作品タイトル不明
第133話 リリィ、ぼーけんのおわり
そこは、静かな公園だった。
昼下がりの陽射しにベンチが白く光り、すべり台の影が伸びている。
リリィはベンチに腰掛けると、リュックの中をがさごそと漁り始めた。
林檎、パン、にんじん、とうもろこし、ネギ、スナック菓子──どんだけ貰ってきたんだ。まるで市場で買い出しを済ませた主婦みたいだぞ。
「くまたんはやさいがかり」
「きゅー!」
差し出されたにんじんに、くまたんが「こんなご馳走頂いていいんですか?」と言わんばかりに飛びつく。実際は、嫌いな野菜を押し付けられているだけだが、この世には知らない方がいいこともある。
「ぽよぽよはこっちね」
今度はとうもろこしだ。粒をいくつか千切って、ぽよぽよの上にぽとりと落とす。ぽよぽよはぷるぷると震えながら、それを吸い込んでいった。自分は我慢してソーセージを食べさせたという肉屋から聞いた話とは様子が違うが、ちゃんと世話しているのは偉い。
リリィはパンを頬張りながら、空を見上げて笑っていた。小さな靴がぱたぱたと地面を叩く。 ………その姿を眺めているだけで、胸の奥がじんわり温かくなってくる。
「まったく……心配かけやがって」
思わず小声で漏れたため息は、疲労でも呆れでもない。
さっきまでの焦燥が、嘘みたいに胸の中からスッと抜けていく。
リリィは食べ終えると、くまたんとぽよぽよを引き連れて遊具へ駆け出していった。滑り台を勢いよく滑り降り、次はブランコを限界まで漕ぐ。勢いに耐えきれず、足の間に挟まれていたぽよぽよが勢いよく吹っ飛んだ。くまたんはと言えば、滑り台の頂上でビビり散らかし、どうしても一歩を踏み出せないでいた。上から必死に助けを求めているが、リリィはもう別の遊具に夢中で気付く気配がない。
結局くまたんは全身でブレーキをかけながらずるずると斜面を滑り降り、泣きながらリリィの元へ駆け寄った。リリィがわしわしと撫でまわすと、機嫌はあっという間に回復する。
「あははっ、あははははっ!」
リリィの笑い声が、公園の空気を揺らしていた。
陽射しは柔らかく、木漏れ日が一人と二匹の上にまだら模様を落としている。
くまたんは砂場を掘り返して小山を作り、ぽよぽよはその山の上でぷるぷると震えていた。まるで城の天辺に立つ勇者みたいだ。
リリィは手にした木の枝を剣のように振り回す。
「くまたんが、まおーで──ぽよぽよが……えっと……ひっさつのまほー!」
設定は壊滅的に支離滅裂だが、当人たちはいたって真剣だ。くまたんが派手に倒れ込み、ぽよぽよがリリィの頭の上に飛び乗ると、リリィは腰に手を当てて胸を張った。
「りりーのかちー!」
……この時間が、永遠に続けばいいのに。
リリィの成長を見届けるのが楽しみな反面、いつかこの手を離れてしまう日が来るのだと思うと、胸の奥が少しだけきゅっと締めつけられる。
ほんの一年前まであんなに暗い目をしていたリリィが、今はこうして友達に囲まれながら『冒険』をしてるんだ。
何かを見つけて、何かを失って、また何かを拾って。
きっと、これからもそうやって世界を知っていくんだろう。
「……はぁ」
思わず漏れたため息は、どうしようもないほど穏やかな安堵のため息だった。
俺はベンチの影から、そっと顔を出す。
リリィは滑り台の上で両手を広げ、くまたんとぽよぽよが下で見上げている。
「とーっ!」
リリィが立ったまま滑り台を駆け下りる。小さな雄叫びが、空へと溶けていった。
お宝もない。敵もいない。けれど、どんな旅よりも尊くて眩しい冒険。
「……帰ったら、ジークリンデに報告してやるか」
あの堅物がどんな顔をするか、ちょっとだけ楽しみだ。
……が、その前に。
「リリィ! パパも混ぜてくれー!」
ちょっとくらい一緒に遊んだって、罰は当たらねぇだろ。