作品タイトル不明
爆走
日が昇る前にクレアに起こされて起床した。クレアとルナの2人は、何が何でも今日中にビルバオに到着したいと考えている。そのため、今日はとにかく行動が早い。
俺が目を覚ました時には、すでにほとんどの機材が撤収されていた。あとはテントを畳むだけで出発できる。
昨日焼いたパンを頬張りながら、テントを撤収する。最後にお茶を一杯飲んだら出発しよう。
「じゃあ、今日もクレアに道案内を任せるよ。魔物が居たら適当に迂回してくれ」
「ねぇ、迂回しなきゃダメ?」
クレアが不安そうな目で訴えかける。
いつもは真っ先に迂回したがるのだが、森の中に居る時間を少しでも減らしたいのだろう。
「マチェットがボロボロだからなあ。あまり戦いたくないぞ」
「いつものアンチなんとかっていう魔法、お願いできない?」
「最後尾から撃つ魔法じゃない。危険だから使えないな」
あの魔法は強力なのだが、 味方への誤射(フレンドリーファイア) が危険すぎる。だから使う時は要注意だ。
「じゃ、アタシがなんとかするから! お願い! 迂回なしで!」
クレアが顔の前で手を合わせ、腰を曲げる。
そういうことなら、ついでにクレアの訓練もできるからちょうどいいかな。
「私もサポートしますので……お願いします」
ルナもそう言いながら頭を下げた。
「うーん……そう言うなら仕方がないか。危険な相手だったら迂回してくれよ」
「了解。でも、できるだけ急ぐわ」
たぶん今日は休憩一切無しで突っ走ることになる。それどころか、問題が発生した時に立ち止まる時間すらも惜しい。
「止まって喋るヒマが無さそうだから、スマホを通話状態にしておこう」
マジックバッグからスマホを取り出し、すぐに確認できるように服のポケットに突っ込んだ。
スマホにはハンズフリーの機能が付いている。走りながら通話することは問題無い。
ただし、通話中にはスマホに注意を向ける必要があるので、戦闘中に使うことはできない。まあ、通話しながら戦う奴は居ないだろう。
出発の準備を終えたので、森の中に踏み込む。
背が高い木が多く生えていて、その種類も多い。見事な雑木林だ。王都東の森よりも針葉樹が多いかな。
地面は石と木の根で覆われていて、その上には苔がびっちりと生えている。視界は緑一色だ。さらにジメジメしているので、とてもよく滑る。
「滑りやすいけど、みんな大丈夫か?」
『注意して走れば大丈夫!』
リーズからは返事が来たが、他のみんなからは無反応だ。話をしている余裕が無いようだ。
ルナとリリィさんが滑る足元に苦労しているらしく、少し遅れている。いつもならリーズにペースダウンの指示を出すのだが、急いでいるのでそのまま進む。
スマホでお互いの位置が把握できるので、多少距離が空いてもはぐれることは無い。先頭を走るリーズとスマホで通話しながら先を急いだ。
『こんさん、この先に何か居る。たぶんウルフだよー』
『ウルフなら大丈夫よ。アタシとリーズで始末するから、回収をお願いするわ』
リーズからの通信に続けて、クレアが言う。ウルフだったら問題無いだろう。2人に任せる。
俺の気配察知で確認する限り、本当にあっという間だった。2人は通りすがりにサクッと討伐し、そのまま走り出した。ひき逃げ感覚だな……。
その場に残されたウルフをマジックバッグに詰め込んで後を追う。
しばらく走ると、前を走るリーズが突然止まった。先頭に追いついて前を確認すると、そこには20メートルくらいの壁が立ちふさがっていた。ゴツゴツとした岩の壁だ。
角度はほぼ直角。グラッド教官の感覚で言っても崖だな。俺は問題無いが、みんなにはキツイかもしれない。
「仕方がない、迂回しよう」
「登るわよ」
「何しているんですか? 早く行きますよ?」
ルナが崖に足を掛けながら言う。壁に目をやると、リーズとクレアも登り始めていた。
「必死だな……」
リリィさんが漏らすが、俺も同感だ。ルナとクレアがガムシャラ過ぎる。1秒でも早く森を抜けたいのだろう。
「クレア、無理していないか?」
『してない! 急ぐわよ!』
スマホ越しに必死な声が聞こえる。無理しているんだろうな。
俺は壁に張り付く魔法を習得しているので、崖だろうが壁だろうが苔で滑ろうが関係無い。重力を無視してスルスルと登る。
崖の岩肌には点々と木が生えている。草木を避けながら、みんなよりも先に登りきった。
みんなを引き上げるためのロープを準備していると、みんなが次々と登ってきた。要らない心配だったな。次からはこの程度の崖は登ろう。
「みんなも結構やるじゃないか。こんなに早く登ってくるとは思わなかったぞ」
「ふふん。アタシだって少しは体力が付いたんだから」
クレアが照れながら言う。一番心配だったのだが、もう安心して見ていられるな。
「休んでいる暇はありませんよ。
さあ、早く行きましょう!」
ルナが落ち着かない様子で先を急ごうとしている。ルナとクレアにとっては、ここに留まることがリスクなんだから仕方がないか。
森に長く留まると、それだけ ヤツ(G) に遭遇する確率が上がる。リリィさんとリーズは耐えられるようだが、ルナとクレアは落ち着いて休むことなんかできないだろう。
「ああ、行こうか」
崖の上に生えている木は、下の木よりも太い。やはりスギやヒノキが多いようだが、太くてゴツい木が目立つ。中には俺たちが手を繋いでも囲めないくらい太い木もある。
木を眺めるだけでも楽しい森だと思うのだが、のんびりしている暇は無い。リーズとクレアはペースを落とすことなくどんどん奥へと進んでいる。
今日は足元が悪く、さらに急いでいることもあって隊列の間隔がかなり空いている。スマホで話ができるし、位置の確認もできるので困ることは無いが、少し心配だな。
『何か居る! 大きい魔物が1匹!』
突然リーズから通信が入った。こんな森で大きい反応?
この森では木が邪魔になるから、サイズが大きい魔物は住めないだろう。となると、気配が大きいだけの小さい魔物だ。的が小さいから厄介だな。
迂回した方が楽なんだが、ルナとクレアが納得しないだろうなあ。
リーズに追いついて、先頭から一発撃ち込もう。鉄の弾丸を準備してペースを上げた。
「あいよー。すぐに追い付くから待っててくれ」
『あっ! 大変っ!』
リーズがそう叫ぶと、リーズの通信が途絶えた。何かあったのかもしれない。
『大変です。クレアさんとリーズさんが先に行ってしまいました』
マジかー。クレアはいつもなら真っ先に「逃げよう」と言うくせに、それほど ヤツ(G) が嫌なのか。
リーズとクレアの2人なら問題無いと思うが、一応サポートした方がいいだろう。急ごう。
「俺も先に行く。警戒しながら追いかけてきてくれ」
ルナとリリィさんを残し、前方に向けて駆け抜ける。少し行った所で、俺の気配察知でも捕捉できた。今までに感じたことのない気配だな。
気配は相当大きい。今のところ、魔物は気配の大きさとサイズが比例している。でもこの気配から察するに、金ボア以上の大きさになるぞ。そんなサイズの魔物は、森では暮らせないはずだ。
人間が相手だと、気配とサイズが比例しない。強化魔法や練気法で気配が変わるからだ。もしかしたらこの魔物も、その類の何かを使えるのかもしれないな。
リーズとクレアがすでに交戦中らしいのだが、気配察知では戦況がわからない。予備のナイフを構えて目視できる場所へと急ぐ。
アンチマテリアルライフルの弾丸もスタンバイしている。いざとなったら2人を遠ざけて撃ち込んでやろう。
大きな木の向こう側に出ると、すぐ先で戦闘中の2人を見つけた。敵は大きなワンボックス車くらいの、シカのような魔物だ。金のボアを見たばかりなので小さく感じるな。
ただし、気配だけは金ボア以上だ。グラッド教官の本気モードに少し似ている。練気法か何かで実際の大きさよりも反応が大きくなっているのだろう。
シカの魔物にはヘラのような平たい角が生えていて、その角を利用して体当たりをする。クレアがそれを剣で受け止め、リーズがグレイヴで斬ろうとするのだが、クレアが押し負けた。
自ら後ろに飛んで体勢を整える。リーズも距離を取って構え直した。少し苦戦しているか?
クレアが力で負けたのは意外だったが、時間を掛ければ技術で勝てるだろう。
……いつもなら決着が着くまで助言をしながら見学するのだが、今日はすぐに終わらせた方がいいな。
「2人とも離れろ!」
俺の大声で、シカの意識が俺に向く。顔をこちらに向けて突進してきた。
アンチマテリアルライフルの弾丸を一度消し、特大の弾丸を出す。1.5リットルのペットボトルサイズの鉄の塊だ。普通の弾丸では心許ないが、これなら一撃で終わるだろう。
弾丸を前方に向け……たらダメだ。この先には街がある。貫通した弾丸が街に届くことは無いと思うが、万が一のために横に向けよう。街道がある方向に向けてもダメだ。
クレアとリーズが安全な場所に待避したことを確認し、シカの顔面めがけて弾丸を撃ち込んだ。
『パァァァン! ドシャァ!』
轟音と共にシカの頭が消滅した。シカの気配が霧散し、木に寄り掛かるように倒れていく。
よく考えたら金ボアの例があるから、少し不用意だったかな……。魔法が通る相手なのかは先に確認するべきだな。今回は上手くいったから良かったが、次からは気を付けよう。
「ごめん! ありがとう!」
すぐにクレアが駆け寄ってきた。
「無茶するなよ……。今回は勝てる相手だから良かったが、危ない魔物も居るだろう?」
続けてリーズが駆け寄ってきて、申し訳なさそうに言う。
「ごめん。あたしが気付くよりも先に気付かれてて、こっちに向かってきてたから……」
え? そんなことあり得るんだ……。それは想定していなかった。じゃあこのシカは、リーズよりも気配察知が上手で、クレアよりも力があったのか。とんだ化け物じゃないか。
「アタシもリーズを止めようとしたんだけど、なんだか危険そうだったから……」
「ちょっと想定外の化け物だったな。
隊列の間隔を空けすぎたせいだ。これからは注意しよう」
話をしていると、ルナとリリィさんが追いついた。
「これ……何だったんですか?」
ルナも知らない魔物だったようだ。不思議そうに首を傾けながらシカを見ている。
「デカイ角が生えているシカだよ」
「角……平たい大きな角のことかな?」
リリィさんは腕を組み、難しい顔でシカを観察しながら言う。
「そうだぞ」
頭はもう無い。引きちぎられて彼方へ飛んでいった。探す時間は無いから諦める。
「……神獣エルクだな」
神獣? マジで?
「狩って良かったのかな……」
もし怒られるなら、このまま捨てていくぞ。
「魔物だから大丈夫だろう。神話に出てくる、山に入る人間を許さない凶暴な魔物だそうだぞ。私も見るのは初めてだよ」
普通に害獣ということでいいらしい。それなら回収して売却で問題ないな。頭が無くなったシカをマジックバッグに詰め込んだら再び出発だ。
走り始めて数キロで街の防壁が見えた。エルクが居た場所は、街のすぐ近くだったようだ。特に問題も起きず、すんなりと到着した。
何とか日が暮れる前に辿り着くことができた。結構ハードな山登りだった。みんなも疲労困憊の様子だ。今日は宿を探してすぐに休もう。