作品タイトル不明
どんぐりコロコロ
次の目的地であるビルバオは、山の中にある鉄器の街だ。
近くにある鉱山の町から鉄を運び、ビルバオで加工しているという。鉱山から適度に離れた場所という理由で建設された街なので、かなり辺鄙な場所にある。
アレンシア内で流通する鉄器の多くが、ビルバオで作られているという。急遽決まった行き先だから文句は言えないのだが、そんな街があるのなら、王都での買い物を控えたかったな。
今回は、最低限必要な物だけを揃えて出発する。全力で駆け抜けて、2日でビルバオに到着する予定だ。
案内役のクレアは、地図を確認すると言って先に宿を出た。防壁の門の前で待ち合わせをしている。
「お待たせ」
街の奥から、浮かない笑顔を浮かべたクレアが小走りで来た。
それほど山が嫌なのか……。山には何故か ヤツ(G) が出没するらしい。魔物でもないただの昆虫のくせに、大したヤツだ。
この世界にも多少の虫が居るが、その多くは人間の生活圏内か、森の浅い部分に集中している。たぶん、魔物が餌にしているのだろう。
それなのに、 ヤツ(G) だけは山奥で繁栄を続けている。その不気味さから、アレンシアでも日本と同じようにものすごく嫌われている。
「じゃあ行こうか。クレア、案内を頼む」
「任せといて」
クレアの瞳は不安に満ち溢れているが、強い決意と覚悟を感じる。
地図は冒険者ギルドで自由に見ることができる。マップのような詳細な地図ではないのだが、それでもおおよその位置は把握できたはずだ。
俺たちは朝の鐘が鳴る前に行動を開始したので、他の冒険者や商隊の人たちよりも早く出発することができた。しばらく人に会うことは無いだろう。
アルコイの南には大きな川が流れており、しっかりとした石橋が架けられていた。街道は整った形の石を敷き詰められ、丁寧に舗装されている。
王都からアルコイまでの間もおそらく舗装されていたのだと思うのだが、街道を走っていないので確認していない。
あの時はマップを埋めることの方が重要だったからな。
街道沿いは植林されているのか、等間隔に刈り揃えられた木が立ち並んでいる。死角になって危ない気がするんだけど、何か良いことがあるんだろう。
この木はたぶんクヌギだな。ちらほらとドングリが落ちているのだが、クヌギのドングリは処理が面倒すぎるから普通は食べない。どうせ植えるならスダジイとかブナにしてほしかったな。
と思いつつも、走りながら数個のドングリを拾った。走るペースを落とすわけにはいかないので、いつかのリリィさんのように前転したり側転したりして走りながら拾う。やっぱり無駄に疲れるな……。
忙しくドングリを拾いながら石畳の上を走っていると、前方を走るリーズが足を止めた。
「この先に人がいっぱい居るよー。どうしよう?」
「うーん、とりあえず休憩しながら考えよう」
ここは街道だから、人が居るのは当然だ。この先に居るのは移動中の商隊だと思う。馬車で移動しているはずだから、護衛も含めると結構な人数になるだろう。
この世界に来るまで勘違いしていたのだが、馬車は意外と遅い。護衛の人間は徒歩なので、その速度で進むのだ。大量の荷物が運べるだけで、速度は徒歩と変わらない。
俺たちはそれなりの速度で走っているので、昨日アルコイを出発した商隊に追いついてしまったのだろう。
街道の脇の草原にテーブルを出し、ルナにお茶を淹れてもらった。
今日は時間の余裕がかなりあるので、随所で休憩を挟んでいこうと思っている。どれだけ早く到着したとしても、山の麓で一泊する予定は変わらないのだ。
「ねえ。もう少し行った所で街道を外れようと思ってるんだけど、いい?」
クレアがお茶の入ったカップに口をつけながら、控えめに言う。
「ああ、クレアに任せるよ。自由に行ってくれ」
「そう……街道を走ってる時、妙に楽しそうだったじゃない?」
「そうだな。新鮮な気分だったよ。人が居ないときに思いっきり走りたい。
今日はこの先に人が居るから、いつ街道を外れてもいいぞ。何なら、このまま草原を走ってもいい」
クレアが変な所で気を使っているな。そんなことは気にしなくていいのに。街道はいつでも走れるので、今度気が向いたら走ってみよう。
「じゃあ、そうしましょうか。このまま草原を進むわね」
軽い休憩を終え、出発した。街道を外れた草原は、王都周辺のようにアップダウンが激しくなっている。街道を敷設した時、できるだけ平坦な場所を選んだんだろう。
そして、木が極端に少なくなった。たまにポツンと立っている程度で、見渡す限りの草原だ。薪が無いから大変そうだな。
あ、街路樹は薪になるのか。誰かが定期的に枝を落としておけば、歩きながら拾って焚き火ができるぞ。
くだらないことを考えているうちに、今日の目的地である山の麓に到着した。案の定、とんでもなく早い時間に到着してしまった。このまま山に突貫したいくらいだが、確実に山で一泊することになるので今日はここまでだ。
近くには沢が流れ、適度に平坦な場所だ。少し草を狩る必要があるが、ここなら野営に適している。
「ずいぶんと早かったな」
「街道は結構迂回してるのよね。最短距離だとこんなもんよ」
山に近付けば地面は平坦では無くなる。馬車が通行しやすい場所を選ぶと、街道はどうしても蛇行してしまうだろう。
草刈り魔法(エアカッター) で草を刈ってテントを設営したのだが、まだ日が高い。俺の感覚では、ちょうど昼の鐘がなる頃だろう。
「さて、これから何をしようか」
「思っていたよりも早いですもんね。どうしましょう」
ルナが焚き火台に薪を突っ込みながら言う。
正直、全員が手持ち無沙汰だ。魔道具やポーションを作るには時間が足りない。自由行動といってもできることは限られている。
どうせ暇なんだ。さっき拾ったドングリでも処理しようかな。
「ゆっくりしたらいいんじゃないか?
俺はさっき拾った木の実を処理してみるよ」
「何してるのかと思ったら、そんな物を拾ってたのね……」
「うっ! こんさん、それどうするの?」
クレアが零すと、リーズが心底嫌そうな顔で言った。
「食べるんだよ」
「えぇ……それ、すっごくマズイよ?」
あ、食べたんだ。しかも生で。これはまともな方法では食べられない。下処理に時間が掛かる難しい食材だ。
「たまに冒険者が森で食べてるみたいね。でも、そんな形だったかしら?」
クレアが意外と鋭いな。
たぶん、食べているというドングリはシイかブナだろう。森の中で非常食になり得るドングリは、アクが少ないマテバシイやスダジイだ。
カシやクヌギはアクが酷すぎて、キャンプでは扱えない。家で腰を据えてアク抜きをする必要がある。
「これに似た木の実は多いからな。リーズが食べた物は渋い種類だったんだろう」
渋いドングリは渋柿の2倍以上渋いらしい。俺は両方 齧(かじ) った経験があるのだが、どちらも「吐くほど渋い」という感想しか出なかった。
「じゃあ、それなら渋くないの?」
「渋いな」
「捨てようよー!」
リーズが涙目で訴えるが、今捨ててしまうと暇つぶしができなくなってしまう。夕食までの間、これのアク抜きをして過ごすつもりなんだ。
「渋みを抜く作業があるんだ。今からそれをやるよ」
「へぇ、そんなことができるんだね」
リリィさんが興味深そうにドングリを覗き込んだ。食料が豊富にあるアレンシアでは、ドングリを食べることが一般的ではないようだ。恵まれた国だな。
みんなの注目を集めながら作業を始めた。一番大きいコッヘルに水を張って軽く茹でる。
茹で上がったドングリを見ながら、真面目にやるか即席でやるか迷う。真面目にやると一週間くらい掛かるんだよな。
即席でやるなら、鬼皮と渋皮を剥いて木灰と一緒に3回ほど茹でる。真面目にやるなら、一度天日干ししてから木灰で茹でる。もっと本格的にやるなら、川に投げ込んで3日ほど流水にさらすんだけど、そんな場所は無い。
今回は時間と場所が無いから、味を大幅に犠牲にして即席でやろう。たぶん不味いと思うが、保存がきいて非常食になる。
テーブルの上にドングリを並べる俺に、ルナが話し掛ける。
「では、コーさんがその作業をしている間に、パンを焼きますね」
そう言って、マジックバッグから小さな瓶を取り出した。ポーション用の小瓶だが、中に入っているのはレーズンと謎の液体だ。
パンを焼くところは見たいな。ずっと気になっていたんだ。ドライイースト無しでどうやってパンを焼くんだろう。
「なあ、その瓶は何だ?」
「ドライフルーツの液ですけど……おいしいパンを焼くためには絶対必要です」
ルナは俺の質問に答えてくれたが、謎が新しい謎に変わっただけだ。
「ドライフルーツの?」
「そうです。これを入れると、何故か柔らかくてふっくらとしたパンになるんですよ」
「なるほど」
天然酵母か。話では聞いたことがあるが、そんなに簡単に作れるものだったのか。見る限り、レーズンを水に浸けて放置しただけみたいだ。
たぶん作り方があるんだろう。詳しく聞こう。
「どうやって作るんだ?」
「清潔な瓶にドライフルーツとキレイな水を入れて、3日くらい寝かせるだけですよ」
「ルナは簡単そうに言うけど、実際は結構難しいわよ。
失敗するとお腹を壊すから、ルナに任せておきなさい」
クレアから注釈が入った。
発酵食品だもんな。慣れと経験が必要だ。下手クソが作ったら、たぶん普通に腐るだろう。俺は手を出さないほうが良さそうだ。
「ああ、ルナに任せるよ」
パン生地を捏ねるルナを眺めながら、ドングリのアク抜きを進めよう。
殻を剥いて渋皮を取り除き、木灰を鍋に入れて煮込む。沸騰する頃には紫色の毒々しい泡が鍋から溢れ出した。一度鍋を火から離し、水を入れ替えてもう一度。
「その気持ちが悪い泡は何だ? その実は毒なんじゃないのか?」
俺の作業を見守るリリィさんが、眉間にシワを寄せてつぶやく。
「毒と言えば毒かもしれないな。渋みの元だよ。今はそれを抜いている」
何回か作業を繰り返し、茹でた水の濁りが弱くなったら終了だ。濁らなくなることは無い。何回茹でても濁る。
水を吸って柔らかくなったドングリを違う鍋に移し、木の棒ですり潰す。適度にペースト状になれば完成だ。本当は一度天日干ししてからすり潰した方が良いのだが、今回は我慢だな。
ドングリの処理が終わる頃には、日が暮れる時間になっていた。ルナのパンも焼き上がり、夕食の準備が完了している。
見た目は普通のロールパンなのだが、天然酵母で焼き立て。手作りパンは期待以上の最高の仕上がりだった。ダッチオーブンは買って正解だったな。
「ねー、さっきの木の実はもう食べられるの?」
夕食を終えたところでリーズが言う。みんなも興味津々の様子で俺を見ている。
「食べられなくはないが、オススメしないぞ」
「どういう意味?」
「食べれば分かるよ」
ドングリのパンケーキを作ってみよう。
ドングリペーストを小麦粉と合わせ、砂糖を入れて水で溶く。底が浅いコッヘルを火にかけて両面を焼けば完成だ。小さく切り分けて、みんなに配る。
「うっ……」
「なんというか、独特な味だね」
「食べられない物ではないです……」
「粉っぽくて、パサパサしてるくせにグニュっとしてて……後味も悪いわね」
予想通りの酷評だ。処理も甘いし、調味料も足りていない。
「マズイだろ?」
「そんなにハッキリ言わないでください!」
ルナが困った顔で言う。
みんなも一応言葉を選んで感想を言ったらしい。みんな渋い顔をしていたけどな。
「これが普通は食べない理由だよ。
種類と処理の仕方で味が全く違うんだ。美味しい種類もあるし、これも丁寧に処理すれば美味しくなる」
今回は時間を掛けなかったから、こんなもんだろう。たった1日で処理をした割には美味しくなったと思う。せめてバターと牛乳があれば普通に美味しくなったはずなんだが、残念だな。
みんなには、今度ちゃんと美味しいドングリ料理を食べさせてあげよう。