作品タイトル不明
第123話 ヴァイス、久しぶりの早起き
翌朝、夜明けと同時に地獄が始まった。
「ヴァイス、起きろ。もう六時だ」
「……んだよ、まだ夜明け前じゃねぇか……」
「夜明け前ではない。カーテンの隙間を見ろ。太陽は既に顔を出している」
寝ぼけ眼をこすりながら時計を確認すると──針は確かに六時を指していた。
平日の俺は七時過ぎの起床。休日ともなれば昼くらいまで寝ているのが常で、しかもリリィの揺さぶりがないと起きないという怠惰っぷりだった──が。
その怠惰生活にも、今日で終止符が打たれるらしい。
ぼんやりした視界の中で、ふと気付く。ジークリンデの隣にリリィが立っていた。それも明らかに朝イチの佇まいじゃない。まるで訓練された兵士のようにしゃきっとしている。
一足先にジークリンデにやられたな、こりゃ。
「リリィ、眠いならまだ寝ててもいいぞ? 折角の夏休みなんだからな」
「ほんとっ!?」
「ダメだ。ヴァイス、ふざけたことを言っている暇があるならさっさと顔を洗ってこい」
「はいはい……」
命令されるがまま、洗面所で顔を洗う。戻ってくるとリリィが小さな箒を片手にリビングをちょこまかと動き回っていた。楽しそうに見えるのは恐らく現状を理解してないからだろう。
なあリリィ……俺たち、これから毎日この生活なんだぜ。
「まずは朝の掃除だ。ヴァイス、お前は自室の整理整頓から始めろ」
「掃除? いや、俺の部屋はそんなに散らかってねぇぞ」
「机の上、服の山、ベッドの下の埃──全て私の許容範囲を超えている」
「許容範囲ってなんだよ……そもそもお前だって家じゃメイドに全部やって貰ってたじゃねえか」
「家ではな。職場では全て自分でこなしている。当然、出張先でもだ」
そう言われれば仕方ない。そもそも、こいつが整理整頓の鬼だってことは学生時代に身に沁みてる。分かっててちょっと噛みついただけだ。
部屋に戻って掃除を始める。俺の基準だとこれは汚れてるうちに入らないんだが、綺麗にしないと終わらなさそうだしな。手早く服を集めて洗濯用のカゴに放り込んだ。あとでまとめて魔法で洗濯だ。
リビングに戻ると、リリィが楽しそうに「ぴかぴか~♪」と歌いながら床の埃を掃いている。
「リリィ、リビングが終わったら俺の部屋もお願いしていいか?」
「はーい!」
「……ヴァイス」
鬼教官は少しのサボりも見逃さない。
「どうせならまとめてやって貰った方がいいかと思ってな。ダメか?」
「……確かに、理には適っている。掃き掃除はリリィちゃんに任せよう」
が、少しは話を聞いてくれるらしい。
「じゃあ俺は全体的に片付けでもするか。お前の部屋も片付けてやるよ」
「なっ、いや、わ、私の部屋は大丈夫だ」
「遠慮すんなよ。まだ荷解きも終わってないだろ?」
元々、掃除は嫌いじゃない。ただまとめて一気にやるタイプというだけだ。一度始めてしまえば、寧ろちゃんとやらないと気持ち悪いくらいだった。
俺は勢いのままにジークリンデの部屋のドアに手をかけ──
「ま、待て! ヴァイス、私の部屋に入るなっ!」
ジークリンデが飛び出してきた。
ここまで焦るなんて早々あることじゃない。部屋で魔物でも飼っていてもおかしくない焦りようだが、リリィじゃあるまいしそんなことはしないだろう。顔を赤くしているところから察するに──
「──もしかして、何か見られたくないものでも隠してんのか?」
「っ……!」
ジークリンデの肩がビクッと跳ねた。どうやら図星だったらしい。その反応が面白くて、つい意地悪をしたくなる。
「さてさて、お前の秘密を拝見して──」
「するなッ!!」
風を裂く音。手刀が俺の顔の横を掠める。冗談抜きで殺る気の速度だった。
「お、お前……仮にも夫に対して……」
「うるさい! 仕方ないだろう、荷解きの途中なんだから!」
今まで見たことないような剣幕に、流石の俺もちょっとビビった。
「……ま、まぁ、そういうことなら今日は触らないでおくよ」
「最初からそうしろ!」
バタン──とドアが閉まり、向こうからガタガタと何かを片付ける気配が聞こえた。
「危なかった……私が恋愛小説など読んでいるとバレたら……」
ぶつぶつと何かが聞こえてくる。そっと扉に耳をつけてみたが、物音にかき消されて上手く聞こえなかった。まあ今日の所は勘弁しといてやるか。
「ぱぱー、ほこりいっぱいとれた!」
リリィの明るい声がリビングから響く。見れば、リリィが小さな手をほこりで一杯にしながら喜んでいた。
「リリィ、汚いからほこりは触っちゃダメだぞ」
──俺は意外とジークリンデのことをよく知らないのかもな。
学生時代から約十年、当然俺はあの頃の俺じゃないし、ジークリンデだってあの頃のジークリンデじゃない。変わってないように見えても、十年分の成長はある。同じ家で暮らせばそういう部分にも気が付いていくんだろう。
アイツの新たな一面が見られるのは楽しみだ。昔からアイツは見ていて飽きないからな。