軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

来客

襲撃は深夜だと高をくくっていた。どうせ来るのは 傷だらけの審問官(ヤバイやつ) だろうと思っていた。マップで常に確認し、宿に近付く敵意を持った奴を監視していた。

まさか、敵意を持たない普通の神官が、割と早い時間に来るとは思わなかった。

体の感覚では、おそらく夜の11時頃だろう。いつもなら寝ているが、夜更かしする時なら起きている。そんな時間だ。

奇妙な気配を感じて玄関フロアに行くと、扉の近くに男が立っていた。暗がりでよく見えないので、ランタンを出して明かりを灯す。

そこに立っていた男は、いつかのフィリスの上司だ。名前は……。

「サルマンさんですね?」

一緒に居たルナが答える。よく覚えていたな。

今俺と一緒に居るのは、ルナとリーズ。クレアとリリィさんは仮眠中だったので、起こして周囲の警戒を任せた。

「こんばんは。ご無沙汰しております。夜分に恐れ入ります」

サルマンが薄っすらと笑みを浮かべる。

「こんな夜更けに、何の用だ?」

わかりきった質問をぶつける。どうせ用件は襲撃犯の引き渡しだろう。襲撃ではなく、平和的に訪問したことは評価する。

「ええ、お察しの通りですよ。返していただけませんかねぇ」

サルマンはとぼけた様子で答を濁す。話は通じているのだが、イマイチ釈然としないな。

捕らえた襲撃犯は、宿の1階にある小部屋で 尋問(ごうもん) 中だ。

「教会に返すことはできないぞ。兵士に引き渡す」

「それでは困るのです。教会で審問に掛けますので、お返しください」

「無理だ。用はそれだけだろう。帰れ」

こんな言い方をしても、帰らないよなあ。「はいそうですか」とあっさり引き下がるような奴は、こういう場には派遣されない。帰る理由を作ってやらないと帰らないだろう。

「我々も簡単に返してくれるとは思っていませんよ。何が必要ですか? お金は差し上げられませんが……」

うーん、襲撃してくれた方が楽だったな。どちらも譲る気が無いから、話が長引きそうだ。表面上穏やかなのが腹立つ。こちらからは手を出しにくいぞ。

「残念だが、実はもうここには居ない。既に兵士に突き出した後だ」

嘘で乗り切ろう。さっさとお帰りいただくためだ。

「嘘は良くないですね。神に嫌われますよ」

サルマンは襲撃犯が居る小部屋に視線を送って言う。

くっ……。なんで知っているんだよ。もしかして、内通者が居る? いや、それは無いな。それならもっと簡単に逃がせる。朝まで待って連れ出すか、扉を蹴破って助け出すこともできる。

となれば、気配察知か。俺達以外に使える奴を見たことが無かったが、教えられれば誰にでも使える。厄介だな。

「神には既に嫌われているよ。

返すことはできない。諦めてくれないか?」

「その部屋に居るのですよね。入らせてもらいます」

サルマンはツカツカと扉に歩み寄り、取手に手を掛けた。

「待て!」

とっさにサルマンの顔面に向けて拳を振るう。すると、サルマンは涼しい顔で拳を受け止め、言い放った。

「暴力を振るうとは、感心できませんねぇ。たとえ私が許しても、神が許しませんよ」

結構本気で殴ったつもりだったんだけどなあ。こんなに簡単に受け止められるとは思わなかった。

こいつ、意外と強いぞ……。

しかし、襲撃犯を渡すことはできない。どうやって切り抜けようか。

「神に許しを請うようなことはしない。許さないなら、それで構わないさ」

掴まれた拳を引き抜きながら言う。

俺の次の行動は、サルマンの出方次第だ。そう思った瞬間、唐突に激しい悪寒が襲い掛かった。傷だらけの審問官に似た、強い威圧感だ。その威圧感はサルマンがばらまいている。

「連れて帰らないと、本当に大変なんです。理解してください」

サルマンは表情を崩さず、涼しい顔をしたままだ。しかし、俺たちに明確な敵意を向けてきている。

ルナとリーズには距離を取らせよう。相手をするのは俺だ。ホールはそれなりに広いが、4人が自由に動き回れるほどは広くない。

「ルナ! リーズ! 安全確保を頼む!」

「やはり反応が早いですねぇ。残念です。

是非とも使徒として迎えたかったのですが、馬鹿が暴走してしまいました」

サルマンは心底うんざりしたように言う。馬鹿と言うのは、クソ神官のことだろう。『俺を使徒に』という案は、こいつの差金だったようだ。

「脅しで済んでいる間に、渡していただけませんか?

手荒なことはしたくないのですよ。私は平和主義者ですからねぇ」

サルマンがそう言うと、溢れ出る威圧感が、より一層強くなった。本気モードのグラッド教官以上だ。

本物の平和主義者は自分で言わない。こいつはただの平和主義者気取りだ。応戦しないと拙い。腰からマチェットを抜いて構える。強化も忘れない。

「冒険者がそんな脅しで怯むわけないだろう」

「……何故動けるのでしょうか。不思議です。益々残念ですよ」

貼り付けたような薄ら笑いを浮かべて言う。

不思議? 冒険者なら威圧感に慣れているぞ。この程度なら……いや、違う。腕輪が反応している。俺の定番『威嚇魔法』だ。俺の他に使い手が居るかもと思って、事前にキャンセルできる魔道具を作ったんだ。この判断は正解だった。やはりこの魔法は危険だ。

「そんな脅しは効かない。おとなしく引き上げてくれないか?」

「そうしたいのは山々なのですがねぇ。見つけてしまったのですよ。

そちらの獣人も渡してください」

サルマンは、そう言いながらリーズに視線を送った。

「どういう意味だ!」

「探していたんです。アパートから突然姿を消してしまったので。まさか一緒に居るとは、知りませんでした」

リーズに出会った時、悪い予感がしたから夜逃げさせた。家賃は支払ったし、誰にも迷惑を掛けていないはずだ。その時の詐欺師は、残念ながら逃してしまった。追いかけようにも、今どこにいるのやら。

「渡すわけが無いだろう。お前は馬鹿なのか?」

「そう邪険にしないで下さい。悪いようにはしません。希少な獣人を保護しているのですよ」

絶対嘘だろ。真っ当な理由があるのなら、犯罪紛いの手段を取る必要は無い。

これまでの情報を総合すると、教会の一部がハインズ教会に獣人を送り込んでいる。何の為かはわからない。教会の黒幕が、おそらく傷だらけの審問官だ。

「話は終わりだ」

これ以上話を続けても無駄だ。スタンガンを駆使して牽制を図る。しかし、どれだけ電撃を当てても動きを止める様子が見られない。全く効いていないようだ。絶縁魔法を使った様子はないが、手応えがない。一度離れよう。

体勢を整えるために後ろに飛ぶと、サルマンから無数のナイフが飛んできた。

まずは正面、次は右足元、そして左にも。ナイフの影に隠れて次のナイフが襲い掛かる。俺は少しだけ先の状況が見えるので、避ける作業は簡単だ。しかし、避けた先では眉間に向かって次のナイフが飛んできている。

マチェットでナイフを叩き落としながら、その先のナイフを避ける。すでに20本以上のナイフを捌いているが、まだ止まらない。右肩に向かってきたナイフを体を捻って避けるも、同時に足元にも飛んできている。右足を持ち上げて避けた。

「これも避けるのですか。こんな場所で死なせるには惜しいですよ」

サルマンはナイフ投げを止めて言う。傷だらけの審問官はこいつだ。間違いない。

ナイフの軌道がそっくりだった。ナイフの影にナイフを忍ばせるなんて芸当は、誰にでもできることではない。

「全部お前か!

リーズを狙ったのも、誘拐犯も!」

「察しの良い人は嫌いですよ」

振り下ろされるメイスを強化マチェットで受け止め、全力の蹴りを入れる。脇腹に命中したが、サルマンはその場で踏ん張って耐えた。まだ浅いか。峰打ちや非殺傷魔法で勝てる相手ではない。殺す気で向かわないとダメだ。

相変わらず 街中(まちなか) で使える魔法が無いので、全力で殴り、蹴る。メリケンサックが欲しい。マチェットも何度も命中しているのだが、太い幹を斬りつけるような感覚で、全く斬れない。丁寧に研がれたマチェットも、斬れなければただの鈍器だ。

刃物を受け付けない様子は、俺の身体強化に近い。俺たち以外の使い手は初めて見た。

サルマンは俺のマチェットを片手で受け止め、メイスを振った。そのメイスが俺の右腕をへし折ろうとする。ガードを貫通して鈍い痛みを感じ、とっさに後ろに飛んだ。骨は……大丈夫だ。折れていない。

続け様にもう一発。これは避けきれない。即座に腕を出してガードするが、勢い余って飛ばされた。並べられたテーブルを破壊し、壁を大きく凹ませて止まった。

「意外と丈夫なんですね。それなら避けなくても良いでしょうに」

「痛いものは痛いんだよ。痛いのは嫌いだ」

「正直でよろしい。神は正直者を好みます」

サルマンは余裕な態度を崩さない。

拙いな。攻撃が通らない。非殺傷魔法は論外。だが俺が攻撃魔法を使うと、この宿が更地になる。頼みの武器も、マチェットでは歯が立たない。ファルカタはクレアが持っている。打つ手無し。ほぼ詰みだ。

まだ試していないのは…… 浄化の魔法(エクソーサイズ) くらいか。生きている人間に効くとは思えないが、身体強化を乱す効果はありそうだ。

右足に 浄化の魔法(エクソーサイズ) を乗せ、全力でサルマンの横腹を振り抜いた。

『ボギャァァッ!』

何かが砕ける音が鳴り響き、足には小動物を潰したような嫌な感触が残る。ようやく有効打が入ったらしい。人間が相手でも効くの?

甚だ疑問だが、ここで止めたらダメだ。全身に 浄化の魔法(エクソーサイズ) を掛け直し、一気に畳み掛ける。

拳は頬をえぐり、蹴りは枝を折るかのように骨をへし折る。急所なんて考える余裕は無い。 我武者羅(がむしゃら) に当てるだけだ。やがて、サルマンはその場で崩れ落ちるように倒れた。

サルマンは足が折れ、両腕も関節が増えている。背骨も粉砕されたはずだ。すぐに治癒魔法を掛けないと、立つこともできなくなるだろう。

「これは困りました。体が完全に壊れてしまいましたよ。また依代を探す必要がありますねぇ」

それほどのダメージを受けながら、何事も無かったかのように涼しい顔で言う。依代……。カベルもそんなことを言っていたな。

「お前は何者なんだ!」

サルマンは俺の質問を無視して、独り言を続けた。

「ミルズに悟られず教会に侵入するのは、骨が折れるのですよ。もう折れていますが。やれやれ、またやり直しですか。

あなたのせいですよ、まったく。次はもっと頑丈な体を見つけますかね……」

サルマンはそれだけ言い残し、気配を散らした。気配は消えたが、体は残っている。しかし、白い煙のようなモヤを出し、急激に萎んでミイラになってしまった。

あいつはカベルと同類だ。依代を失ったからと言っても、すぐに死ぬわけではないはずだ。少なくとも、アレンシアからエルミンスールに移動するくらいの猶予はある。最後のセリフの通り、次もあるのだろう。

依代には 浄化の魔法(エクソーサイズ) が効くのか。しかし、本体までは倒せなかった。次で終わりにしたいから、カベルにカベルの殺し方を教わろうかな。

そういえば、仮面舞踏会にならなかったな。空気を読んで仮面を被ってくれたら良かったのになあ。気が利かない奴だよ。