作品タイトル不明
ペットのくまさん
ゴーストの駆除から戻ってきたのだが、思いの外時間が掛かってしまった。エルミンスールで飼っている熊のダイキチの世話は、アーヴィンに任せっきりだ。
当初は俺が世話をするつもりで連れ帰ったのだが、気付いたらアーヴィンが世話をしている。まるで小学生が拾った捨て猫みたいだ。多少は悪いと思っているし、少しは自分で面倒を見たいとも思っている。
アーヴィンはやんちゃなダイキチに手を焼いているようだったが、大丈夫だったのだろうか……。
「ダイキチの様子はどうだ?」
宮殿の食堂で寛ぐアーヴィンに声を掛けた。
「元気だよ。元気すぎるくらい……」
アーヴィンはうんざりした様子で答えた。それなりに手を焼いているように見えるが、それほど心配するような事態ではないようだ。
「そっか。それならいいんだけど。しばらくは街に行かないと思うから、その間は俺が面倒を見るよ」
「うん……。そうしてもらえると助かるよ」
アーヴィンは、そう言って苦笑いを浮かべた。
「じゃあ、とりあえず散歩にでも連れていこうか」
安易な発想ではあるが、ペットの世話と言ったら散歩じゃないだろうか。
ダイキチは普段から放し飼いだから、それほどストレスを溜めていないかもしれない。しかし、たまには森の中で自由に駆け回りたいんじゃないかとも思う。
「うん、そうだね。たまには森に行かないと、この中庭がボロボロになっちゃうよ……」
アーヴィンは、そう言って窓の外に目をやった。その視線の先には、ダイキチを放し飼いにしている中庭がある。アーヴィンはそこでダイキチの相手をしているのだが、ダイキチは体が大きいので、少し動いただけでも軽い災害だ。すでに中庭はボロボロになっている。
「もう手遅れな気がするけど、森に連れていってみるよ」
夜が明けたら行動を開始する。今日は、ダイキチを最初に出会ったところに連れていってみる。もともとはそこが縄張りだったはずだ。
アーヴィンにダイキチの餌を持たせ、中庭に出た。アーヴィンの話では、ダイキチは雑食でなんでも食べるそうだ。俺の代わりに世話をしていただけあって、ダイキチの好みに詳しい。俺も面倒を見るつもりだが、アーヴィンにはこのまま餌係を続けてもらおうかな。
ダイキチが食事を終えるのを見届けて、森に向けて出発しようとした。しかし、ダイキチが動こうとしない。アーヴィンの足元にすり寄って、そこで蹲ってしまった。
「ずいぶんと懐かれたな……」
俺よりも懐いているんじゃないだろうか。やはり、普段から餌をあげている立場は強いな。
「……そうみたいだけど、さっさと行っちゃってよ」
アーヴィンの気のない返事に、ダイキチが意気消沈してしまった。見た目は完全に熊だが、やはり言葉を理解している。それだけに、アーヴィンの冷たい態度がショックだったのだろう。
「いいや。ダイキチが離れたくないみたいだから、お前も来いよ」
「え……?」
アーヴィンは嫌そうな表情を浮かべる。しかし、今日はキャンプではなくただの散歩だ。大変なことは何もない。
「どうせ暇なんだろ? 森で射撃練習でもすればいいよ」
「う……そうだね……」
不承不承に頷くアーヴィンを連れて、森の中に転移した。
ダイキチを森の中に放す。すると、ダイキチは懐かしげにあたりを見渡して、そのまま駆け出していった。満足したら勝手に戻ってくるだろう。それまでは暇つぶしだ。
「ところで、リボルバーの調子はどうだ?」
暇なので、アーヴィンと話をする。話題はリボルバーについてだ。改造を施してから、まだその感想を聞いていなかった。ついでに、俺にも試し撃ちをさせてほしい。
「すっごくいいよ。威力も上がったし、何発でも撃てるし。満足!」
「それは良かった。ちょっと俺にも撃たせてくれない?」
数発の試し撃ちはやったが、的を狙ってちゃんと撃つようなことはしていない。そのため、この銃の性能がよく分からないのだ。量産する予定なんてないが、一応知っておきたい。
「もちろん!」
アーヴィンはマジックバッグから的を取り出し、10mほど離れた木に設置した。木の板に円を書いただけの簡単な的だが、使い捨てなんだからこんなもんだろう。
狙いを定めて引き金を引く。
『パァン!』
と乾いた音が鳴り響き、鉄の弾丸が木の幹を抉る。弾丸はそのまま直進し、奥にある大きな木の幹に当たって消滅した。魔法で作り出した弾丸なので、ごく短時間で消えてしまうのだ。
連射性能を上げるにあたり、犠牲にしたのは弾丸の持続時間だ。長時間弾丸を維持するだけでも莫大な魔力を消費するので、持続時間を半分以下にして消費魔力を軽減した。弾丸がすぐに消えてしまうため、発射速度を上げることで長距離射撃に対応している。
さらに数発の弾丸を飛ばす。どの弾丸も的の隅を抉り、奥の木に当たって消滅した。
「意外と下手くそだね」
的を外した俺に、アーヴィンがニヤニヤとしながら言う。
「うるさいな。銃を構えるなんて、経験がないんだよ。弾丸を直接飛ばしていいなら、ど真ん中に当てられるぞ」
「僕にはそっちの方が難しいと思うんだけどなあ……」
「とにかく、性能は理解できた。やっぱり俺には向いてないな」
リボルバーの威力はアンチマテリアルライフルの10分の1くらいだ。消費魔力はもっと少ない。俺ならマシンガン並の連射をしても、一日中撃ち続けられるだろう。でも、当たらないなら意味がない。アーヴィン専用の武器だな。
「待って。僕には強すぎるみたいなんだ。もう少し威力を弱められないかな……?」
これでも強いというのか。まあ、これでも改造前よりはだいぶ威力が上がっている。
初速を落とせば威力は落ちるんだけど、それだと的に到達する前に弾丸が消滅してしまうんだよなあ。調整が難しいぞ……。
「できなくはないけど、射程が短くなるぞ?」
「それでもいいよ。できれば、手元で調整できたら嬉しいかな」
なるほど。手元で調整できるなら、今よりも使い勝手が良くなるな。的までの距離に合わせて、初速を調整できるようにすればいい。ダイヤル的な部品を追加すればいいだろう。
「それくらいならすぐにできるな。帰ったらリーズに頼もうか」
リボルバーをアーヴィンに返すと、アーヴィンはそれを受け取って射撃練習を始めた。全弾が的のど真ん中に命中している。的の中心に小さな穴が空き、全ての弾丸がその穴に吸い込まれていく。
俺もそれなりに練習してきたつもりだが、アンチマテリアルライフルを使ってもそれだけの命中精度は出ないぞ……。
感心しながらアーヴィンを眺めていると、ダイキチが戻ってきた。ダイキチはそのままアーヴィンの横にちょこんと座り、アーヴィンが持つリボルバーに興味を寄せている。
「気になるのか?」
ダイキチは無言で頷いた。
「アーヴィン、ちょっと撃ってみてくれ」
「え? うん……」
アーヴィンがリボルバーの弾丸を発射する。ダイキチはその姿を興味深げに眺めると、そのままアーヴィンの前に出た。
「危ないっ!」
俺が慌てて叫ぶと、アーヴィンは銃口を空に向けた。しかし、ダイキチは手首を返して挑発するような態度を取る。
「……どういうこと?」
「撃てってことなのかな……」
ダイキチは口角を上げて小さく頷いた。肯定らしい。いやいや、リボルバーはそれほど強くないが、それでも危険なものは危険だ。
鉄の弾丸なのが良くないわけだから、水の弾丸を発射するように調整するか……。それなら殺傷力はゼロだ。ただの水鉄砲だから。
「今は危ないからダメだ。もっと安全なリボルバーを作るから、それまで我慢してくれ」
「ガウッ!」
ダイキチは小さな雄叫びを上げて首を横に振った。強い否定だ。どうしても今受けてみたいらしい。何がそんなに気になったんだろう……。
「ダメなものはダメだ。見ての通り、かなり危ないんだよ」
俺がそう言うと、ダイキチはがっくりと項垂れた。威力は控えめと言っても、武器は武器だからなあ。ペットに向けて撃つものではないよ。
「ダイキチも戻ってきたことだし、そろそろ帰ろうか」
ふてくされたダイキチを連れて、宮殿に帰る。散歩は終わりだ。ダイキチは、疲れたのか拗ねているのか、すぐに眠ってしまった。
宮殿の中に入ると、リーズのもとに行ってリボルバーの改造を依頼した。今回の改善では、威力を大幅に落とせるようにする。簡単な作業だから、すぐに終わるだろう。
次の日。アーヴィンは改良済みのリボルバーをリーズから受け取り、意気揚々と立ち上がった。撃ちたくて仕方がない様子だ。
「待て。俺もまだ試し打ちしていないんだ。俺も行くよ」
「あ……はぁい……」
アーヴィンは、突然引き止められてそわそわしている。とにかく今すぐに撃ちに行きたいのだろう。待たせるのも悪いから、俺もすぐに立ち上がった。
試し撃ちの場所は、宮殿の裏だ。誰も来ない場所なので、危険な実験にはちょうどいい。と思っていたのだが……。
アーヴィンは的を設置してリボルバーを構える。引き金を引くと同時に、ダイキチが突然飛び出して弾丸の軌道上に立ち塞がった。
「危ないっ!」
とっさに叫んだが、もう遅い。ダイキチは発射された弾丸に向かって、真っ直ぐに突っ走っていく。
ダイキチに直撃するというその瞬間、ダイキチは左手の甲で弾丸を受け止めて弾き飛ばした。そして、不敵な笑みを浮かべてこちらを見る。
ドヤァ……という声が聞こえてきそうだ。
「え……? 無傷?」
アーヴィンが面食らったような表情を浮かべて言う。
「みたいだな……。威力を落としすぎたかな?」
怪我がなくて良かったとも思うのだが、リボルバーは武器だ。意図的に威力を落としているとは言え、まったくの無傷だったことを嘆くべきだろう。
「威力は十分だと思ったんだけど……」
「いや、ダイキチにはまったく効いていないんだ。もっと強い弾丸に慣れておかないと、いざという時に困るぞ?」
ダイキチのサイズは、オーガよりも二回りほど小さい。それでも効かなかったのだから、オーガクラスの敵にほとんど効かないかもしれない。
もともと護身用のつもりで作った武器ではあるが、身を守るだけの威力すらないのは本末転倒だ。まるで子どものオモチャじゃないか。
「そうかもね……」
そうこうしている間にも、ダイキチは次の一発を待ち構えている。
「……もっと撃てってさ。どうせ効かないんだから、何発か撃ってみろ」
普通に考えたらとんでもなく危険な行為だが、ダイキチにとってはボール遊びと変わらないのだろう。ちょっとしたじゃれ合いだ。
「いいのかな……」
「本人がそれを望んでいるんだから、やるしかないだろ」
アーヴィンは、戸惑いながらもリボルバーを構えて引き金を引いた。
『パァン!』
乾いた音が鳴った瞬間、ダイキチは身を翻して弾丸を避けた。大きな図体だが、物凄く俊敏な動きだ。アーヴィンが何発撃っても、ダイキチは涼しい顔で避けながら接近してくる。
「うわぁっ!」
アーヴィンはムキになって何発も撃つが、ダイキチはスルリと避けながらどんどん前進する。やがて、ダイキチの腕がアーヴィンに届いた。ダイキチの爪の先がアーヴィンを捉え、アーヴィンは大きく跳ね飛ばされた。
アーヴィンは、宙を舞ってドサリと転がる。怪我はないようだが、酷く落ち込んだ顔をして蹲ったまま、立ち上がろうとしない。
「アーヴィンの負けだな。後ろに飛び退くなり、左右に移動するなり、避ける方法はあっただろ」
ゆっくりと近付いて声を掛けた。ダイキチも俺の横に並び、腕を組んでうんうんと頷いている。妙に人間臭い熊だな……。
「そんなことを言われたって、こっちに向かってくるなんて考えられないじゃんか!」
「相手がダイキチだから良かったけど、実戦だったら死んでたぞ?」
アーヴィンの射撃の腕は確かだが、それが活かせないのであれば宝の持ち腐れだ。
「だって……」
「だってじゃない。避けられることは今後も考えられる。ちゃんと対策を考えておけよ」
とは言ったものの、これは俺にも当てはまることだ。俺のアンチマテリアルライフルも同じように避けられるかもしれない。
威力が違いすぎるから、俺の弾丸を避けるやつはそう簡単に現れないとは思う。しかし、目の前でその可能性を見せつけられたんだ。今のうちに対策しておかなければ拙い。
「分かったよ……。頑張る……」
しおらしく頷くアーヴィンの肩に、ダイキチが大きな手をそっと添えた。ダイキチなりの励ましなのだろう。やっぱり人間臭いなあ……。なんとも不思議な熊だ。