軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

無慈悲

教会からは無事に脱出できた。気になるのは宿屋の状況だ。ルナに聞いておこう。

「ルナ、そっちの状況は?」

『不審者は居なくなりました。1人だけ捕らえてあります』

ルナが冷静に答えた。捕獲してくれたことには感謝だけど、ちょっと拙いかな……。

例の審問官が回収に向かうかもしれない。早く帰った方がいい。

「了解。訳は後で話す。警戒を続けてくれ」

『……わかりました』

ルナが深刻な声色で返事を返す。リーズとリリィさんは、まだ宿に到着していない様子だ。俺も急ごう。

「店主、俺は先に宿に帰る。あんたはマイラと一緒にゆっくり帰ってきてくれ」

「いや、マイラが君から離れようとしない。悪いけど、君が連れ帰ってくれないか?」

店主は宿の状況を知らないから、割とのんびり構えている。マイラは状況すらよく分かっていないから、ただただ不安そうに俺を掴んで離そうとしない。

俺が抱きかかえて連れ帰った方が話が早いな。マイラは10歳くらいの小さな女の子だ。抱えたところで大した重りにはならない。

「まあ、いいだろう。マイラ、手を離すなよ」

マイラは静かに頷くと、掴んだ腕をギュッと掴み直した。しかし、このままでは走りにくい。マイラを胸の前で抱え、首にしがみつくよう指示を出した。

教会から急速に遠ざかる。宿屋までは、全力で走れば約10分。誰かの家の屋根を蹴りつけ、一気に進む。目まぐるしく移り変わる景色に、マイラが目を大きく見張っている。まあ、すぐに慣れるだろう。

と思っていたのだが、マイラの目が慣れる前に宿屋に到着した。その中は騒然とした様子で、他の客たちもフロアに集まっていた。あちこちが壊れ、ガラスも割れている。

「お帰りなさい!」

ルナが心配そうに駆け寄ってきた。隣にはクレアが居る。リーズとリリィさんも既に帰還しており、少し離れた場所で他の冒険者と深刻そうに話をしている。

「ああ、ただいま。状況を教えてくれ」

ルナが少し口ごもり、かわりにクレアが答えた。

「アタシ達が買い物から戻った時、既に襲われてたのよ。ちょうどマイラが連れ去られる時だったわ。

宿屋の中は酷い有様。この宿は、他の客も冒険者でしょ? だから、他の客たちが防衛してたの」

抱きかかえたマイラを、そっと下ろして話を聞く。

とっさにリーズが駆け出し、その後をリリィさんが追ったそうだ。

ルナとクレアが襲撃者を追い払ったが、しばらくは近くから監視されていた。こっちは怪我人が多数だったので、反撃よりも治療を優先したと言う。

「なるほどね。お疲れ様」

「コーさんの方はどうだったんですか?」

ルナが心配そうに聞く。

「ヤバイのが居た」

端的に言うと、それだけ。細かく説明するのは後だ。教会と正式に敵対したとか、それは別にどうでもいい。

「ちょ……アンタがヤバイって、相当ヤバイじゃない」

「襲撃犯を1人捕らえたんだよな?

そいつを奪還しに来る可能性が高い。早く兵士に突き出すなり何かした方がいいぞ」

「あ、拙いわね……。 尋問(じんもん) が得意だって言う人が居たから、任せちゃった。一晩部屋を開けるなって言われてるの」

尋問(ごうもん) が得意な冒険者か……。ちょっと仲良くなりたくないかな。

万が一逃げられるようなことがあっても、気配察知とマップですぐに確認できる。ルナ達はそう判断して尋問を任せたのだろう。それについては問題無い。しかし、一晩か。少し不安だ。いや、かなり不安だ。今晩中に来るだろうなあ。

おそらく防音の魔道具を使っているだろうから、部屋をノックしても気付かれない。扉を破壊して侵入すれば尋問を中断させられるが……。

まあ、来るとわかっていれば大丈夫だ。例の審問官を待ち構えておく。武装して出迎えよう。

マイラが無事に戻ったということで、集まっていた客は解散する。それぞれが自分の部屋に戻っていった。

店主が帰ってくるまで、まだ時間が掛かりそうだ。それまでは部屋で打ち合わせをしよう。

話の内容は、教会での出来事について。カムロンと店主から聞いたことも話しておく。ついでに、教会が敵に回ったことも。

「それ、一番大事な話じゃない……」

「いまさら過ぎるだろう。そのうちまた襲撃されるから、注意してくれ」

クレアは心配そうに言うが、教会が敵なのは今始まったことではない。それが明確になっただけだ。

でも、この国で生きにくくなったことは間違いない。しばらく他所の国に行こうかな。

ちなみに教会は敵になったが、国とは関係無い。アレンシアの法律では、教会は独立した司法権を持っている。国とは関係なく、教会の判断で人を裁いて罰を与えることができる。罰を与える実行部隊が審問官だ。

もしも冤罪などの問題が起きた時は、審問の責任者が国に逮捕される。今回の場合はおそらくカムロンだ。邪魔者を同時に排除する心算だったのだろう。知恵が回ることだ。

「ところで、マイラ君はこのままで良いのか?」

実はマイラも同席していた。重要な話なのでどうかと思ったが、俺から離れようとしなかったんだ。初めは退屈そうに話を聞いていたのだが、睡魔に負けて眠ってしまった。今は俺の膝の上でスヤスヤと寝息を立てている。

「店主が帰ってきたら起こすよ」

話を終えて一息ついたところで、扉の前に気配を感じた。店主が帰ってきたようだ。クレアが扉を開けて迎え入れる。

「悪かったな。世話を掛けた」

「まあ、気にするな。それで、結局あんたは何者なんだ?」

物凄く謎だったんだよな。いろいろあって聞けていなかった。

「……言っていなかったな。言いにくいのだが、元冒険者だ」

店主は重い口を開いた。元Aランク冒険者のパーティメンバーだったそうだ。頼み事をしている昔の仲間というのがその時のリーダーで、本人はBランク。引退を機に宿屋を始めたと言う。

魔物狩りと盗賊狩り専門の冒険者で、相当な武闘派パーティだったらしい。盗賊狩り専門というのは初めて聞いた。でもあまり金にならないから、ほとんど趣味みたいなものだったそうだ。嫌な趣味だな。

「現役時代から方々より恨みを買っていた。

街で襲われるようなことはよくある。マイラが攫われたってのは、さすがに焦ったがなぁ」

店主は後遺症が残るような怪我をしたわけではない。年齢的にもまだ大丈夫だろう。現に、今も結構ハードに動いている。

それでも辞めなければならない理由が気になるな。

「どうして辞めたんだ? まだ十分働けただろう」

「ぅぐっ……。やはりそれを聞くか……。

それを聞かれたくないから、言いたくなかったのだ」

店主は片目を細め、苦々しく歯を食いしばった。引退をしたのには、余程の理由があったのだろう。

「ギルドを除名にでもなったか?」

「違う!

……当時のリーダーに求婚して断られた。同時に冒険者の間で噂になり、居づらくなった」

店主は間髪容れず答えた。

予想していたよりも残念で可哀想な理由だった。深く聞かない方がいいかな……。

だとしたら、マイラは誰の子なんだ? 引退後に別の誰かと結婚していたとしたら、マイラの年齢が合わない。

「それは……大変だったな。

じゃあ、マイラの母親は?」

「いや、この首輪を見て、気付かないか?」

店主がマイラのチョーカーを指して言う。毎日付けているチョーカーだ。魔道具だと思うが、詳しくは知らない。

「何のことだ? この魔道具がどうかしたか?」

「奴隷だよ」

「奴隷!?」

店主は事もなげにさらりと言う。全く気付かなかった。

マイラはいつも元気だし、笑顔だ。それに、綺麗な服を毎日着替えて着ていた。良い暮らしをしているようにしか見えなかった。普通の奴隷は一般市民と変わらないと聞いていたが、本当に見た目では分からないものだな。

「何だ、気が付かなかったのか。

その昔の仲間ってのが、今は奴隷商をやっていてな。たまに無理やり押し付けられるのだよ」

店主が楽しげな笑みを浮かべて言う。

異様に強い元冒険者の女性で、現在奴隷商。どこかで聞いたような……。イカツいボストドみたいなおばさんの顔がよぎる。

「まさか、昔の仲間は『ボナンザ』という名前だったりしないか?」

「なっ! 知っているのか?」

店主は頬を赤く染めて言う。えぇ? もしかしてボナンザさんに求婚したの?

「何度か会ったことがあるよ」

「そ……そうか。ボナンザが言っていた、活きがいい若いのってのは、君のことか」

店主はバツが悪そうに頬をポリポリと掻いた。

この店主がボナンザさんに求婚している様子が想像できないな。なんとかその情景を思い浮かべるが、借金のお願いをしているようにしか思えない。

「活きがいいかは知らないが、たぶん俺たちだろうな。

まあ、よろしく言っておいてくれ」

俺がそう言うと、店主は怪訝な顔で洩らした。

「濡れた革靴に足を突っ込んだような顔をして、どうした?」

どんな顔だよ。たぶん微妙な顔をしていたんだろうな。

「いや、ね。あのボナンザさんだろ? 何を思って求婚したんだ?」

俺にはそんな恐ろしいことはできないぞ。あの人は、押しが強くて気が強い。オマケに力も強い。申し訳ないが、伴侶としては存在がパワフル過ぎて、並の男では釣り合わない。

「昔はなぁ、それはそれは強くて、美人で、スタイルが良くて、みんなの憧れの的だったんだよ」

店主は何かに思いを馳せるように言うが、いったい誰の話をしているんだ?

俺が知っているボナンザさんは、暴力的で、イカツくて、トドみたいな体型で、畏怖の的になっているんだけど。

「マジか……?」

「 本気(マジ) だ。冒険者を辞めて運動量が減ったのだろう。見る見るうちに大きくなっていったよ」

時の流れは残酷だ……。できれば美人のお姉さんだった頃に会いたかった。

「ちょっと信じられない話だな」

「時の流れに慈悲は無い」

店主は遠い目で呟いた。

「いや、ちょっと待ってくれ。さっき昔の仲間の娘が狙われたと言ったよな? まさか、ボナンザさんの……」

「それは違うぞ。ボナンザはまだ独身だ」

なぜかわからないが、ホッとした。ボナンザさんに娘が居るというのは衝撃的過ぎるんだ。あの人の娘……考えただけでも恐ろしい。違ってよかった。

「それならいい。

しかし、なんで店主がそんなに張り切っているんだ?」

「そいつは獣人の男だったんだがな、既に故人だ。俺が代わりに調査している」

不幸な話だが、よくあることだ。この世界は人が死にやすい。病気になると、ほとんど治せない。たかが風邪でも油断できない。

雑談が長引いてしまったな。今晩も襲撃が来るかもしれないことを話すと、店主は寝ているマイラを抱えて帰っていった。

傷だらけの審問官は間違いなく来るだろう。このことは他の客には言わない。宿に近付いたところを叩くつもりだ。店主の敵う相手ではないので、俺たちだけで対処する。

まあ、元々教会の審問官は俺たちの敵だ。俺たちが対処するべきだろう。

その後夕食を準備してくれたので、それを食べたら今日は休む。と言っても、交代で仮眠を取るだけだ。今日の深夜は 仮面舞踏会が開催(仮面の審問官に襲撃) されるだろう。ゲストが到着する前に、体力を回復させておきたい。