軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

脱走

オマリィ邸に居座って3日目。ゲストルームはととても清潔で、調度品も豪華。ベッドも程よい柔らかさがあり、快眠に一役買っている。宿屋のランクで言えば、俺達が普段泊まる宿よりも数段上だ。

しかし、思っていた以上に居心地が悪い。家の人たちに会う機会は少ないが、目を合わせる度に明確な不快感をぶつけられる。

冷たい視線を浴びせる、陰でコソコソと何かを言う、食事が不味い、ベッドメイクが適当。数え上げたらキリがない。毒を盛られないだけマシかと思うが、そろそろ限界だな。

全員の態度が悪いわけではない。たぶん半数くらいだ。中にはとても友好的な人も居る。でも俺たちの世話をする係からは外れている。アーヴィンの世話係らしい。こちらから指名するわけにもいかないから、諦めた。

「どうだ、解析は終わりそうか?」

「もう少しかなぁ。でも、もう実物を見なくても大丈夫だよっ」

リーズの見立てでは、数日中に完成するそうだ。もうここに留まる理由は無い。

「部屋は豪華なのにね。ここまで邪険にされると、すぐにでも出ていきたくなるわ」

タダで泊めてもらって文句を言うのもどうかと思って我慢していたが、みんなの心は1つだ。今日明日のうちに出発しよう。

出発に先立って、おっさんオマリィに挨拶をしておこう。

面会を依頼し、応接室で待つ。しばらくすると、おっさんオマリィが部屋に入ってきた。軽く挨拶をして本題に入る。

「解析が終わりそうだ。ここに居る理由が無くなったから、そろそろ出発するぞ」

「ンそれは構わないィ。それでェ解析はどうだァ? 量産できるのかァ?」

できるか出来ないかで言えば、答えはイエスだ。もちろんできる。しかし、良いか悪いかで考えると、慎重にならざるを得ない。戦争の引き金になる可能性を考慮しなければならない。

カメラも軍事転用しようと思えばできる。でも、そこまで致命的なことにはならないだろう。偵察が捗る程度だ。アレンシアでは偵察と破壊工作がワンセットになっているので、おそらく全く意味をなさない。

むしろ、犯罪の証拠固めや災害の被害報告など、平和利用される可能性の方が高い。盗撮とかアホなことを考える奴は出るだろうが、事前に法律を固めれば大丈夫だろう。

「問題無い。ただし、量産はアレンシアに持ち帰ってからだ」

俺達が量産することは考えていない。余計な手間が増えるだけだ。ブロアなど、何度か量産したことがあるが、販売ルートが無い。売りたくても売れないのが現状だ。マリーさんに依頼して、販売まで面倒を見てもらった方が早い。

「フンムゥ……。それならば仕方が無いナァ。年が明けたら買い付けに行くとしよォ」

おっさんオマリィは、ピンと突き出たヒゲをさすりながら言う。今日のヒゲは一段と尖っているな。

「そういえば、リボルバーはアーヴィンに渡したが、受け取ったか?」

「ンまだだァ。調べたいことがあると言ってナァ。しばらく預けることにしたァ。

お主ィ本当に金は要らんのかァ? 言い値で買うと言ったろォ」

おっさんオマリィは、恐縮したように言う。

まだアーヴィンが持っているらしい。完成度が低いから、見せるのが恥ずかしいのかな。さっさと渡せばいいのに。

「金は要らないよ。高い物ではないからな。滞在費だと思ってくれ」

宿に泊まったと思えば安いものだ。むしろ本当に安い。金貨1枚なんて、ミルジアでは1泊で無くなる。

「フムゥゥ……。貴族に貸しを作るとはナァ。お主はなかなか恐ろしィィ……」

おっさんオマリィは、眉間にシワを寄せて弱々しい笑顔を浮かべた。

俺は別に貸しを作ったつもりは無いのだが、勝手に借りだと思っているようだ。まあ、そう思わせておいても損は無いか。

「急に呼んで悪かったな。俺の用は以上だ。アーヴィンも呼んでもらいたいのだが、いいか?」

「フンムゥ。もう呼んであるゥ。しばし待てェ」

おっさんオマリイは、スッと立ち上がって部屋を出た。入れ替わりで、アーヴィンが入室してくる。

「おはようございます……」

少しやつれた様子で、元気が無い。

「元気が無いみたいだが、どうした?」

「 ア(・) レ(・) だよ! 本当に……アレは何なんだよ……。危険すぎるよ」

アーヴィンは、顔を真っ赤にして訴える。子どもの体にも 効果覿面(こうかてきめん) だ。このクレームは、初日の段階で受け付けている。アーヴィンはしどろもどろになりながら、必死で改善を訴えてきた。不可能なので、我慢するように言ってある。

「ちゃんと1人の時に使っているんだよな?」

「いや……お付きのメイドさんに見られた……」

ご愁傷様です、合掌……。アーヴィンは、金髪の中性的な美少年だ。メイドたちはさぞ喜んだだろう。

「まあ、そういうこともあるさ。諦めろ」

「もうこの屋敷から逃げたい……。恥ずかしい……」

アーヴィンは顔を真っ赤にしたまま俯いてしまった。沈黙とともに気まずい空気が漂う。

『ドバァン!』

僅かな沈黙を破り、応接室の扉が勢いよく開いた。おっさんオマリィと、武装した数人の兵士がなだれ込んでくる。同時に、防音の魔道具の効果が切れた。部屋の外の慌ただしい音が聞こえてくる。

「どうした?」

「今すぐここから出ていけェ!」

おっさんオマリィが血相を変えて叫ぶ。何か悪いことしたかな……。

「何だよ、藪から棒に」

「教会だァ。魔道具の研究が問題になったァ。この屋敷は審問官に囲まれておるゥ。お主ならァ逃げ切れるだろォ」

逃げ切るのは簡単だが、まず説明が欲しい。状況がさっぱり分からない。

「どういうことだ?」

何かが破壊されたような音が、廊下を伝って屋敷中に轟く。俺の言葉は、部屋の外から聞こえる大きな音にかき消された。

「説明しておる暇はナァイ! 早く行けェ!」

荷物は既にまとめてある。このまま出発することも可能だ。屋根を走ればあっという間に逃げ切れ……ミルジアでは屋根走りは使えないんだったな。逃げ切る間に、家が数軒潰れる。まあ、威圧の魔法を使いながら走れば、普通に走っても大丈夫か。

「父上ェ! 奴らの狙いはァアーヴィンですぞォ。いかがされるゥ!」

見覚えの無い若い男が、応接室に顔を出した。アーヴィンの兄かな? ずいぶんとねちっこい話し方だが。

「ンフゥ……何が狙いかァ……」

「アーヴィンのォ知恵ではないでしょうかァ。以前司祭がここに来た時ィ、ずいぶんと興味を持っておったよォですゥ」

2人並ぶと酷いな。粘っこいのが耳にへばりつく思いだよ。

「……お父様、僕も逃げても良いでしょうか?」

アーヴィンは、冷静な様子で言う。意外と肝っ玉が据わっているようだ。年の功かも知れないけど。アーヴィンは見た目は子ども、中身はアラサーだからなあ。

「ン許可するゥ。お主ィ悪いがアーヴィンも連れていけェ。エウラという街にィ私の古い友人がおるゥ。彼に預けてほしィ」

勝手に同行が決まってしまった。しかしエウラに行けと言うなら、目的地は同じだ。連れていくくらいならいいか。

「まあ、いいだろう。悪いな、世話になった。行くよ」

「こンなことになってェ悪かったァ。礼は 弾(はず) もォ」

「父上ェ、素直にアーヴィンを差し出すべきでしょォ。アーヴィン1人居なくなってもォ我が家は痛まナィィ」

「ンそれは我々の敗北だァ。貴族の誇りを捨てるなァ!」

ねちっこい口調の応戦が繰り広げられている。クドすぎて胃もたれしそうだ。さっさと退散しよう。

アーヴィンを小脇に抱え、屋敷の廊下を走る。だが、出入り口は正面玄関しか知らないぞ。そこには審問官が押し寄せているはずだ。マップを見れば屋敷の見取り図が分かるんだけど、ここで取り出すのは拙いよなあ。

「強行突破する。先頭は俺だ。このまま街を出るから、ついてきてくれ」

みんなに指示を出し、玄関ホールに向かう。案の定、10人ほどの審問官が武器を構えていた。それを屋敷の兵士が押さえている。

ミルジアの審問官は、ダボダボのローブを着て顔を布で覆っている。武器は金属製の杖だ。アレンシアの審問官ほどの気持ち悪さは無いな。目が隠れていないからだろう。

魔法は控えるつもりだったが、今はそんなことを言っている場合ではない。威圧の魔法でさっと鎮圧し、一気に駆け抜ける。

玄関の扉の先にも、また10人程の審問官。油断しているうちに、威圧の魔法で気絶させた。

屋敷から離れて更に進み、そのまま外壁を飛び越える。ミルジアの街は、総じて外壁が低いらしい。簡単に飛び越えることができた。手続き無視での出発だが、オマリィが上手くやってくれるだろう。

街からも街道からも離れ、適当な場所でアーヴィンを下ろした。そのまま休憩にする。

「連れ出してくれて、どうもありがとう。本当に感謝している。

ただちょっと……速すぎじゃないかな?」

アーヴィンは、深くお辞儀をしながら頬を紅潮させて言う。

「元最強の使徒が何を言っているんだ? あれくらい普通の速度だろう」

「いや、え? そう……かなぁ?」

アーヴィンは戸惑いながら言う。抱えられての移動は初めてだったのだろう。体感速度が変わるのは無理もない。

「それで、あの騒ぎは何だったんだよ」

「ごめん、たぶんカメラのせいだと思う。君たちを探すために、結構派手に使ったから……」

アーヴィンが申し訳なさそうに呟く。

よく似た複製画を何枚も準備することはできるが、 全(・) く(・) 同(・) じ(・) 絵が何枚もあったら、不審に思わない奴の方がおかしい。カメラが引き鉄になったのは間違い無さそうだな。でも、理由は別にあるはずだ。

「お前を狙っているような口ぶりだったが?」

「それは以前からだよ。僕は家督を継ぐことも、何かの事業に携わることもできないからね。司祭から、教会に入るように言われていたんだ」

アーヴィンは貴族であっても権力を持たない。六男であるうえに、側室の子どもだ。普通なら商人の家に養子に出されるか、教会で修行して幹部におさまる。容姿と頭が良ければ、貴族家の婿養子という選択肢もある。

しかしこいつの場合、オマリィ家の中で利用価値が高すぎた。研究と領地経営の補佐のために、家に残ることになっていた。そしてアーヴィンの優秀さは、街でも話題になっているという。教会はそこに目を付け、アーヴィンの身柄を狙っていたようだ。

打倒神を狙うアーヴィンにとって、教会は敵だ。その中に入って修行を、というのは無理がある。

「いっそのこと、お前が子爵を継げばいいんじゃないのか?」

「ハハハ。それは無理だよ。親戚一同から反対される。それにさ、兄に殺されると思うよ」

アーヴィンは薄っすらと笑いながら言うが、冗談には聞こえない。

「いくらなんでも、それは無いだろ」

「それが有るのが、貴族の家庭なんだ。特に、二番目と三番目の兄が怖いね。さっきのが二番目だよ」

あのねばっこい二世か。急いでいたせいで顔をよく見なかったが、おっさんオマリィによく似た顔をしていた気がする。

「貴族の家も大変だな……」

やはり貴族にはなりたくないな。爵位は拒否しておいて正解だったよ。

子細は後で聞くとして、再びアーヴィンを抱えて走り出す。アーヴィンは必死の形相で拒否したが、もちろん却下だ。身体強化もまともに使えない子どもの足では、あまりにも遅すぎる。

教会に追われている以上、安全な場所なんて無いかも知れない。そう思いながら、街から離れた場所を目指す。滅多に人が来ないような所なら、教会の追手は来ないだろう。