軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

05.

パチリ、パチリと軽快な音を立てて、農夫が枝を剪定していく。

ジュリエットとメアリは農婦たちに交じり、落ちた枝を籠の中に放り込む作業に没頭していた。

秋から冬にかけての、ぶどう園恒例の光景。良い枝に栄養を行き渡らせるため、不要な枝を切っていくのだ。

「すみませんねぇ、お嬢さまにメアリさん。戻ってくるなりお手伝いさせちゃって」

手際よく枝を拾いながら、農婦のひとりが話しかけてくる。すると側にいた他の女たちも、口々に声を上げた。

「なんせ熱が出て寝込んでるとかで、一気に五人もお休みをとっちゃったもんで」

「でも、お嬢さまは嫁入り支度の最中なんだろう? 農作業なんてさせていいのかねぇ」

「そんな、気が早すぎるわ」

農婦たちの言葉に、ジュリエットは苦笑する。

確かに、社交界というのが結婚相手を探す場所であることは間違いではない。

近頃の両親の態度からも、社交界デビューによって娘が良い相手と巡り会うよう願っていることが、ひしひしと伝わってくる。

(だけど今はまだ、そんなことは考えられない)

喉元まで出かかった言葉を、ジュリエットは寸前で呑み込んだ。

実家に戻ったジュリエットは、こうして農作業の手伝いをしたり、母に付いて家政を学んだりしながら日々を過ごしている。

社交界デビューまであと一年。最後の仕上げをすべき時期に農作業の手伝いをすることについて、両親は若干渋い顔をしていたが、ジュリエットがどうしてもと言えば反対はしなかった。

きっと、誘拐された娘に気を遣っているのだろう。

そういえばメアリも、アッシェン城を出てから以前にも増してジュリエットの側にいたがるようになった。

申し訳なく感じる反面、詮索せずにいてくれるのをありがたいと思う。

(旦那さまとエミリアさまは、お元気かしら……)

エミリアのためと言って城を出たことに、後悔はない。

だけど、どうしても二人のことが頭から離れない。

エミリアは無事に、オスカーの誕生日会を終えられただろうか。オスカーは娘の作ったサンドイッチを、喜んだだろうか。

二人とも、風邪を引いたり体調を崩したりはしていないだろうか。

そんなことを、未練がましく考えてしまう。

(旦那さまには、前を向いて生きてくださいなんて偉そうなことを言っておきながら……)

――別にいいんじゃない?

枝がいっぱいに入った籠を見つめながらため息をついたその時、頭の中で声が響いた。

初めの頃こそ一々驚いていたものだが、今やすっかり 彼女(、、) の存在にも慣れてしまった。

(久しぶりね。ジュリア。あれから何度か話しかけたけれど、お返事がなかったから心配していたのよ)

イーサンに誘拐されたあの夜。馬車の中でジュリアが呼びかけてくれたことがきっかけで、ジュリエットはリデルとしてのすべての記憶を思い出した。

そのことに礼を言いたかったのに、あれ以来ジュリアはうんともすんとも言わず、もしかして消えてしまったのではないかと不安に思っていたのだ。

だけど彼女の声は相変わらず元気そうだった。

――心配かけてごめんなさい、と言いたいところだけれど、今はわたしのことじゃなく自分のことを考えたほうがいいわ。

(自分のこと?)

――ええ、そうよ。前を向くとか向かないとか、まるであなたは、 過去(後ろ) を振り向くことが悪いと思ってるみたいに見えるわ。

思いもよらぬ言葉に、ジュリエットは瞬きを繰り返した。

悪いも何も、それが一般的な考え方ではないか。過去を振り向いてばかりでは、いつまでも前を向くことはできない。

(わたしも旦那さまも、今を生きているの。だから、前に進まないといけないのよ。そうしなければ、エミリアも不幸になってしまう)

それにこの身体は、ジュリアから譲り受けた大切な身体だ。彼女が生きられなかった分、代わりにジュリエットが『ジュリエットとしての人生』を懸命に生きなければならなかった。

寄り道をしている時間など、本来はなかったはずなのだ。

――そんなこと、わたしが望んだかしら。

(そ、それは……。違うけれど)

呆れたように問われ、ジュリエットは思わず言葉を詰まらせた。

そんな質問、されるなんて思ってもみなかった。彼女だって当然、それを望んでいるはずと決めつけていたからだ。

――あのね、ジュリエット。ミーナも言っていたでしょう? 自分の心に正直に、自分の幸せのために生きてって。それなのに、あなたって生まれ変わっても他人のことばかり。

(……それは、でも)

――でも、じゃないの。

言い訳をしようとするジュリエットの言葉をぴしゃりと封じ込め、ジュリアは少し厳しい口調で語りかける。

――いい? あなたの人生は、あなたのためのものなの。エミリアとわたしのことを、幸せを諦める理由にしないで!

頬を軽くはたかれたような心地だった。

ジュリエット自身にそんなつもりはなかったけれど、確かにジュリエットの言葉は、他人を理由に自分の幸せを手放したように聞こえたかもしれない。

――エミリアはきっと、あなたが思っているほど子供じゃないわ。あの子は自分で幸せを掴める。それだけの力を持っているの。それにわたしだって、あなたが思う以上にあなたの幸せを願ってるのよ。

(ジュリア……)

――あなたは今度こそ幸せになっていいの! だって、一生に一度の恋だったんでしょう? 自分が不幸になっても、命を落としてでも、彼の幸せを願ったんでしょう? それはあなたにとって、悔いることでも恥じることでもない、誇るべき過去のはずよ!

(ええ……。ええ、そうよ)

――だったら、過去を振り返ることの何が悪いって言うの!? 誰だって、過去があるから今がある。過去を抱えたまま、未来を生きればいいじゃない!

深い森の中の霧が晴れるように、閉ざされていたジュリエットの視界が広がる。

力強いジュリアの言葉は、迷いに揺れていたジュリエットの心に染み渡るように、勇気を与えてくれた。

「お嬢さま、どうなさったのですか? お加減でも……」

いつの間にか枝拾いの手を止め、突っ立ったままの状態になっていたジュリエットを心配し、メアリが声を掛けてくる。

つい今まで頭の中にいたはずのジュリアの気配は、すっかりなりを潜めていた。

「――ごめんなさい、メアリ。わたし、行かないといけないところができたの。……付いてきてくれる?」

突然のジュリエットの問いかけに、メアリは一瞬驚いたように目を瞠る。

しかし彼女は彼女で、このところのジュリエットの様子に思うところがあったのかもしれない。

「このメアリ、お嬢さまの行くところならばどこへなりと」

そう言って、力強く頷くのであった。