作品タイトル不明
天罰
裁判所のような部屋を抜け出し、教会の中を少し歩いた。二度と来ないと思うので、ちょっとだけ見学したい。
教会の内部は、外壁と同じく白に塗られている。窓にははめ殺しのガラスが埋め込まれていて、質素ながら清潔感に溢れている。
壁に掛けられた燭台や謎の絵画など、見応えは十分だな。これが観光なら、十分に楽しめるだろう。教会関係者がクソばかりでなければ……。悔やまれる。
のんびりと見物しながら廊下を歩いていると、不意に呼び止められた。カムロンだ。
「少し良いかい?」
この人とは考え方は合わないが、嫌いではない。少しくらいならいいだろう。
「ああ。俺は構わないが、口論の続きはいいのか?」
「ふっ。あの者とは昔からあの調子でな。顔を合わせると口論になってしまうのだ。気にしなくていいよ。
玄関ホールにベンチがある。そこで話をしよう」
玄関ホールは20畳くらいの広さで、大きなタイルが敷き詰められている。ここは人の往来の中心にあるようで、複数の廊下と大きな階段が見える。
ホールのど真ん中にルミアとかいう神の像が立っていて、壁際には像を囲むようにベンチが備えてある。カムロンと並んでベンチに座った。
「それで、話ってのは何だ? さっきの続きなら帰るぞ」
「手厳しいな。安心してくれ。ちょっとした世間話だよ。
まずは謝罪させてくれ。審問などというくだらない理由のために、わざわざ来てもらって済まなかった」
カムロンは真面目な顔で言う。
審問は裁判のようなものだ。教会は初めから俺に何かの罪をかぶせるつもりで呼び付けたような気がする。この人が居なければ、俺は確実に犯罪者にさせられていた。
「まあ、それはいいよ。二度と関わってこないなら問題無い」
「そうか……。注意しておくよ。君はどうしてそんなに教会を嫌っているんだ?」
「いい思い出が全く無いからな。王城に居た時から。不快な目にばかり遭わされたよ」
フィリスに始まり、その他使徒の世話係、フィリスの上司、先日のクソ神官。数え上げたらキリが無い。全員おかしな人だった。
「なるほど……。それは迷惑を掛けたね。申し訳ない」
カムロンは座ったままだが、畏まって頭を下げた。
「まあ、あんたのせいじゃないさ。気にするな」
「そうでもないのだ。あの時は僕が教皇だった」
あ、この人が失脚した元教皇だったのか。てっきり教会を辞めたものだと思っていた。枢機卿と名乗っていたから、まだそれなりの地位に居るようだ。
「じゃあ、あんたが指示を出したのか?」
「違うんだ。それは今の教皇が神託を受けたからだ。
突然の指示には戸惑ったが、神具も受け取っているから本物だ」
神具って、指輪のことかな。あとは謎の鐘とか。かなり特殊な物だから、説得力は十分だろう。
「でも、反対しなかったんだな」
「……実は僕は神の声が聞こえなくなっていてね。反対することができなかった」
カムロンはもったいぶって言うが、聞こえない事は既に知っている。それよりも神の声が気になるぞ。誰にでも聞けるものなのかな。
「神の声ってのは、どうやって聞くんだ?」
「直接お会いすることもあれば、祈りの最中に聞こえることもある」
「会う? 会ったことがあるのか?」
カムロンはさらっと流したが、会う方法があるらしい。簡単に会えるものなら、文句を言いに行くぞ。
でも声を聞くのは無理そうだな。神に祈るなんて俺にはできない。
「死に直面した時、極稀にお会いすることができる。僕の場合、無茶な断食で死にかけた時にお会いした」
遠い目で何かを思い出すように語る。会うのも無理っぽいな。誰が好き好んで死にかけるんだよ。会うのは諦めよう。ハードルが高すぎる。
そもそも、会いたい相手じゃない。善や一条さんの話だと、背が小さい生意気そうな女の子だったな。
「やっぱりちんちくりんな生意気少女だったか?」
「ん? 何を言っている。その像にそっくりな、優しそうで綺麗な女性だったぞ」
あれ……。善や一条さんの話と違う。やっぱり神は2人居るぞ。
ところで、敵意剥き出しな人たちに囲まれているんだけど。これはどういうことだろう。
玄関の扉の前に5人、廊下や部屋の中からも数人ずつ。天井裏に謎の人影が1人で、合わせて30人くらいかな。
「なあ、あんたは俺と敵対するつもりなのか?」
「はっはっはっ。突然何を言い出すのだ。そんなことがあるはず無いだろう。それなら今頃君を包囲しているよ」
嘘をついている様子は無い。本当に何も知らないのだろう。1人になったら襲撃されるのかな?
マップで細かく確認したいのだが、カムロンが居るからそれはできない。まあ、どこに何人居るかは把握できているから、それで十分だろう。
「包囲されているんだよ、今」
「何っ!」
カムロンが険しい顔で大きな声を出すと、物陰から10人の武装した神官が出てきた。真っ白な仮面を被った神官が無言で並び、そのうちの1人が喋りだす。
「異端者をこのまま帰すわけにはいかぬ」
「審問官が何の用だ! 枢機卿の名に於いて命ずる。直ちに立ち去れ!」
「枢機卿カムロン、あなたにも異端の疑いがかかっている。この者を庇うなら、あなたも処刑する」
仮面の神官が抑揚のない声で淡々と言葉を発する。
助ける義理は無いが、目の前で知り合いが死ぬのは気分が悪いな。今日のところはカムロンを助けよう。
敵は鉄のメイスを持つ奴が8人、ショートソードを構えた奴が2人。物陰に隠れたままの奴は知らない。
メイス対マチェットでは分が悪いか。武器同士がぶつかったら、マチェットが折れてしまう。マチェットを強化しても良いのだが、ここは訓練用の短剣を使おう。王城の訓練場から借りパクしている武器だ。壊れても痛くない。
マジックバッグから短剣を取り出していると、ルナから通信が来た。
『コーさん、聞こえますか? 緊急事態です。まだ時間が掛かりそうですか?』
拙いな。宿でも問題が起きているのか。こっちも敵に囲まれているんだよなあ。まだ帰れそうにない。
「奇遇だな。俺も今、襲撃の最中だよ。そっちの様子は?」
襲いかかる神官を殴り飛ばしながら言う。
まだ話をしている最中でしょうが。まったく、神官連中はマナーがなっていないな。
『ごめんなさい、お邪魔しました。こちらで対処します』
ルナは落ち着いた声で返した。それほど緊迫した状況ではないようだ。でも、概要は聞いておきたい。
「こっちは問題無い。宿屋の状況を教えてくれ」
一歩身を引くと、神官が振るメイスが、勢いよく目の前を通り抜ける。よろけた神官を蹴り飛ばす。勢いよく吹き飛んで壁に激突し、動きを止めた。
教会の奥から追加の神官が現れた。今は50人くらいに増えたようだ。
『マイラさんが連れ去られました。今はリーズさんとリリィさんが追跡しています』
「マイラって誰だ?」
『宿屋の娘さんです。知らなかったんですね……』
看板娘はマイラという名前なのか。初めて知ったよ。俺は業務的なことしか喋っていないが、みんなは仲良く雑談をしていた。同性だと喋りやすいのだろう。
「わかった。ルナとクレアの状況は?」
『宿屋の警戒です。マップでは、まだ8人の敵影が見えています』
「了解。引き続き警戒を頼む」
ルナたちも色々大変そうだ。早く終わらせて向こうに合流しよう。
少し目を離したスキに、カムロンがボッコボコに殴られている。痛そうだから助けよう。カムロンに治癒魔法を掛けながら、群がる神官を蹴り飛ばして壁にぶつける。
もう魔法で一気に片付けた方が早いかな。と、その前に。リーズにも状況を聞いておくか。
「リーズ、聞こえるか?」
『はーい。こんさん終わった?』
リーズの間の抜けた声が返ってきた。追跡中なんだよね? 緊張感がお留守みたいだけど……。
「こっちはまだだ。話は聞いた。そっちはどうだ?」
『危ないから、少し離れて追いかけてるよー。あの人たち、走るの遅ーい』
リーズと比べたらダメだろ。本気の1km走で競争したら、たぶん俺より速い。
でもまあ、良い判断だな。すぐに追いついて叩いてもいいが、人質が居るからなあ。目的地に着くのを待ってから、立ち止まったところを不意打ちで叩いた方が安全だ。ついでに敵の拠点もわかる。
「そのまま追跡してくれ。安全第一で頼む」
『はーい』
とりあえずはリーズとリリィさんに任せよう。リーズが目標を見失うようなことは考えられない。
今は自分の心配だな。俺も大量の敵に囲まれているんだ。意識を仮面の神官に向ける。
神官共が妙に静かだと思ったら、魔法を撃つために距離を取っているようだ。こちらを囲み込み、一斉に何やらブツブツとつぶやき出した。
撃たれる前に撃とう。範囲魔法で一撃だな。落雷がいいだろう。作ったはいいが、敵味方関係なく無差別攻撃になるから、危険すぎて使えなかった魔法だ。非殺傷じゃないから腕輪でもキャンセルできない。
落雷の有効射程は半径10mくらい。狭いけど十分だろう。物陰に隠れている奴にも攻撃が通る。カムロンに絶縁魔法を掛け、準備完了だ。
『ズバァァァン!』
空気を切り裂くような激しい轟音と共に、青白い閃光が縦に無数に走り、玄関ホールを埋め尽くした。塩素のようなツンとした臭いが立ち込める。オゾン臭だな。何度も嗅いでいるが、この臭い嫌いなんだよなあ。
「……今の光は何だろうね?」
この場に居て無事なのは、俺とカムロンだけ。カムロンは物凄く怪訝な顔で辺りを見渡している。
「さあ? 天罰じゃないか?」
後から文句を言われたら面倒なので、適当に誤魔化す。
この魔法は、ルナ以外は誰も見たことが無いはずだ。それに、詠唱もしていない。俺が撃った証拠は何も無い。
「神はまだ私を救ってくださるのですね……」
カムロンが神の像に向かって祈り始めた。そいつは何もしていないぞ。その証拠に、落雷の衝撃で神の像の首が折れ、あちこちが焦げている。像の頭が床に転がっているのだが、修理代を請求されたら困るな……。
「お祈りはいいから。
この連中はまだ死んでいないようだぞ。この後どうする?」
落雷は致死性の魔法だが、威力は弱い。衝撃で骨が折れ、体の一部が焦げるくらいだ。でもしばらく動けなくなる。
出力を上げれば一撃必殺になるのだが、絶縁魔法の耐久力が分からない。スタンガンとは電圧が違いすぎるから、自分も一緒に一撃必殺になる可能性が高い。本当に使い所が難しい魔法だよ。
「治癒魔法を掛けてくれてありがとう。我々が責任を持って処罰する。君には迷惑を掛けたね。もう大丈夫だと思うが、君もすぐに逃げてくれ」
カムロンはそう言って教会の奥に駆け出した。処罰ねえ。どうせ 軽い処罰(お咎めなし) だろうな。過度な期待はできない。
だからと言って、俺が直接手を出すと話が 拗(こじ) れる。早くみんなと合流したいし、急いで帰ろう。そう思って玄関に向き直した時、天井裏から大きな物が天井を突き破ってドサリと落ちてきた。天井裏に潜んでいた奴だな。
落ちてきた奴をよく見ると、そいつは黒い服に身を包んだ宿屋の店主だった。こんな所で何をしていたんだ? これは詳しく話を聞いた方がいいだろうな。