軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

冒険者、営業中2

リッキーとケイトへの指導を引き受けたため、今日からしばらくはエルミンスールに帰れなくなった。彼らへの指導が終わるまでだ。目標は半月以内。無理な目標ではないはずだ。

それまでの間は王都の宿で過ごす。俺たちはいつもの宿屋に泊まるが、こいつらはどうするつもりだろう。

「なあ、お前らは宿は取ったのか?」

「いえ、まだです。適当に安宿を探そうと思っています。コーさんたちはどうされるんですか?」

安宿か……。この世界の一般的な安宿は、大部屋に10人分くらいのベッドが置かれただけの簡素なものだ。その部屋を他の客と一緒に使う。ただ、治安と清潔感は日本の比ではない。めちゃくちゃ悪いし汚い。

確かに、安宿に慣れておくといろいろ便利だ。泥棒対策の訓練になるし、汚い環境でも平気で寝られるようになる。しかし、個室の宿がどんなものかは知っておいた方がいいだろう。

「俺たちは前から世話になっている宿に行くけど……お前らも来る?」

「あの……いくらです?」

ケイトが不安げに言う。

「……いくらだっけ?」

久しく泊まっていないから、値段なんて忘れた。すっごく安いというイメージしか無い。ルナなら覚えていると思ったので、振り返って聞いてみた。

「食事別で、1部屋大銀貨1枚ですよ」

うん。安い。食事付きで1カ月泊まり続けても、金貨4枚くらいだ。真面目に冒険者をしていれば余裕で払える。……と思ったら、ケイトが深刻な顔で呟いた。

「え……高いです」

「ん? 高い?」

「そうですね……安宿でしたら、銀貨2枚くらいで泊まれますから」

「もっと安い宿もあります。探せば銀貨1枚の宿もありますよ」

ルナの補足に、リッキーが慌てて口を挟んだ。銀貨1枚って安すぎない?

なるほど。安宿を基準にするとかなり高いな。約10倍じゃないか。俺はセキュリティと清潔感を重視して選んでいるから、他所よりも高いのは仕方がない。

「そんな宿に泊まるくらいなら、近場でテントを張った方が安眠できるぞ」

「え? そんな危険なことはできませんよ」

「いやいや、安宿だって十分危険だぞ。王都は警備が厳しいけど、街によっては危ない。荷物や金を盗まれるかもしれないし、変なやつに絡まれるかもしれない。それに、安すぎる宿は汚いだろ」

俺はこの世界の安宿を全く信用していないので、利用したことは無い。

ちらっと見たことはあるのだが、なかなか酷いものだった。壁がなくて屋根だけ、みたいなところもある。宿というより、バス停の待合所みたいなところだった。安心して寝られるような環境じゃないよ。それならキャンプをした方が快適だ。

「でも……1日の稼ぎが宿代で無くなってしまいます」

あれ……? 冒険者の稼ぎって、そんなに少なかったっけ? もっと稼げるイメージだったけど。キャリアが短すぎるのかな。ついこの間までランクなしだったんだから、冒険者になってからまだ1カ月くらいのはずだ。

装備を揃えたりしていたら金なんて一瞬で失くなる。金が無いだろうから、少しくらいは奢ってやるか。

「今日は俺たちが出してやる。個室の宿屋を経験して、安宿と比較してみろ」

「え? いいんですか?」

「ああ。一度泊まってみて、安宿の方がいいと思うなら安宿に行けばいいよ」

全ての安宿が汚くて危ないなんてことは無い。街による。王都は比較的きれいで安全だが、治安が良くない街の安宿は酷い。

泥棒が出るのは当たり前で、ベッドもいつ洗濯したのか分からないようなシーツが掛けられている。警戒するのは慣れているが、他人の汗をふんだんに吸い込んだシーツの上では寝たくない。気持ちの問題だ。

逆に、それさえ気にならなければ安宿でも問題ないんだけどね。どちらを選ぶかは個人の自由だ。10倍違うって、相当だからなあ。

冒険者ギルドから少し歩き、いつもの宿屋『風鈴亭』に到着した。

「ああっ! いらっしゃいませ! お久しぶりですっ」

看板娘のマイラが、元気よく迎えてくれた。

「ああ、久しぶり。元気だったか?」

「はいっ! コーさんたちも、お元気そうで。今日はお泊まりですか?」

「またしばらく厄介になるよ。いつもの部屋と、今日は追加でもう一部屋頼む」

「あれ? メンバーを増やしたんですか?」

マイラは俺の後ろに控えている2人を見つけ、不思議そうにしている。いかにも駆け出し冒険者のような出で立ちをした2人が、むしろ不自然に思えたようだ。俺たちは全員、冒険者とは思えないような格好をしているからなあ。

「いや、指導中なんだよ。支払いはこっちにつけておいてくれ」

俺がそう返すと、ケイトが心配そうに言う。

「あの……本当に宿代を出していただけるんですか……? ずいぶん高そうな宿なんですけど……」

「とりあえず今日だけな。お前らの頑張り次第で、明日からも出してやるよ」

「ありがとうございます」

リッキーとケイトは、申し訳なさそうに深々と頭を下げた。

普通の冒険者は、たとえ指導中でもこんなことはしない。むしろ指導される側が金を出すこともあるくらいだ。なぜ俺が払うかと言うと、目の前にアメをぶら下げたほうが頑張ると思ったから。

さっさとEクラスに上がってほしいので、余計なことを考えずに頑張ってくれ。

「というわけだ。部屋の手配を頼む」

「はいっ。いつもの部屋なら空けています! すぐに入っても大丈夫ですよっ」

あれ? 部屋の準備があるんじゃないのかな……。まあいいか。追加の一部屋は準備が必要とのことで、リッキーとケイトをホールに残したまま、俺たちは先に部屋に向かう。

作戦会議は後回し。2人は王都に到着したばかりなので、今日会議をしても集中できないと思う。

「じゃ、今日は疲れているだろうからゆっくり休んでくれ。明日、朝の鐘が鳴る前に俺の部屋に集合だ」

「わかりました。では、また明日の朝……」

軽く挨拶を交わして宿の奥に進む。

いつものようにクレアたちとも別れ、ルナと並んで以前使っていた部屋の前に立った。

すると、扉に見慣れないネームプレートが掛かっていた。そこには『最後の使徒コー様専用』と書かれている……マジ?

「何だ、これ……」

「専用と書かれていますね。どういう意味でしょうか……」

ルナも怪訝な表情を浮かべて呟いた。

扉の横に、もう一つ見慣れない張り紙がある。それを読んでみると、『見物料銀貨1枚』と書かれていた。商売にしているよ……。客室として使うよりも、この方が儲かると判断したんだな。

俺たちが滞在しているうちに見物客が来たら困るので、張り紙を剥がして中に入る。

中の様子は最後に利用した時のままになっていた。俺がこの部屋を使う時、テーブルやソファを移動して使いやすいようにカスタムしている。以前は退室した時に元通りにされていたのだが、今は俺がいじったままだ。

地味に助かる。家具を移動させるのって、結構手間なんだよなあ。

「張り紙には驚いたけど、意外と便利だな」

「ふふふ。そうですね。これなら、私物を置いていっても問題無さそうです」

ルナが笑いながら言う。確かに、これなら私物を置いておいてもそのままにしてくれるだろう。ちょっとした魔道具や調度品は、自前の物をセットしてしまおうかな。

部屋の隅に 氷室(クーラーボックス) の魔道具を設置して、水が湧いてくるストローとケトルを置いて、オイルストーブと燃料を……。

「あの……何をしているんです?」

「もっと使いやすいようにカスタムしているんだ。全部このまま置いていこう」

「え……? 冗談のつもりだったんですけど……」

ルナが困ったような表情をしている。なんだ、冗談だったのか。名案だと思ったのに。でも、俺は本気だ。

「いやいや、本当に置いていくよ。私物が何もない部屋を見せられても、見物客が納得しないだろう」

「まあ、そうでしょうけど……」

ルナは苦笑いを浮かべて言った。

本当の理由は次に来た時に便利だからなんだけどね。勝手に見物料を取っているんだ。私物を管理するくらいのことはやってもらいたい。

次の日の朝を迎え、かなり早い時間に俺たちの部屋で2人と合流した。指導方針について話し合うためだ。

「おはようございます……」

リッキーが辛うじて声を出した。続けてケイトも入ってきたのだが、疲れがとれたようには見えない。なんだったら、昨日よりも疲れているみたいだ。

部屋に入るなり、辺りをキョロキョロと見回して、落ち着かない様子だ。2人とも挙動不審。何かあったのだろうか。

「おはよう。どうした?」

「……こんな高級な宿に泊まって、本当に良かったんですか?」

リッキーが恐る恐る言う。

高級と言えば、貴族の人たちが使うような宿だろ。無駄に豪華で内装がやかましくて、イマイチ落ち着かない。ここはそんな宿じゃない。もっとチープでシンプルな宿だ。

「高級って……ここは普通の宿だぞ? 冒険者たちがよく利用している」

「高ランクの人ばかりじゃないですか。緊張してよく寝られませんでした……」

なるほど。身の丈に合っていないと言いたいのか。そんな緊張するような人間は居ないと思うのだが……。

「そうか? 普通の冒険者しか居ないと思うぞ」

「アンタの普通は基準がオカシイのよ。こんな宿に常泊してる冒険者なんて、ほとんどCランク以上だからね? アタシだって、お金を気にせず泊まれるようになったのは最近なんだから」

「そうなの? 慣れているようだったから、てっきり昔から泊まっているものだと思っていたよ」

クレアが呆れた顔をしている。パンを基準にすると少し高い気がするけど、それでも安いと思うんだけどなあ。

だいたい、俺は初日から泊まって……いないな。初日は連れ込み宿だったわ。まあ、俺はランクなしの時からずっとここに泊まっているが、宿代が負担になったことは無いぞ。

「ごめんなさい。私もこれが普通だと思っていました……」

ルナが申し訳なさそうに言うと、つられてリリィさんも頷いた。

「うむ。出張で出掛けた時も、大抵これくらいの宿に泊まっていた。安宿なんて利用したことが無いぞ」

さすがは元宮廷魔道士の高給取りコンビだ。金は持っているだろうな。しかも、リリィさんに至っては、たぶん経費から支払われている。仕事の出張だからな。安宿を選ぶ理由がない。

「あたしもー。あたしも普通だと思ってた。宿はこういうところしか知らないから。ねぇ、安宿だってお金が掛かるんだよ?」

元貧乏少女のリーズが寂しそうに言う。安宿に泊まる金すら無かったの? なんと言うか……ドンマイ。

「なあ、聞きたいんだけど。普通の新人冒険者って、いくらくらい稼ぐものなんだ?」

「アタシの駆け出し時代だと、 一月(ひとつき) 金貨5枚あればいい方だったね。これでも恵まれてるのよ? 叔父さんが居たから」

少なっ! 1日の間違いじゃないの? いや、でも……依頼報酬だけで計算するとそうなるか。俺たちの稼ぎの大部分は、討伐した魔物の素材だ。単純な報酬だけだとかなり少ない。

他の冒険者だって、正式な依頼以外の稼ぎでやりくりしている人が多い。依頼票にない薬草を採取したり、交易をしたりしている。

「なるほど……。それなら、効率よく稼ぐ方法を教える方がいいのかな」

「そうね。薬草の知識があると強いわよ。依頼だけで食べていけるから」

「クレアの得意分野だもんな。覚えておいて損は無い。薬草採取を重点的にこなしていこうか。お前らはどう思う?」

2人にそう問いかけると、力強く頷いた。

「山育ちなんで、草には慣れています。教えていただけると嬉しいです」

「私も……知りたいです」

とりあえず方針は決まったな。薬草は大きく稼ぐことが難しいが、その分安定して稼げる。少人数パーティにも向いているから、この2人にはちょうどいいだろう。

薬草採取の依頼を受諾するために、まずは冒険者ギルドに行こうかな。