いてしまった今の私よりは、ずっと精霊に愛されているはずよ。たとえ、眠り続けていてもね」

「娘さんは、眠りにつく以前からあなたとこの家に?」

「ええ。八十年前に夫と息子を病で亡くして……以来、ここに戻ってきていたの。私の夫も、もうずいぶん昔に神樹のもとに召されていたから、それからはずっと二人で暮らしていたわ」

「……そうですか」

不思議な話だった。

なぜ共に暮らしていたセゼルテではなく、娘の方が異変の影響を受けたのだろう。

眠りにつく者に決まった法則はないとのことだったが……ぼくの考えでは、こういった魔術的な事象は必ず法則に支配されている。何か条件があるはずだ。

ただ、そんなものわからなくとも、なんとかする方法はあった。

ぼくは懐からヒトガタを四枚取り出すと、宙に放る。

ひらひらと舞うそれらは、呪力を込めるとスッと縦に並んだ。そしてそのまま、娘の眠るベッドの四隅へ滑るように飛んでいく。

ぼくは呟く。

「とりあえず、解呪してみるか」

片手で印を組む。

四枚のヒトガタを起点とし、眠りにつく 森人(エルフ) を囲むように結界が構築された。

セゼルテが、わずかに目を見開いて言う。

「これは、精霊魔法の【聖域】……いえ、人間が使う結界の魔法かしら」

「 森人(エルフ) の魔法にも、似たものがありましたね」

西方の地でレンが使っていたのを見ている。またアスティリアでも、王室魔術師のリゼが使用していたと前にイーファから聞いていた。

だからこそ……この方法は望み薄なのだが。

やがて。

ぼくは組んでいた印を解き、溜息とともに呟く。

「……やっぱりダメか」

女性の眠りは、解ける気配がなかった。

当然と言えば当然だ。異変が勇者と魔王の誕生時から起こっているのなら、もう十六年。解呪の魔法くらい、この地に住む者たちもすでに試しているに決まっている。

ずっと結界を張り続ければ何かしらの変化があるかもしれないが、あまり期待はできなかった。

ぼくは、ベッドに横たわる女性に視線を落とす。

「本当に、ただ眠っているだけのようだな」

結界を張った前後で、本人にも力の流れにも、変化がほとんど見られない。

魔術的な影響を受けているにしては、あまりに自然に見えた。

現状では、解決手段の見当もつかない。

****

セゼルテの住まいから出ると、すでに日が傾きかけていた。

山の方を見ながら明日の準備について話し合っているアミュたちを尻目に、ぼくは集落の景色を見回す。

辺りに立ちこめている霧のせいか、暗い。

しかし作物に影響がないということは、この暗さも錯覚に近いものなのだろうか。

「……ここは穏やかな集落ですね、セゼルテ殿」

ぼくは傍らのセゼルテへと語りかける。

「学園長から聞いていた話とは、少し印象が違いました」

「……あの子は、ここをなんと話していたのかしら」

森人(エルフ) の老女が、静かに首をかしげて言った。

学園長はすでに三百歳を超えていると前に自分で言っていたが、 矮人(ドワーフ) 以上に長命な 森人(エルフ) のセゼルテは、あの人を小さい頃から知っているのだろう。

ぼくは簡潔に答える。

「どこか皆、気が立っているような場所だったと」

「あの子がいた頃は、まだそうだったわね……。ここ百年ほどで、ずいぶんと平和になったわ」

セゼルテは穏やかに言う。

「エイダンフは、ただ逃げてきただけだと話していたけれど……戦って独立を保ち続けていたというのも、本当なの。中立であることは、全員の味方になるのではなく、全員の敵になるということ。魔王が勇者によって倒され、異変が収束した後、この地は何度も侵略の危機にさらされてきた。でも、侵攻を許したことは一度もなかったわ。それは私たちの誇りでもある」

その口調とは裏腹に、セゼルテの表情には硬いものがあった。

この人も、かつては戦っていたのだろうか。

ぼくは訊ねる。

「魔王が倒されると、異変は収束するのですか」

「ええ。あるいは、勇者が死ぬことでもこの霧は消える。伝承によればね。眠っていた人々も、ほどなくして目が覚めるの。だから私たちは、希望を持っているのよ」

森人(エルフ) の老女が続ける。

「異変が始まった時、私たちはこの集落を捨ててどこかへ移り住むべきか悩んだ。でも、結局その道は選ばなかったの。移住の苦労もそうだけど、なによりここは、みなで守り続けてきた場所だから」

「……」

「この独立領を統べる、 森人(エルフ) と 矮人(ドワーフ) それぞれの王も同じ選択をしたわ。たとえ逃げた先にあった忌まわしい地であっても、ここはもうみなの故郷になっているの」

セゼルテが、遠くに視線を向ける。

山とは真逆に位置する、帝国の方角へ。

「魔王がどのくらい生きるのかはわからないわ。魔族の寿命は、種族によって大きく異なるから。でも……人間は、百年も生きることなく死んでしまう。勇者が、たとえ魔王と戦うことなく天寿を全うするとしても、あと数十年の命なの。私たちはそれを待つことができる。 森人(エルフ) や 矮人(ドワーフ) にとって、数十年は決して耐えられない時間ではないわ。だから」

森人(エルフ) の老女が、力なく微笑んで言う。

「あなたも、無理はしなくていいわ。たとえユーヘッデの頼みでも」

それはどうやら、心からの忠告であるようだった。

「人間が霧に囚われてしまえば――――きっと、死ぬまで目を覚ますことはないでしょうから」