作品タイトル不明
恩のバーゲンセール
近頃は出掛けてばかりだったので、今日はエルミンスールでのんびりと過ごすつもりだ。タイロンに貰ったカジキマグロも早く消費したいし、しばらくはエルミンスールに引き篭もることになるだろう。
……なんて考えていたのだが、今日ものんびりできそうにない。部屋の隅に放り投げていた転写機が、けたたましく震え始めたのだ。
「また王城から呼び出しかよ。今度はどんな面倒事かな……」
思わず不満を漏らしながら転写機を手にとった。すると、ルナが怪訝そうに訊いてくる。
「またですか……。内容をお聞かせいただいてもいいですか?」
「まだ全部読めてないんだ。ちょっと待ってくれ」
相変わらず長ったらしい挨拶文が続き、なかなか本題に入らない。いい加減文句を言ってやろうかな……。
ようやく辿り着いた本題、そこには不思議な名前が書かれていた。
「読んだけど、よくわからない。『ミルジアのオマリィ子爵より、コー宛の荷物が届いている』ってさ」
要約するとこんな感じだ。もう少し細かく言うと、王都の冒険者ギルドに送られてきた荷物が、王城に丸投げされた格好になっているらしい。オマリィが、なんで?
「え? 父さんが?」
アーヴィンは、そう言って転写機を覗き込んできた。
「そうなんだよ。何かしたっけ?」
「あ! 魔道具の代金! まだ貰っていません!」
あ……完全に忘れていた。以前、オマリィに大量の魔道具を売りつけたんだった。マリーさんの店で溢れた在庫、金貨1000枚分の魔道具だ。金が足りないということで、塩と布と紙で支払われることになっていた。
本来なら俺がミルジアまで受け取りに行かなければならなかったのだが、オマリィも忙しいだろうと思って後回しにした。そして完全に忘れた。
「オマリィが気を回してくれたんだな……」
数日後に引き渡しだと言ったまま、2カ月近く経過した。いつまで経っても取りに来ないから、オマリィは気を使って配達してくれたらしい。
「すみません、私も忘れていました……」
ルナだけじゃない。俺も忘れていた。ついでに言うと、パーティメンバー全員が忘れていた。誰か1人でも覚えていれば、ミルジア行きを提案していたはずだ。
「ルナのせいじゃないさ。みんな忘れていたんだから、仕方がない。面倒だけど、王城に引き取りに行ってくるよ」
「私も行きます」
「アタシも行く。材料が足りなくなったから、ついでに買い物がしたいわ」
ルナに続いてクレアも名乗りを上げた。万能薬を改良したとき、薄めたせいで大量の瓶を消費した。
普段使っているポーションは使用後に中身を詰め直すのだが、万能薬は日常消費するものではない。ポーションの瓶に万能薬を入れてしまったため、新品の瓶が大量に必要になったのだ。
「私は残るよ。魔道具の研究がしたい。リーズくん、すまないが手伝ってくれないか」
「ん? いいよー」
リリィさんとリーズは留守番だ。まあ、今日の用事は商品を受け取るだけ。コンビニに行くみたいなことだから、全員で行く意味はないな。
「了解。それじゃ、さっと行ってすぐに帰るよ」
というわけで、いつもの服に着替えたらすぐに出発だ。王都には立ち寄らず、真っ直ぐに王城内にある王の休憩室へと転移する。クレアの買い物は、商品を受け取った後だ。
いつもの休憩室なのだが、来るたびに調度品が増えている気がする。今日の調度品は、3人掛けのソファが2脚、1人掛けの豪華なソファが2脚、壁際にも1人掛けのソファが2脚置かれている。
以前来たときは、壁際に置いてあるのは木製の丸イスだったと思うんだけど……。まあいいか。
適当に座り、王の到着を待つ。たぶん今は謁見中だ。王は1人の謁見が終わるたびにこの部屋に戻ってくる。それが会話のチャンスだ。普通に謁見すると手続きや待ち時間があるから、この部屋で待ち構えたほうが早い。
明かりをつけてしばらく待っていると、入り口の扉がゆっくりと開いた。そして、疲れた顔の王が「ふぅ」とため息をつきながら入ってくる。
「よう、久しぶりだな」
「ぬぉっ!」
王はビクッと体を強張らせ、足を1歩引いた。
「そんなに驚くことじゃないだろ。いつものことなんだから」
呼び出しを受けたあとは、この部屋で待っている。それはいつものことだ。呼んだのは王なんだから、いちいち驚かなくてもいいと思う。
「いつもだから困っておるのだよ……」
王は嫌そうに呟いた。そんなに嫌なら呼ぶなよ。
「それで、荷物を受け取りたいんだけど。どうしたらいい?」
「うむ、今持ってこさせよう」
王は休憩室の扉を開けて顔を外に出すと、部屋の外に待機していた兵士に何やら指示を出ているようだ。商品をここに持ってこさせるつもりなのだろう。話が早くて助かる。
「それよりも、まずは聞かねばならぬ。其方はミルジアで何をしてきたのだ」
王はそう言いながら一人掛けのソファに腰を下ろした。
アレンシアとミルジアの関係は、多少良くなったと言ってもまだまだ最悪。まともに交易ができるような関係ではない。そんな中、俺がミルジアの貴族と交流を持っているということが腑に落ちないのだろう。
「いや、ちょっと商売をね。交易みたいなものだよ」
変なことはしていない。ちょっと大規模になってしまったが、ただの交易だ。冒険者ならだれでもやっているようなことだから、特に問題ない。
「交易は結構なことだが、何故貴族なのだ?」
「依頼でミルジアに行った時に知り合ったんだ。拙いか?」
「いや、それは個人の問題である。問題ない。しかし、冒険者が扱う量ではないであろう。王都で使う1年分の塩だ。それだけではない。庶民の服が何着も作れる量の布や、大量の紙もある」
王は難しい顔で腕を組んだ。すると、休憩室の扉が静かに開いた。
「失礼します……」
見覚えのない若い男性が、大きなコンテナを重そうに抱えてきた。中には大量のマジックバッグが入っている。
「うむ。これが今回預かった品である。まずは中身を確かめよ」
マジックバッグの中に商品を詰め込んで保管していたらしい。王に確認を促され、片っ端から蓋を開けた。まずは塩。次も塩。塩。しお。しおしおしお布。最後は紙だ。塩がとにかく多い。
今回送られてきたミルジア産の岩塩は、薄いピンク色でブロック状にカットされている。以前ミルジアの街で買った塩は粉末状だったから、これは取り引き用の塩なのだろう。
「ざっと見ただけだけど、問題はなさそうだ」
「うむ、品質はこちらでも確認しておる。それよりも、其方はいくら分の仕入れをしたのだ……」
王城で検品してくれたらしい。ここで確認してくれたのなら、俺が詳しく見る必要はないな。王の反応を見る限り、結構高品質だったらしい。オマリィが奮発してくれたようだ。
王は金額が気になる様子だけど、俺は額面を見てないんだよなあ。ミルジアとアレンシアでは物価が違うから、金額なんて当てにならない。
「物々交換だったから、詳しい金額はわからないな。金貨1000枚分の商品と交換したんだ」
「なるほど……。それはともかく、これだけの規模の取引となると、商人としての税金を取らねばならぬ」
え? 税金? 聞いてないよ! マジ? 税金を取られるの?
「いや、そんな話は聞いたことがないんだけど……」
「そうかもしれぬ。この規模で取り引きをする冒険者など、其方の他にはおらぬからな。しかし、これは冒険者ではなく商人としての規則である。これを見逃しては、他の商人に示しが付かぬのだ」
王は気まずそうに言う。
俺はこの国の法律については学んだが、各ギルドの規則については知らない。冒険者ギルドにも規則があるように、商人ギルドにも独自の規則があるらしい。税金が掛かるとは知らなかったね……。
「俺は商人ギルドには登録していないんだけど、それでも払わないとダメか?」
「そうであるな。余としても其方には請求したくないのだが、取り引きの規模が大きすぎるのだ」
王は難しい顔で首を振った。規模が大きくなったことは自覚している。確かに、冒険者が扱う量ではなかったかもしれない。
「そういうことは先に言ってくれよ」
「それは余の言葉だ。面倒事を増やしおって……。商品がこの城に届かなければ、余が気づくことはなかったであろう。しかし、知ってしまったからには払ってもらわねば困る」
遠回しではあるが、王は「知らないところでやってくれ」と言っているように思う。為政者としてどうなんだろう。
「そんなに面倒なら、見なかったことにしてくれよ」
「そういうわけにもいかぬ。あまりに大量の商品だったため、大臣や貴族たちにも見られてしまった。いまさら言い逃れをすることは不可能である。其方に借りを作るような真似はしたくないのだが……」
王が嫌そうにしている理由がわかった。俺に借りを作りたくなかったんだな。
税金の支払いは国民の義務だが、今回の税金はイレギュラーだ。形式的にはただの税金の支払いでも、心情的には貸し借りのようなもの。支払いをゴネても税金を支払っても、どちらにしても困るのか……。よし、サクッと払って嫌がらせをしよう。
「わかったよ。いくら払えばいいんだ?」
「いや、金ではなく商品の一部で良い。商品の2割を置いていけ」
金ではなく商品か……。2割くらいなら、どうってことないな。アレンシアは塩を海水から作っているから値段が高いが、ミルジアでは岩塩がいくらでも採れるから安く手に入る。ミルジア産の塩であれば、2割なんて誤差だ。
ただ、この国での塩の扱いは結構面倒なんだよな。最低限の塩は国が配給していて、店で販売するときは税金をかけなければならない。店に卸す場合は関係ないが、個人客に売るなら税金の問題が発生する。先に相談しておいたほうがいいな。
「いいだろう。2割は置いていくよ。それで、残りの商品なんだけど……」
「うむ。販売先は慎重に選べ。この量を卸すとなると、相場が崩壊する恐れがある。販売先は決まっておるのか?」
王はさらに難しい表情を浮かべて訊く。こちらの出方を窺っているようで、まだ何か言いたげな様子だ。
「いや、まだ決まっていないよ。これから信用できる問屋を探すつもりだ」
「ふむ……我が国でも、塩の買い取りをやっておる。このまま引き取っても良いぞ」
……恩着せがましい言い方だが、要するに「売ってくれ」ということだな。王という立場もあるんだろうけど、単刀直入に言ってくれれば話が早いのに。王はいちいち回りくどくて困る。まあ、卸先を探すのは面倒だし、高く買ってくれるなら国に売るよ。
「そうだな。俺は国に売ってもいいんだけど、価格はどうする?」
「ほう! それは良い考えだ! さっそく手続きを始めよう。ミルジア産岩塩、1塊で銀貨1枚。これでどうだ?」
王は、待ってましたとばかりにまくし立ててきた。これが狙いだったのなら、初めからそう言ってくれればいいのに。
王が言う1塊とは、ブロックのようにカットされた岩塩だ。これが銀貨1枚、ちょっと安い気がするけど、まあこんなもんかな。クレアにも聞いてみよう。
「どう思う?」
「妥当じゃない? 本当はもう少し高くてもいいと思うんだけど、量があるからね」
この塊がとにかくいっぱいある。ざっと見ただけだが、数万個あるんじゃないだろうか。金貨数千枚分だ。2割は税金として持っていかれたとしても、十分な額の利益が残る。
「よし、じゃあ全部国に売るよ」
「うむ、承知した。しかし、金はすぐには準備できぬのだ。分割で支払う。それで良いな?」
王が提示した条件は、1年かけて毎月支払うというプランだ。王の都合だけで話が進んでいる気がするけど、金に困っているわけじゃないから特に問題ない。ただ、毎月城に来なければならないというのは面倒だな……。
「いや、しばらく国で預かっておいてくれないか。すぐに必要ってわけじゃないから、来年あたりにまとめて貰うよ」
ちなみに、銀行に預けるのも悪手だ。手数料が高く、預けた街でしか引き出せない。さらに利息がつくわけでもないので、預けただけ損をする。
「そうか……では、入用になったときに渡そう。それまでは預かっておく」
俺の言葉に、王は安堵の表情を見せた。たぶん、この支払いは分割でもキツかったんだろう。さらに恩を売ったみたいになったけど、王はそれで良かったのかな……まあいいか。
もう一生分稼いだような気がする……。とりあえずは全額国に預かってもらっているけど、何かに使わないともったいないよなあ。まあ、考えておこう。