軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ピンチはピンチ

教会の玄関フロアの真ん中に、埃に 塗(まみ) れた宿屋の店主が転がっている。いったい教会の天井裏に何の用があったのか。

話を聞くため、店主に治癒魔法を掛けた。すると、店主はゆっくりと目を開けて呟いた。

「くっ……何が起こったんだ……」

店主は困惑した様子であたりを見渡した。雷に撃たれたことに気付いていないようだ。気にせず声を掛ける。

「やあ、そんな所で何をしていたんだ?」

「君こそ、こんな場所で何を? まさか教会の人間だったのか?」

てっきり天井裏で話を聞いていたと思ったのだが、どうやら聞こえていなかったらしい。

「俺は審問に掛けられていたんだ。審問ではお咎め無しだったんだが、それに納得できない連中が襲ってきた」

「そうだったか……。

ところで、君はなぜ平気なのだ。何が起きたか教えてくれ」

落雷の魔法で範囲攻撃をしたんだけど、このことがバレると拙い。首が折れた神の像の修理費が請求されてしまう。適当にお茶を濁して、サラッと話を変えよう。

「天罰が下ったんだよ。俺は日頃の行いが良いから平気なんだ。

それはそうと、宿屋が襲撃されているぞ。こんな所に居ていいのか?」

「なん……だと? どういうことだ!」

店主が目を剥いて驚く。

襲撃犯は俺たちを狙っているのか、店主を狙っているのか。ちょっと判断に困るな。妙な調査をしているんだ。店主が狙われてもおかしくない。

「俺の仲間から連絡が来た。マイラが攫われたそうだ。今は俺の仲間が行方を追っている」

「早く帰らなければ……」

店主はふらつく体にムチを打って起き上がった。

「そうだな。その前に、マイラの現在地を確認しよう」

スマホを取り出し、リーズの位置を確認する。

「それは発信器か。今どこに……」

リーズの場所がわかれば、マイラの位置もわかる。ここから約4km南東……3.8km……3.6km……あ、近付いてきているな。

「こっちに向かってきている。どこかで待ち伏せした方がいいな」

「そうか……。それなら、十中八九ここに向かってきている。どこかに隠れて待とう」

「どういうことだ?」

「待っている間に説明する」

しかし、待機する場所が重要だな。先にリーズに連絡しておこう。行き先が違うと拙い。

「リーズ、聞こえるか?」

『はーい』

「たぶん、その連中は教会に向かっている」

『そうなの?』

「もし違ったら教えてくれ。俺は教会で待ち伏せしておくから」

『わかったー』

「なぁ、今のは……」

店主が奇妙なものを見る目で俺を見てきた。スマホはハンズフリーなので、 傍(はた) から見ると独り言のように見えるんだ。

「気にするな。ちょっとした魔道具だ」

スマホとマップはあまり他人に見せたくないが、緊急時だからなあ。教会関係者や兵士じゃないからいいだろう。

そろそろマップの有効範囲に入る頃だな。マイラの情報はマップに登録してあるので、詳しい現在地を確認しよう。マジックバックからマップを取り出す。

「その板は何だ?」

店主が不思議そうにマップを覗き込んだ。

「悪いが企業秘密だ」

「きぎょう? まぁ秘密なら仕方がない」

店主は胡乱な表情を浮かべながらも、不承不承に納得したようだ。

マップの情報を基に、現れそうな場所を予想した。敵の人数は3人。連中は屋根の上を走って真っ直ぐこちらに向かっているようだ。その直線上の、教会の敷地に入る場所で待てばいいだろう。

敷地の南東にある、小さな掘っ立て小屋のような建物の屋根の上に移動した。

「それで、ここに来るというのは確実なのか?」

「そうだな。マイラを使って、俺と昔の仲間を脅そうという魂胆だろう」

俺たちを狙っての襲撃じゃなかったのか。

「あんたらは脅されるようなことをしているのか?」

「だろうな。教会の一部が、ある事件に関与していることがわかった。後は証拠と黒幕を掴むだけなんだ」

なるほどなあ。結構危険なことをしているみたいだ。

「詳しく聞いてもいいのか?」

「俺は構わんが、君はいいのか? 君たちも狙われるぞ」

俺を狙っている審問官は、正式な教会の信徒だ。教会として敵対を宣言したようなもの。今はカムロンが抑えているだろうが、そのうちまた襲撃を受けるかもしれない。

「既に狙われているんだよ。いまさら狙われる理由が増えたところで、反撃の機会が増えるだけだ」

最近の俺は、教会を潰す理由を探している気がする。適当な理由を付けて、さっさと潰してしまいたい。主に、俺の精神安定のために。

ただなあ……。おかしな奴ばかりじゃないということも知ってしまった。無差別に焼き尽くすようなことはしたくない。合法的に解体する手段を探した方がいいかな。

「そうだったな……。

俺たちは、最近王都で頻発している獣人誘拐の犯人を追っていた。昔の仲間の娘が狙われたから、本気を出したよ」

傭兵が積極的に加担していた事件だな。食堂の娘が狙われた事件だ。他にも数人の獣人の子どもが、すでに攫われたらしい。

でもボナンザさんの話と違うな。あの時は教会は無関係だと言っていた。

「いや、その件は俺も知り合いに聞いたんだが、教会は関係無いと言っていた気がするぞ」

「それはどこの知り合いだ? 情報が古いようだ。教会は今、分裂しかかっている。そのスキに、いろんな派閥が生まれているんだ」

「ああ、何となくわかるぞ」

南派だけじゃない。今の教皇と、前教皇のカムロンも対立しているようだった。他に派閥が有ってもおかしくはない。

「その中の小さな一派が、一部の役人と組んで拉致を実行していることが判った」

なるほど。ボナンザさんは教会南派は関係無いと言っていたんだ。他の派閥や教会そのものについては言及していない。

南派のクーデターの影に隠れて、コソコソと悪いことをしていたらしい。

「何のために?」

「帝国だよ。帝国では、獣人は物として扱われる。おそらく売り払って金にしていたのだろう」

奴隷じゃなくて物かよ。奴隷でもどうかと思うが、もっと酷いな。

神聖ユーガ帝国は、ミルジアとガザル連合王国よりもさらに南に下った所にある。エルフを滅ぼしたハン帝国の後継でもある。

俺が考える素振りを見せると、店主はさらに言葉をつなげた。

「しかしな。獣人を買っていたのは、どうやらハインズ教会だったのだよ」

「ん? 何か問題があるのか?」

「対立しているはずの他国の教会だ。本来なら交流など無い。ましてや、国民の売買など考えられん」

要するに、ハインズ教会のスパイが居るぞってことだよなあ。よくもまあ、こんなに問題を抱えたもんだ。

話の途中だが、リリィさんからの通信が着た。

『コー君、連中が足を緩めた。もうすぐ拠点だと思うが、どうする?』

マップを確認すると、残り数十メートルの位置まで近付いていた。

「俺が待ち伏せしている。その場で警戒してくれ」

『了解』

「詳しい話は後だ。さっさとマイラを救出する」

リリィさんと店主に、同時に声を掛けた。

連中は、こんな所に伏兵が居るとは思っていないはずだ。こっそり近付いて排除しよう。

相手は怪しい黒装束や神官服ではなく、一般的な冒険者のような服装をしていた。軽装の革鎧を着込み、脇にはショートソードを携えている。もし目撃者が居れば、犯人を冒険者だと錯覚するだろう。

俺たちがいる建物の入口の前で、周囲を警戒しながら立ち止まっている。

どれだけ警戒しても、気付かなければ棒立ちと変わらないんだよ。

そっと近付いて威嚇の魔法を当てる。

この魔法の有効射程は5m程度。一度効いてしまえば、その場を離れても効果が残り続ける。持続時間は相手の精神力に依存するらしい。そんな魔法だ。

相手に姿を見られず、音も聞かれず、一瞬で気絶させる。同時に複数人に当てることもできる。そのかわり、不規則に動く相手には使えないし、俺も魔法に集中しないといけない。

誘拐犯達は、その場にバタリと倒れ込んだ。その場に残されたマイラは、キョトンとしている。

「な……今のは何だ?」

「さあ? 眠かったんじゃないか?

早くマイラを救出しよう」

店主が戸惑いの声を上げた。でも説明するのが面倒なので、適当に答えてマイラに駆け寄る。

「大丈夫か?」

「……いったい何が……あ、ありがとうございます……」

マイラは戸惑いながらお礼を言い、そのまま俺の左腕にしがみついた。用は済んだな。このままマイラを抱えて帰ろう。

「終わったぞ。後は俺がやっておくから、2人は先に帰ってくれ」

『はーい』

『あぁ。先に失礼するよ』

2人が返事をすると、その気配は急速に離れていった。すぐに宿屋に到着するだろう。

「さて、兵士に突き出すか」

「待ってくれ。悪いが、それはできない。俺がここに居た理由が説明できん」

あ、不法侵入だったな。ついでに言うと、俺も説明できない。捕らえ方とか、連絡手段とか、位置情報とか。聞かれたら困る事だらけだ。よし、帰ろう。

「このままでいいか」

「いや、仲間の所に連れていく。何か聞けるかもしれないからな。生け捕りにしてくれて助かったよ」

昔の仲間が誰だか知らないが、放置するよりはマシだな。任せよう。

店主が麻袋を担ぐように誘拐犯を抱えて離脱しようとすると、急に 途轍(とてつ) もない悪寒に襲われた。最近感じることの無かった、強者の威圧感だ。これは拙い。

店主もそれを感じ取り、誘拐犯を手放して後ろに飛び退いた。

不意打ち狙いでいたから武器を構えていない。魔法の準備もしていない。相手はグラッド教官並か、それ以上。おまけに、マイラは俺にしがみついたまま動かない。そのため、俺も下手に動けない。

まともに動けない中、素手で勝つのは難しいぞ……。

「誰だ!」

言葉を出している場合じゃないかもしれない。すぐにでも離脱したいが、その場を占める緊張感がそれを許さなかった。

物陰からスゥッと、傷だらけの仮面を被った審問官が姿を現した。審問官は俺の敵だ。一通り片付けたと思って油断した。店主に目配せし、離脱を促す。店主はそれを察し、後ずさりを始めた。

しかし、逃さないとばかりに、謎の審問官は無言のままナイフを投げる。そのナイフは真っ直ぐに俺と店主に向かった。右に避ける? いや、ナイフの影にもう一本ナイフがある。右に避けたら直撃だ。マイラを抱え込んで左に飛ぶのが正解だな。

左に飛んで転がる。体勢を整えて審問官に視線を移した時には、すでに居なくなっていた。同時に、誘拐犯の姿も消えている。逃してしまったか……。

危機は去った。だが、これで情報を聞き出すことはできなくなったな。

「今のは何だったんだ……」

俺の呟きに、店主の反応は無い。気になって店主を見ると、左腕と右太腿に、ざっくりとナイフが刺さったまま 蹲(うずくま) っていた。いや、せめて1本は避けろよ。

治癒魔法を施し、店主の腕を引いて起こす。

「済まない……。鎧を着ているつもりだった」

どうやら癖だったようだ。鉄の鎧を着ていれば、投げナイフは避けるに値しないからなあ。

また傷だらけの審問官が戻ってこないとも限らない。気を取り直して教会から離脱した。

教会と敵対する限り、あの審問官とはまた会うことになるだろうなあ。次は万全の状態で迎えたい。