軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

06.

そうしてメアリと共に屋敷へ戻ったジュリエットだったが、そこで思いも寄らぬ光景に遭遇した。

敷地内に四頭立ての馬車が停まっており、その周囲に使用人たちが人だかりを作っているのだ。

「お客さまでしょうか」

「でも、お父さまもお母さまも、何も仰っていなかったけれど……」

メアリと話しながら、ふと馬車に彫られた紋章を見たジュリエットはぎょっとした。

大白鷹を模した紋章――アッシェン伯爵家の馬車だ。

(アッシェンの馬車が、どうして……?)

もしや、エミリアかオスカーの身に何か起こったのだろうか。

急く足で邸内に向かおうとしたジュリエットは、しかし馬車から降りてきた人影を見た途端、はっと足を止める。

「旦那……さま?」

その姿は、ジュリエットが知っているものと少しだけ違った。

長かったはずの髪はすっきりと短くなって後ろに撫でつけられ、喪服のような黒一色だった衣服は、紺色と銀を基調とした華やかなものに替わっている。

ジュリエットはふと、彼との別れ際に自身が告げた言葉を思い出した。

――旦那さまはただでさえ誤解されやすいんですから、その適当に伸ばした髪をきちんと切って、流行の服に身を包んで。

そして何より目を引いたのは、彼が片手に抱えている小さな白薔薇の花束だ。

(わたしの大好きな、花……)

そしてそれは恐らく、かつて彼がリデルへの求婚の際に使った時と同じ本数の。

花束を携えた美丈夫の登場という非日常的な出来事に、遠巻きに馬車を見ていた使用人たちがざわめき始めた。

「誰なのあの方は!? どこのお貴族さまなの!?」

「とんでもねぇ美男子だな! まるで物語の騎士さまみてぇだ」

「とんでもない美形だって!? ちょっと、アタシにも見せとくれよ!」

「もう、押さないでよ! わたしが先に見てたんだから!」

そんな騒ぎを、オスカーは意にも介さない。外套をはためかせながら、まっすぐにジュリエットのもとへやってくる。

その足取りに、表情に、迷いはない。

「どうして……」

胸を詰まらせ、口元を押さえながら、ジュリエットはようやくそれだけを紡ぎ出した。

ジュリエットの一歩手前で足を止めたオスカーが、ふっと目元を和らげ、困ったように笑う。

「――すまない。来世まで待てなかった」

その、短い言葉。

しかしそれはジュリエットにとって、彼がここに何をしにきたのか察するに余りあるほど、重い言葉だった。

「エミリーに言われたんだ。わたしは自分で幸せになるから、わたしのために自分の幸せを諦めないでほしい――と」

まさかエミリアがそんなことを言うなんて、想像もつかなかった。

けれど、ジュリアも言っていた。

――エミリアはきっと、あなたが思っているほど子供じゃないわ。あの子は自分で幸せを掴める。それだけの力を持っているの。

「いつまでも、子供だと思っていた。守ってやらなければいけない存在だと思っていた。だが……あの子はきっと、我々が思うよりずっと強い子だ」

「……そうだとしたら、それはきっと、これまであの子を育ててきたあなたのおかげです」

「私は、貴女に似たと思っているが……。娘に背中を押されるまでここに来る決心がつかなかったなんて、我ながら情けない話だ」

オスカーはそう言って、少し照れたように笑った。けれどすぐにその笑みを消し、真面目な表情に戻る。

「顔を上げて、前を向いて生きてほしいと貴女は言った。それが、貴女と共に歩む明日ではいけないだろうか。貴女と共に、築いていく未来ではいけないだろうか」

言いながら、彼はジュリエットの前で跪いた。

王に忠誠を誓う騎士のように真摯な眼差しで、静謐な姿で。

その姿に、使用人たちが思わずため息を零したほどだ。

「こんなことは、過ぎた願いかもしれない。けれど、言いたいことを言えずに後悔する経験はもうしたくないから」

微かに震える声を上げ、震える手で花束を差し出しながら、オスカーは告げる。

緊張――否、恐れているのだ。

勇猛果敢と謳われた氷の騎士が。

武に長けた騎士でも、残酷な敵兵でもない。たったひとりの女性に拒絶されることに震え、怯えている。

それでも彼は、もう逃げなかった。かつてのように己の感情をごまかしたり、隠したりすることもなく、ただひとりの男としてまっすぐな気持ちでジュリエットに向き合う。

「ジュリエット・ディ・グレンウォルシャー。どうか、私の妻になってほしい。生涯の伴侶として、私の側にいてほしい」

使用人たちがどよめきの声を上げる。

しかしジュリエットの耳に、彼らの声は届かない。

オスカーの求婚の言葉で頭も胸もいっぱいで、それどころではなかったのだ。

「わ、わたし……」

アッシェンに戻って、オスカーに想いを伝えようと思っていた。

今世で結ばれないまでも、せめて言いたかったことだけは伝えておこうと――今度こそ後悔したくないからと――そう思っていた。

だからまさか彼のほうも同じことを考えているなんて思ってもおらず、動揺してしまう。

それと同時に、嬉しかった。

嬉しくないはずがない。初恋の人なのだ。命をかけて、愛した人なのだ。

だけど。

「……今のわたしは王族ではありません」

「私は別に、リデルが王族だったから求婚したわけではない」

「それにわたしは、リデルとは全然違う見た目ですし……」

「私は、貴女の純粋で美しい心に惹かれたんだ。容姿が違ったところでなんの問題がある?」

「でも……」

「私が、〝貴女〟がいいと言っているんだ。これ以上の理由が必要か?」

力強い言葉は、迷いや不安に揺れていたジュリエットの心をまっすぐに射貫く。

彼から望まれている、そのことが堪らなく嬉しくて、気づけば両目からぽろぽろと涙が零れだしていた。

「ジュリエット……泣かないでくれ。貴女が嫌なら、無理強いはしない」

慌てたように、オスカーが言う。

ジュリエットは無言で首を横に振り、そして言葉を詰まらせながら、涙声で問いかけた。

「わ、わたしでいいのですか……?」

望まれない花嫁だったけれど、もう一度、彼に恋をしてもいいのだろうか。

もう一度、彼の妻になってもいいのだろうか。

オスカーは涙を流すジュリエットの手を優しく取って、握りしめる。

「貴女がいいんだ」

その手はどこまでも温かく、ジュリエットはそれからしばらく子供のように泣きじゃくり続けたのだった。