軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

07.

やがてジュリエットがようやく泣き止んだ頃、オスカーとジュリエットの様子を見ていた使用人たちの間から、囁き声が聞こえてきた。

「それで、求婚は成功したのかい? お嬢さん、泣いてるみたいだけど」

「ばか、ありゃうれし泣きだよ。そんなこともわからないのかい。まったく、これだから男は……」

「だけど、来世とか王族じゃないとか、一体何の話だったんだ?」

「さあ……アタシにもさっぱり……」

その時になってジュリエットはようやく、自分たちが人目も憚らずそういった言葉を使っていたことに思い至った。

事情を知らない周囲の者たちにとって、ふたりの会話ははまったく意味がわからないものだっただろう。

どう釈明すべきか。

焦りながら言い訳を考えるジュリエットを尻目に、ざわつく使用人たちを取りなしたのはメアリだった。

彼女は咳払いをし、さもそれが常識かのように語り始める。

「――貴族の方々の会話は、時に迂遠な表現や詩的な言葉を用いるもの。我々のような身分の者には理解できなくても当然です」

淡々としたメアリの説明に、使用人たちはたちまち合点がいったというような反応をする。

「おお、なるほど!」

「さすがお嬢さま付きの侍女、詳しいねぇ」

一体メアリは、どこまでジュリエットの事情を察しているのだろうか。

何か分かっているのかもしれないし、何も分かっていないのかもしれない。

まじまじとメアリの顔を見たジュリエットだったが、彼女はただ、いつもと同じように微かに笑うだけだった。

――その後、騒ぎを聞きつけた両親が外に出てきてからは、ちょっとした騒ぎになった。

他領の領主が突然やってきて「お嬢さんと結婚させてください」などと言い出したのだ。

父は卒倒しかけ、母は信じられないというように目を丸くしていた。

だが意外にも、先に我に返ったのは父のほうだった。

「ひとまず、本日はお引き取りを」

冷静に告げられ、オスカーは突然訪問した無礼を謝罪し、去って行った。後日改めて、フォーリンゲンを訪ねてくることを約束して。

オスカーが再びやってくるまでの間、ジュリエットは何度も何度も両親の説得を試みた。

両親は、初めのうちは難色を示した。

オスカーは身分としては申し分ないが、寡夫で、子供もいる。しかもかつての妻は、元王女だ。

いくつも年の離れた 子爵令嬢(下級貴族) を後妻として迎えることに、世間の向ける目は優しいものばかりではないだろう。

そうでなくとも、もっと色々なものを見て、経験して、様々な人と出会ってから将来を決めるのでも遅くはない。もっと、他に幸せになれる人がいるのではないか。

そんな風に思う親心は、ジュリエットにもよくわかった。

だけど、もう諦めたくなかった。

大切な人たちに応援してもらって叶えた恋を、もう二度と手放したくはなかった。

しつこく粘り続ける娘の態度に、両親はやがてとうとう根負けしたらしい。

「お前が生半可な覚悟でないということは、よくわかった」

「あなたがそこまで言うのなら、お母さまたちはあなたのことを応援するわ」

そう言ってジュリエットとオスカーの結婚を認めたのは、オスカーとの話し合いの前日のことだった。

手土産を持ったオスカーが、彼にしては珍しく緊張した面持ちでフォーリンゲン子爵家の扉を叩いた日。感極まった父が、半泣きになりながら「娘を不幸にしたら絶対に許さない……」とオスカーに詰め寄り、なぜか突然秘蔵の酒を飲んで号泣し始めたことは、後々まで家族の間で笑い話として語り継がれることとなった。

そうしてオスカーとの仲を両親から認められたジュリエットがまず真っ先にしたのは、エミリアに会いに行くことだった。

アッシェンを去る際に手紙は渡したけれど、誘拐事件以降彼女とはまともに話せていない。

オスカーは、今回の件でエミリアが背中を押してくれたと言った。ふたりの結婚も、快く受け入れてくれていると。

でも、本当は無理をしているのではないか。嫌な気持ちになっているのではないか。

そんな風に心配する気持ちもあった。

けれど彼女と再会して、そんな考えは杞憂に過ぎなかったと思い知る。

「――ジュリエット!」

オスカーと共にアッシェン城へやってきたジュリエットを見るなり、エミリアはドレスの裾をからげながら駆け寄ってきた。

そしてジュリエットが家庭教師として初めてアッシェンの門を潜ったあの日と同じように、力一杯抱きつく。

「会いたかった……!」

「エミリアさま……」

「ごめんなさい……本当にごめんなさい……!」

エミリアはそれきり、嗚咽を零してジュリエットの胸に顔を埋めるばかりだった。

溢れだした涙がドレスをしとどに濡らす。

もう、ふたりの間にそれ以上言葉は要らなかった。

ジュリエットはあの日より大きくなったエミリアの身体を抱きしめたまま、彼女の背中を撫で続ける。

まるで泣きじゃくる赤子を慰めるように、どこまでも優しい手つきで。