作品タイトル不明
冒険者、営業中1
先日久しぶりに防具屋に行ってコートの修理を依頼したんだけど、思いっきり断られた。ダメージが大きすぎたらしい。この恨み、どこにぶつけたらいいんだろう。
勝手にお金をつかうことも気が引けたので、新しいコートは買わなかった。もうしばらく金ボアコートで頑張る。
久しぶりに行った王都は、かなり寒くなっていた。今が冬のど真ん中といった様子だ。今は金ボアコートでも違和感がないのだが、もう半年したらかなり不自然になると思う。
真夏のクソ暑い日に毛皮のコート。絶対に変な人じゃないか。俺なら近付きたくない。それまでには薄手のコートを買っておきたいな。
朝食の後、いつものようにのんびり過ごしていると、リリィさんが突然俺に問いかけた。
「コーくん。ふと思い出したのだが、税金を払っていないんじゃないか?」
「ん? そういえば、そんなことがあったな。俺たちはアレンシアに住んでいないけど、払った方がいいのかな?」
税金の支払いは1月だが、今日が何月何日なのか分からない。エルミンスールにはカレンダーが無いし、季節感もないのだ。
完全に忘れていた。ずいぶん前に「もうすぐ税金の支払いがあるなぁ」とぼんやり考えていた覚えがある。絶対に期限を過ぎているな。
「アレンシアの身分証を持っているだろう。後々面倒だから、払っておいた方がいいぞ」
うーん……面倒だな。こんなことなら、前回アレンシアに行った時に払っておくべきだった。
「いくらだっけ?」
「身分によって違うぞ。我々はAランク冒険者だから、ひと月金貨3枚。1人あたり36枚だな」
うわ、高っ! それが5人だから、全部で180枚かよ。めちゃくちゃ高いな。まあ、余裕で払えるけどさ。
「面倒だけど、払いに行こうか。行きたい人居る?」
「あ、行きたいですっ!」
ルナが真っ先に立候補すると、クレアがすっと手を挙げた。
「ねぇ、全員で行った方がいいんじゃない? 身分証が要るし」
確かにそうだ。本人じゃなくても受け付けてくれそうだが、トラブルのもとになるかもしれない。全員で行こう。
「僕は行かなくてもいいよね?」
「ああ。アーヴィンが行くと話がややこしくなる。今日は留守番だ」
アーヴィンはミルジアからの密入国者なので、庁舎に連れていくわけにはいかない。確実に怪しまれるだろう。
王都に転移し、庁舎の中に入った。税金関係の受付は、庁舎の一等地に陣取っている。見つけるのは簡単だ。
案の定支払い期限をぶっちぎっていたわけだが、小言を言われながらも滞りなく税金の支払いを終えた。外出していることが多い冒険者は、支払いが遅れることはよくあるそうだ。それを踏まえて高い税率が設定されているという。
実は報酬からも税金が抜かれているみたいなんだよね。だったら全額報酬から抜いてくれよ。余計な手間が増えるから。
「じゃあ、久しぶりに冒険者ギルドに行こうか」
「そうですね。ずいぶん行っていませんでしたもんね」
ビルバオの冒険者ギルドには行ったが、ホームと言うべき王都の冒険者ギルドはずいぶんご無沙汰している。
冒険者ギルドの扉を開けると、エリシアさんが満面の笑みで迎えてくれた。
「ああっ! お久しぶりですっ! 長い間顔を見せませんでしたが、お元気だったんですね」
「ああ。悪目立ちしそうだったから、控えていたんだ」
「例の声、聞きましたよ。ふふふ。素晴らしい宣言でした。私もお手伝いさせていただきます」
これだよ、これ。絶対にあの時の放送について言われると思ったから、あまり来たくなかったんだ。王都では顔が割れすぎているから、変に目立ってしまうんだよ。
「……それについてはあまり触れないでくれ。熱心に活動する気は無いんだ」
目立ちすぎると、面倒事を押し付けられる予感がする。しばらくは目立たないようにしておきたい。
「そうなんですか……。でも、冒険者は続けるんですよね?」
「もちろんだ。気楽だからな」
冒険者の身分を剥奪されたとしても、困ることは何もない。しかし、冒険者の身分はとても楽だ。狩った魔物の素材はいつでも売れるし、他の街にも自由に行き来できる。冒険者の身分証がないと、ひと手間増えるんだ。
「では、指導係についても考えておいてください。期限はまだまだ先ですが、いずれ必要になります」
「Cランク以上の冒険者は新人の指導をするんだよな? それは絶対に必要なことなのか?」
高ランク冒険者には、新人を育成する規則がある。絶対に必要だということは知っているが、何か抜け道があるかもしれない。
「……はい。クレアさんは既に達成していますが、他の皆様は必要です。ただ、皆様はまだ新人の扱いなので、今年いっぱい掛けても大丈夫ですよ」
なんでも、新規登録から約1年間は新人として扱われるそうだ。ランクがどれだけ高くても、新人は新人だ。
本来は、昇格後1年以内に1人の冒険者を指導するルールが定められている。新人の場合、新人期間が終わってから1年が計測される。普通よりも少しだけ長い。
ひよっこがひよっこを指導しても、碌なことにならないからな。指導される方も新人からでは嫌だろう。
「なあ、全員が1人ずつ指導しないとダメなのか?」
これ、かなり重要。新人を4人も探すのは、さすがにしんどい。というか面倒。
「パーティで1人、でもいいですよ。この制度なんですけど、指導に向いている人を探すためのものでもあるんです。一度経験してしまえば、向いている人なら1人で何人も指導してくれますからね」
この規則、基本的に例外は存在しないみたいだ。まあ、パーティで1人捕まえれば済むのだから、まだ優しいと言えるかな。
新人の育成には向き不向きがある。教えるのが上手いか下手かという問題もあるが、単純に好きか嫌いかも重要だ。自分が向いているかどうかは、やってみなければ分からない。そのため、無理やりでも経験させる制度が定められているらしい。
パーティの中に1人でも向いている人が居ればいい、ということなのだろう。
どうやら レイモンド(髭のおっさん) みたいな世話好きを探しているようだ。銅貨1枚にもならない仕事だと思うのだが、好きな人は好きなんだな。
「了解。指導する相手はのんびり探すよ。いろいろありがとう」
そう言ってカウンターから離れ、久しぶりに依頼票を覗いてみる。
代わり映えのしない依頼票が並んでいた。薬草採取、屋根や壁の修理、雑用……面白そうな依頼は無いな。
冒険者ギルドを出ようとしたら、背後から声を掛けられた。振り向くと、小太りで無精髭を生やした大男が立っていた。
「ようっ! 久しぶりじゃねえか。しばらく見ねえうちに、ずいぶん派手な格好になっているな」
「……誰?」
「レイモンドだっ! クレア……。お前も何か言ってくれよ……」
「誰?」
「嘘だろ……?」
レイモンドが信じられないものを見るかのような目をしている。
「冗談よ、叔父さん。久しぶり」
「おいおい、勘弁してくれよ……」
クレアが笑顔を見せると、レイモンドは苦笑いで返した。
冗談はさておき、ずいぶん久しぶりだ。レイモンドたちはあちこちを転々としているので、あまり会うことがない。
「本当に久しぶりだな。元気だったか?」
聞くまでもなく元気そうなのだが、定型文の挨拶だ。
「おう。俺たちはしばらく王都を離れていたからなぁ。お前、相変わらず活躍しているみてえじゃねえか」
「それほどでもないよ。俺たちもここに来るのは久しぶりなんだ。冒険者としての活動なんて、最近はほとんどしていないよ」
先日久々にゴブリンの駆除をしたくらいか。薬草採取は自分たちの分だけだし、魔物だって食料にする分しか狩っていない。Aランクは名ばかりだ。
冒険者ランクは、一度ランクを上げてしまえばそう簡単に下がることはない。パーティを解散した時と、あまりにも依頼を受けなかった時に再審査される。
この『あまりにも』というのはギルドのさじ加減で決まるらしい。冒険者以外で活躍していれば、かなり長めに設定されるそうだ。俺の名前は無駄に有名になったので、それなりの猶予が認められているはずだ。
「謙遜してんじゃねぇよ。いつの間にか俺よりも高ランクになりやがって。クレアだってそうだぜ、全く。兄貴に似たのかなぁ……」
兄貴……? あ、クレアの父親のことか。既に故人だが、レイモンドの兄らしいからな。
「アタシはそんなんじゃないわ。ほとんどコーのおかげだから」
それこそ謙遜だろう。俺は何もしていない。強いて言うなら、身体強化を教えたくらいだ。
レイモンドと話をしていると、レイモンドの背後から妙な気配が感じられた。
「あっ! コーさん!」
突然名前を呼ばれる。その先には、安っぽい革鎧を着た少年が居た。少年は、キラキラと輝くような笑顔を向けて、こちらに駆け寄ってくる。暑苦しい……。
「ビルバオの新人じゃないか」
新人冒険者の兄妹だ。リッキーとケイトだったかな。リッキーの後から、ケイトが小走りでやってきた。
「んん? なんだ、知っているのか?」
レイモンドが訝しげな表情で言う。
「ああ。ビルバオに行った時に知り合った」
「あの時はありがとうございました。本当に助かりました」
ケイトが深々と頭を下げると、つられてリッキーも頭を下げた。
「それより、何でレイモンドと一緒に居るんだ?」
「街道で死にかけていたところを拾ったんだよ。王都に向かっていると言うから、ついでに連れてきた」
レイモンド、本当に世話好きだな。外出するたびに誰かを拾っているんじゃないか?
前に会った時だって、森の中で死にかけの冒険者を拾っていたよな……。こいつのパーティメンバーは苦労しそうだ。
「なるほどね。お前ら、何で王都に来たんだ?」
兄妹に向き直って聞く。
「何でって……コーさんたちに恩返しをするためですよ。ここが拠点だって言ったじゃないですか」
リッキーが戸惑いながら答えた。死にかけてまで来るようなことじゃないだろ。
「そうだったのか。俺は別に恩返しなんて望んでいないけどな」
「くくく。そう言わず、受け取ってやれよ。こいつらはそれで気が済むんだ」
レイモンドが笑いながら口を挟む。
「……そうか? まあ、別にいいけどさ」
俺がそう答えると、レイモンドは何かを閃いたように手を叩いた。
「そうだ! お前ら、もう指導係をやったのか? もしまだなら、こいつらを指導してやるといい」
「お願いしますっ!」
リッキーが元気に叫ぶ。妹のケイトは、その横で心配そうな表情を浮かべてオロオロしている。
指導係……。もっと先の話だと思っていた。そもそも、俺はまだ新人だぞ。ルナとリーズも新人で、リリィさんも新人みたいなものだ。まともな経験者はクレアしか居ないじゃないか。そんな俺たちが指導していいのか?
「みんなはどう思う?」
「あまり自信がありませんけど……」
「いいんじゃない? どうせ、いつかはやらなきゃならないんだから」
心配そうなルナを尻目に、クレアが軽く答えた。すると、リリィさんがやる気に満ちた表情で頷く。賛成らしい。
リーズは……キョトンとしているな。理解したのかしていないのか……。まあ、無視でいいか。嫌なら嫌と言うはずだ。
俺はやってもいいと思う。いずれやらなければならないというのは本当だし、また都合良く新人が現れるという保証もない。多少の不安は残るが、いざとなったら経験者のクレアに頼る。
それに、筆記試験で冒険者のルールは叩き込まれたんだ。その知識があれば、どうにかなるだろう。
あとはルナだな。
「ルナはどう思う? 自信がないならやめておくか?」
「いえっ! やりますっ!」
力強く答えた。別に嫌というわけではなかったようだ。
「というわけだ。お前らの指導係を引き受けるよ。よろしく」
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
「お願いします……」
リッキーが大きすぎる声で返事をすると、ケイトの蚊の鳴くような小さい声が聞こえてきた。足して2で割ればちょうどいいのに……。
「くくく。じゃあなっ! 頑張れよ!」
レイモンドは威勢良く兄妹の背中を叩くと、笑いながら去っていった。
税金を支払ったらすぐに帰るつもりだったのだが、長期滞在することになってしまった。指導係は最長で60日だったかな……。それだとあまりにも長過ぎる。数日のうちにサクッとEランクに押し上げて、さっさと終わらせよう。