作品タイトル不明
失敗
日の出の前に目を覚まし、早めの朝食を済ませた。いつもの服に着替えたら、出発の準備は完了だ。
「使徒の2人はここに連れてくる事になると思う。そのつもりで準備しておいてくれ」
「了解。でも、使徒は教会関係者よね? 連れてきてもいいの?」
クレアが複雑な顔で言う。
「連れ出した時点で、教会は敵になるよ。そもそも、一条さんが俺に連絡を入れた時点で敵対したと同じだ。問題無い」
「そっか……それもそうね。じゃ、準備しておくわ」
使徒が脱走するということは、教会の動きを妨害する行為に他ならない。確実に敵対することになるだろう。俺が攫ったということにすれば丸く収まるが、教会側に居る限り、神送りのリスクが付きまとう。
使徒の2人にとって、教会に肩入れすることは何のメリットも無いんだ。早めに敵対させてやった方がいいだろう。
「無事に帰ってきてくださいね。あと、できれば使徒召喚は止めてほしいです……」
ルナは心配そうに言う。
「ああ、今回の件は私情を多分に含んでいる。意地でも止めるぞ」
俺の私情その1、ルナとリリィさんの意志だから。宮廷魔道士を辞める原因になったからな。
俺の私情その2、日本人が勝手に拉致られている現状を止めたい。放置すればガンガン拉致られるからな。日本の都合はお構い無しだ。かなりムカつく。
俺の私情その3、単純に神が気に入らない。これが一番大きかったりする。どういう理由があってのことか知らないが、なぜ神の都合に踊らされないといけないのか。どんな理由があったとしても、相当ムカつく。
以上の理由により、今回の召喚は絶対に止める。
ただ、少し好都合な面もあるんだよな。今はミルズの居場所が判明していない。この使徒召喚のタイミングで、どこかに現れる可能性が高いと思っているんだ。
ハインツ1回目の討伐の時に感じたのだが、依代に入っていない神を探すのは無理だ。精神体の性質上、単純な気配察知では捕捉できない。捕捉するためには本体を雪隠結界の中に入れる必要がある。これがとても難しい。
依代に入った状態のミルズを発見し、雪隠結界に閉じ込めてから戦闘を開始する。これがミルズ討伐の条件だ。普段なら不可能なレベルで難しい。だが、使徒召喚が行われるなら、近くに姿を現してもおかしくない。ミルズ発見の絶好のチャンスになる。
使徒召喚は止めるが、ミルズの捜索も同時進行するつもりだ。
「じゃあ、行ってくるよ」
そう言って、王城の訓練場に転移した。まず向かう先は魔導院だ。
今日は急用なので、ノックや挨拶を省く。扉を開け、ズカズカと中に入った。
「主任は居るか?」
「……何だ、コーか。ルナちゃんはどうした?」
魔導院の奥から、疲れた顔の主任が出てきた。朝早いからなのか、今日は主任しか居ない。
「今日は1人だ。悪いけど、主任の冗談に付き合っている暇は無いぞ。急ぎで聞きたいことがある」
「私も今日は忙しい。無駄話をしている暇は無いのだ」
しばらく睨み合いが続く。こんなことをしている暇は無いんだけどなあ……。
「使徒召喚についてだ。あんたにとっても他人事じゃないだろ?」
「な……どうしてそのことを……」
主任が警戒の色を見せた。普段は下手な冗談ばかり言う軽い人なのだが、今日は剣呑な雰囲気を纏っている。
ルナを連れてくるべきだったかなあ。
「ある人から近々次の召喚があると聞いたんだが、そのことについて詳しく聞きたい」
「機密情報だ。答えられない」
主任は頑なに拒む。その様子は、少し気が立っているようでもある。
俺は部外者だから、本来ここに来ることも良いことではない。使徒召喚は国家機密に当たるだろうから、気軽に話せる内容ではないか。だが、ここで言い合いをしている時間がもったいない。
便利な身分を使おう。気は進まないが、こういう時のための身分だ。
「問答は要らない。騎士相当の身分として聞いている。答えろ」
「ずいぶんと偉そうな言い方だな。宮廷魔道士に権力が効くと思ったか?」
ああ、そうだったな。宮廷魔道士は、身分なんて気にしない反骨精神の塊みたいな人達だ。でも、今日は俺も本気なんだよなあ。仕方がないので、両手の平の上に火球を出して脅す。
「時間が無いんだよ。今回の召喚は、力尽くでも止めたいんだ。教会と王城を消す覚悟はできている」
「……止めたい? 教会を敵に回してもか?」
「既に敵に回っているよ。あんたが教会の肩を持つなら、あんたも敵に回るが……どうだ?」
「本気で止めたいんだな……。まぁ座れ。
とりあえず、その火を消してくれるか? 別にビビったわけじゃないぞ? 危ないから。な、とりあえず消せ」
主任は表情を崩して言う。いつもの主任だな。
魔法で出した火を消し、椅子に座った。
「まず、使徒召喚が決定した経緯が知りたい。なんでこんなことになったんだ?」
少しの間、沈黙の時間が流れると、主任は神妙な面持ちで居住まいを正した。
「まずはコーに謝らなければならない。コーたちを召喚した術式は、失敗だったのだ。巻き込んで済まなかった」
主任はテーブルに手をついて、深々と頭を下げる。
失敗したことは知っているけど……。いや、失敗したことを知っているのは、術式の解析をしたルナとリリィさんともう1人の3人だ。もう1人は誰なのか知らないが、もう辞めたと聞いている。その3人の中に、主任は含まれない。
「どうして失敗だと言い切れる?」
主任は深刻な顔で辺りを見回すと、防音の魔道具を入念にチェックして話し始めた。
「言いにくいことなのだが……召喚に使った術式、あれは私が複製したものだ」
「は?」
予想外の返事に、間の抜けた返事を返してしまった。主任は、それを気にすること無く説明を続ける。
「術式は紙に書かれた魔法陣で、一度使ったら燃え尽きる。珍しい術式が消えてしまうのは惜しいと思い、複製したのだ。本物は未使用のまま残っている」
うわあ……失敗の原因、この人かよ。ルナとリリィさんが責任を感じているのに、全く関係無かったじゃないか。
しかしこの主任、無駄に能力高いな。3人掛かりで解析した術式を1人で解析したのか。そのうえ、複製まで作っている。まあ、優秀だからルナたちの上司なんだろうな。
「気持ちは分かるが……どうして本物が手元に残っているんだよ」
「作ったら試したいじゃないか!」
うん、そうだな。宮廷魔道士ならそうする。愚問だった。
新しい物を作ったら、まず実験だ。この行為を責めたらいけない。これを責め始めたら宮廷魔道士がストレスでハゲる。
「変なことを聞いて悪かった。
しかし、そのことは初耳だった。ルナたちは知っているのか?」
「知らないだろう。私しか知らないはずだったのだが、このことが教会に知られた。私が持っていた術式を使い、次の召喚が行われることになったのだ」
本物を使ってもう一度召喚するつもりのようだ。ということは、神託が下りたわけではないのか。おそらく、術式の存在を知った教会が勝手に言い出しただけだ。
指輪を奪われたのは、逃亡を防止するためじゃないな。次の使徒に渡すためだ。
「次にルナとリリィさんに会ったら、2人にも謝っておけよ。失敗の責任を感じているみたいだから」
「……2人はなぜ失敗のことを知っている?」
「もう1人辞めた奴が居るだろ。その3人で解析したらしいぞ」
「なるほど。道理で辞めたがるわけだ。術式の内容を知ってしまったんだな……」
主任も使徒召喚の中身を知っているようだ。それもそうか。解析したんだから、知っていて当然だな。
ルナとリリィさんが魔導院を辞める時、妙にすんなり辞めたな、と思っていた。普通は優秀な技術者が辞めると言ったら、引き止めるものだ。それなのに、2人はあっさりと辞めた。
その理由が明らかになったな。主任も危機感を覚えていたのだろう。だからこそ、辞める時に引き止めなかったんだ。意外と人情味がある人なんだな。
でも、あれ?
内容を知っているなら、使徒召喚を実行しないはずだ。全員でボイコットすればいい。宮廷魔道士全員の意見なら、さすがの王も無視できない。
それでも使徒召喚を実行したということは……。
「もしかして、複製を作った時に危険な部分を書き換えたのか?」
「……そうだ。仲間を殺すわけにはいかない。術者の魔力を吸い出した後、周囲の魔力を取り込んで、術者に還元する効果を付け足した。かなり強力な術式だ。
コーが吸い寄せられたのは、おそらくこの効果が暴走したからだろう」
俺が巻き込まれたのも主任のせいかよ。
「それなら、もう少し早く謝罪が欲しかったな」
「ルナちゃんやリリィと馴れ馴れしくしている様子を見ていてな、そんな気分になれなかった。むしろ感謝してほしいと思っていたぞ」
主任は右側の口角だけを上げ、苦々しく言った。
その点には感謝かもしれないな。ルナたちのおかげで、とても楽しい異世界生活を満喫できている。日本で高校生しているよりも、いや、地球で旅をするよりも貴重な経験をさせてもらっている。それに、ルナたち10人の術者の命を救ったのはこの人だ。
「ははは。確かに感謝だ。おかげで楽しく旅ができているよ」
俺が軽く笑って返すと、主任はまた深刻な表情に戻して話を続けた。
「しかしなぁ、次の召喚は無理だ。急すぎて、複製を作る時間が無かった。危険な術式が書かれた、本物が使われる」
「それだよ。どうしてこんな時期なんだ? 術者が足りないだろ?」
「何故今なのか、何故こんなに急いでいるか、そう聞きたいのだろう?
宮廷魔道士が反対するからだよ。使徒召喚の後、魔導院の雰囲気がかなり悪くなった。突然3人も辞めたからな。この状況を見て素直に賛成出来るような人間は、魔導院には居ないよ」
最悪、暴れ出すそうだ。主任も止めないだろう。
足りない術者は教会から派遣されると言う。宮廷魔道士が戻るまでに間に合わせるため、大急ぎで訓練したらしい。
「話はわかった。とりあえず術式を破壊しようか。俺が責任を持つから、術式が書かれている紙を出してくれ」
「すまない。もう教会に没収された。ここには無いのだ」
一歩遅かったか。
「そうか……わかった。話してくれてありがとう」
「今回の使徒召喚は、なんとしても止めたい。コーに頼むことではないというのは重々承知しているが……できれば止めてほしい。
協力できることがあれば何でも言ってくれ」
「そう言ってくれると助かる。今回はこっちの都合もあるからな。王都を破壊してでも止めるぞ」
「う……程々にな……。やるなら、私の目に付かない所でやってくれ」
主任は苦笑いで返した。
無駄話を続ける時間は無いので、早々に魔導院から出ていく。
まだ情報が足りない。今得られた情報だけでは、使徒召喚は止まらないだろう。やはり王の話を聞く必要があるな。