作品タイトル不明
大掃除
王城を出た後、もう一つの目的だったポーションの瓶を買った。クレアは瓶と一緒にかなり大量の薬草を追加で買っていたから、ポーションを量産するつもりなのだろう。
ポーション作りは、クレアの趣味みたいなものだ。作るのが目的だから、使うことはあまり考えていない。今日買った材料を見る限り、俺たちの使用量を遥かに超えるだったように思う。時期を見て、どこかに売ることを考えないとなあ。
「アタシの買い物はこれで終わりよ。他に行くところはある?」
クレアがニコニコしながら言う。考えていた用事はこれで終わりだが、王都に来たついでに寄っておきたいところがある。
「マリーさんにも会っていこう」
「え? うち?」
マリーさんの店はクレアの実家だ。クレアが意外そうにキョトンとしている。
「魔道具の作成を依頼していたから、様子を見ておきたいんだ」
マリーさんには、以前俺たちが開発した魔道具の量産を依頼していた。掃除用のブロアと水が出るストロー、オマリィから頼まれていたカメラ、それと美白の指輪。依頼をしてから結構時間が経ったから、多少は売れている気がする。
「なるほど……。でも、売れてるとは思わないほうがいいわよ。うちのママ、作るのは好きだけど売るのは苦手だから……」
それは店を見ればわかる。あの店は、売ることを一切考えていない。一応店の体裁を整えているだけで、実際は店舗まるごとただの倉庫だからね。
「売れてなくてもいいんだ。俺たちが買い取って、ミルジアで売ってもいいと思っている」
まとまった数のカメラが完成しているなら、他のものも買ってオマリィに売りつければいい。店の掃除にもなって一石二鳥だ。
「そっか。それならいいんだけど」
クレアはそう言って笑みをこぼした。冷静に答えたけど、本心では実家に寄りたいと考えているかもしれないな。
マリィさんお店に到着したのだが、入り口が木箱で塞がれ、強引に除けないと入れない。
「あれ? 今日は休みなのか?」
「そんなはずはないわよ。看板は営業中になってるわ」
クレアに言われ、改めて看板を確認した。『営業中』……間違いない。店は開いている。
「仕方がない。無理やり入るぞ」
目線の高さまで積まれた木箱を押す。ギリギリ1人が通れるスペースを確保したところで、目の前の木箱は別の荷物に引っかかって動かなくなった。まあ、どうにか通れるだろう。
隙間に体をねじ込んで、強引に店内に入った。店の中はさらに散らかっていて、とにかく前に進めない。すべて木箱や袋に詰められた魔道具だ。
「何があったんでしょう……」
ルナが心配そうに呟く。
確かに、いくら掃除が苦手なマリーさんといってもこの状態は異常だ。発注の単位を一桁二桁間違えたんじゃないかと思うような荷物の量。もしそうだとしたら、大事故だ。店が傾きかねない。経営的にも、物理的にも……。
「とにかく、マリーさんに会って話を聞こう」
どうにか足を進める中、店の奥でトドのような何かがゴソリと動いた。
「きゃっ!」
ルナがいち早く気づき、小さく悲鳴をあげる。
「なんだっ!」
恐る恐る視線を移すと、動いたのが人間だったことに気づく。
「なんだ、とは何よ。久しぶりに会ったっていうのに……」
ボナンザさんだ。荷物に埋もれた状態で、なにやら作業をしていた。
「久しぶりだな。そんなところで何をしているんだ?」
そもそも、どうやって店の中に入ったんだ? 俺たちですらキツいのに、ボナンザさんの体格で入れるはずがないじゃないか。なんだったら、その場から動くこともできないはずだ。
「買い物よ。ここは店の中なんだから、それ以外ある?」
ボナンザさんは、面倒そうに答えた。
「いや、そうなんだけどさ。この店の惨状を見る限り、落ち着いて買い物なんてできないだろ」
「それはしょうがないわよ。倉庫の中のものも全部買うって言ったら、どんどん出てきたの。予想外すぎて、あたしも驚いているわ……」
「は? 全部?」
この店の在庫の量をを知らなかったとは言え、店の中の商品全部というのは異常事態だ。
「そうよ。まとまった数が欲しかったんだけど、ちょっと多すぎたわね。でもね、今回は多いに越したことはないの。大変だけど助かるわぁ」
まるで商売でも始めるんじゃないかという買い方だ。大量の買い方をするときに『大人買い』なんて言い方をすることがよくあるが、俺はそれを超える買い方を『業者買い』と呼んでいる。今回のボナンザさんは、まさに業者買いだ。
ボナンザさんは、奴隷商の他にもキャバクラみたいな飲み屋を数店舗経営している。従業員たちが使う魔道具もボナンザさんが買っているらしいが、それでも買いすぎだと思う。
「そんなに買ってどうする気だよ。店をやってるって言っても、個人が使い切れる量じゃないぞ」
「ふふふ……ここだけの話だけど、この前ね、久しぶりにミルジアに行ったの。そしたら、街で魔道具が普通に売ってあったのよねぇ。どこかの貴族が元締めらしいんだけど、今なら高く売れると思ったのよ」
ボナンザさんも、俺と同じところに目をつけたようだ。オマリィを経由する輸出ルートは俺だけが使えるのだが、ボナンザさんも独自の輸出ルートを開拓したらしい。
魔道具の輸出が俺の独占じゃなくなったのは残念だが、1人だけでミルジア全土に魔道具を行き渡らせるのは不可能だ。輸出する人が数人増える程度なら、大きなダメージにはならない。しかし、仕入元が同じになるのは避けたかったなあ。
「どうしてこの店なんだ?」
「いろんな人の作品が売ってたけど、中でもマリー作の魔道具が多かったのよ。たぶん、ミルジアでも人気なんでしょ? そう思ったから、ここの商品を買い占めることにしたの」
たぶん、ボナンザさんが見かけた魔道具は、俺がオマリィに売った魔道具だ。それなら、この店に行き着くのは間違いない。とは言え、全部はやりすぎだろ。
「本当に全部買うのか?」
「そう、全部。あんたたちも必要なものがあるなら、少しは分けてやるわよ」
ボナンザさんは本気だ。本当に全部売り捌くつもりらしい。たぶん、売り先がすでに決まっているのだろう。でなければ、これほど思い切った仕入れはできない。
俺もミルジアに輸出するつもりなんだから、今回は購入を見合わせたほうがいいな。商品がかぶってしまうとお互いの損になる。時期をずらすか……。
「いや、今日はマリーさんに用があっただけだ。何も買わないよ」
「そ? それなら、遠慮なく買っていくわね」
ボナンザさんは、そう言って作業に戻った。几帳面に、商品を種類ごとに整理してマジックバッグに詰め込んでいる。一度木箱に入れて、それをマジックバッグに移す、そんな作業を延々と繰り返している。見た目によらず、意外と細かい性格なんだよな。
この店の惨状は、ボナンザさんがやっていることだ。早く片付けてもらうためにも、今は邪魔をしないほうがいい。ボナンザさんには作業に集中してもらい、俺たちはマリーさんを探した。
大量の荷物をかき分けて、ようやくカウンターに辿り着いた。そこにはマリーさんは居ないが、カウンターの奥で物音がする。たぶん、倉庫から荷物を搬出しているのだろう。
しばらくカウンターの前で待っていると、マリーさんが大きな木箱を抱えて店舗に顔を出した。
「よう。忙しいところ、悪い。ちょっといいか?」
「あらぁ、クレアちゃんとコーくんたちじゃなぁい。いらっしゃい」
マリーさんがのんびりとした口調で言う。今はそんなにのんびりできる状況じゃないと思うんだけどなあ。
「今日は忙しそうだから、手短に済ますよ。量産を頼んでいた魔道具なんだけど、あれからどうなった?」
「ふふっ。今日全部売れたわぁ……。あれがそうよぉ」
マリーさんが近くに転がっている木箱に目を向けた。その箱の中には、手のひらサイズの小袋が乱雑に詰め込まれている。
「あれがその商品か?」
「そうよぉ。あの箱の中身、全部指輪なのぉ。頑張ったでしょ?」
頑張りは認めるよ。認めるけどさあ……。
「指輪しか作っていないのか?」
「え? 他にもあったかしら?」
ダメだ……指輪のことしか頭にないみたい。美白って、そんなに大事なことなの?
「いったい何個作ったんだよ……」
「千個までは数えてたんだけど、もう覚えていないわぁ。後で正確に数えてみますねぇ」
逆に千個まではちゃんと数えていたんだ……。よく面倒にならなかったなあ。ちょっと感心するけど、今はそれどころじゃない。
「水が出るストローとか、掃除用のブロアとか、他にもあっただろ?」
どちらかというと、この2つのほうが重要だった。どちらも生活必需品の類だ。作れば売れる。
外で生活することが多い冒険者なら、ストローは喉から手が出るほど欲しいはず。街で生活する人たちにとっては、掃除が簡単になるブロアはあると嬉しいだろう。美白の指輪も売れると踏んでいたけど、必需品とは言えないんだよなあ。
「あぁ……そうだったわねぇ。忘れていたわぁ。次はそっちを作るから、ちょっと待っててねぇ」
マリーさんは掃除のことなんか考えたこともないだろうから、ブロアが頭から抜け落ちるのは仕方がない。今回はそう思っておこう。
それと、カメラはオマリィに依頼されたものだ。オマリィの手に渡るよりも先にミルジアで売られてしまったら、気分が悪いと思う。今日みたいにごっそり買われたら困るから、先に手を打っておく。
「頼むよ。それから、カメラだけは最初に俺が受け取る。他の商品は好きな時に売ってくれて構わないよ」
「わかったわぁ。そのつもりで作りますぅ」
「他には用事もないし、店を手伝おうか?」
商品を買い取るつもりで来たのだが、今日は買い取るべき在庫が存在しない。その代わり、大量の荷物を搬出しなければならない。1人では大変だろう。
「それは嬉しいけどぉ……、その前に、売上金の支払いはどうしたらいいのかしらぁ?」
そういえばそうだった。美白の指輪が約千個。かなりの額になったはず。
「手渡しでもいいんだけど、いくらくらいになりそうだ?」
「指輪は金貨8枚で売ってるからぁ、大銀貨8枚の支払いねぇ。だからぁ、金貨800枚くらいよぉ」
やっぱり結構あるな。でも、これくらいの額なら冒険者ギルドでも手渡しで対応している。どうにかなるだろ。
「今すぐ払えるのか?」
貰えるなら、すぐに貰って帰る。
「ごめんねぇ、そんな大金は店に置いてないわぁ。銀行の口座があれば、そっちに送金しておくわよぉ」
……銀行の口座は、手数料をケチって避けてきたんだけど、作っておくべきだったのだろうか。商売をするとなれば、どう考えても必要になるっぽい。
「悪いな、この国の銀行はいまいち使い勝手が良くないんだ。だから作っていない」
「そうなのねぇ……。じゃあ、冒険者ギルドに預けておけばいいかしら?」
それはそれで問題が起きそうな気がする。
本来であれば、『マリーさんが冒険者ギルドに依頼を出して俺がその依頼を受ける』という手順が必要だ。冒険者ギルドは依頼者から手数料を取って利益を出しているのに、それを飛ばしているから、冒険者ギルドもいい顔をしないだろう。
「それは拙いかもしれないな。仕方がない、王城に預けておいてくれないか」
「え? 王城? どうしてですかぁ?」
「王城に預けている金があるんだ。一緒に保管してもらうよ」
ついさっき、王には俺の金を預かってもらうように頼んだ。そこに上乗せしてもらうだけだ。多少の文句は言われるかもしれないが、金を預けるのは向こうの都合でもあるんだから許してもらえるだろう。
話を終わらせ、マリーさんの手伝いをした。倉庫の中の商品を、店舗に移動するだけの簡単な作業だ。ただし、かなりの重労働。ボナンザさんを見送る頃には、日が傾きかけていた。
クレアは何も無くなった店内を眺め、「こんなに広かったんだぁ……」と呟く。
「ふふふっ。久しぶりに片付いたわぁ。クレアちゃん、今日は泊まっていっても大丈夫よ?」
「……やめとく。ホコリまみれじゃない。外で寝るのと変わらないわ」
物置にされていたクレアの部屋は、ボナンザさんのおかげで空っぽになった。しかし、長年物置にされていた部屋だ。荷物を出したくらいでは使えるようにならない。ホコリを払って拭き掃除をして……なんてやっている間に、夜が明けてしまうだろう。
それに、リーズたちには「すぐに帰る」と言ってあるから、勝手に外泊するのは良くない。マリーさんの提案を丁重に断り、店を後にした。