軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

薄日さす‐6

『よくやったわ、コニー。これで言質は取れたわね。何をしたっていいって』

「そこまでは言われてない」

楽し気に声を弾ませるスカーレットに向かってコニーは真顔で告げた。

校舎内はすぐにも朽ちそうな外見に反して真新しかった。やはりもともとは教会だったらしく、入ってすぐに 半円(アーチ) 状の窓が連なる廊下が現れ、そこから木漏れ日が差し込んでいる。窓は庭に面しているようで、遠くからきゃあきゃあと楽しそうな子供たちの声が聞こえていた。

そのまま陽の当たる廊下を進んでいくと、最奥に飾り彫りが施された扉を見つける。

「クラバート氏の私室だな」

すぐ後ろに立っていたランドルフが告げた。見れば、クラバート・バーツという 名札(ネームプレート) が扉に打ちつけられている。

故人の名を変えなかったのは単に気がつかなかったからなのか。

それとも、まだ、この場所には 彼(か) の人が必要だと思ったのか。

『――もう。ぼけっとしてないでさっさと入りましょう。ここまで来たんだもの。好きにやらせてもらうわよ』

入室を 躊躇(ためら) っていると、呆れたような声が降ってきた。身も蓋もない言い方にさらに良心が咎めたが、言葉が壊滅的に悪いだけで確かにスカーレットの主張にも一理ある。

コニーは覚悟を決めると、そっとドアノブに手をかけた。

鍵は、かかっていなかった。

錆びついたような音とともにドアが開く。室内は書斎を改装したのか四面を本棚で囲まれていた。ただ、立派なのは棚の外側だけで肝心の中身はほとんど入っていない。それも翻訳に使うような分厚い外国語の辞典や、何やら難しそうな歴史書の類ばかりである。

窓際に置かれたサイドボードつきの重厚な机の上には書類が散乱しており、経理関係の本も積み上げられたままだった。

どうやらクラバート氏はあまり片づけが得意ではなかったらしい。埃を被ったままの家具から推測するに、ジョセフィンはここにはほとんど立ち入ってなかったのだろう。

『……確かにこの筆跡は借用書のものと同じね』

机の上の書類に視線を落としていたスカーレットが、顎に指を当てながら呟いた。

『とりえず“青の秘蹟”を探しましょう。このままだと、いつあいつらに盗まれるかわからないもの』

それから室内をぐるりと見渡す。

すると、ふいにその視線が一点でとまった。

『――ああ、きっとあそこね』

スカーレットが指差したのは、四面の本棚の中で唯一、上部に鍵付きのガラスキャビネットを持つものだった。

『その男は聖職者だったんでしょう? しかも学者。よっぽどの人格破綻者でなければ、稀少な神学書を無下に扱ったりはしないはず。この部屋で鍵のかかる本棚はあそこにあるものだけよ』

「なら、ジョセフィンさんに鍵を貸してもらわないと……」

一度戻らなければ、とコニーが踵を返そうとすると低い声が落ちてきた。

「あれを開けたいのか?」

「へ?」

コニーが振り向くと、ランドルフが懐から針金のようなものを取り出しているところだった。

頼れる婚約者殿はそのままキャビネットに近づくと、一切の 躊躇(ちゅうちょ) もなく慣れた手つきで鍵を外していく。言うまでもなく犯罪行為である。もちろんコニーは空気の読める立派な 淑女(レディ) であり、わざわざ藪で蛇をつつくような真似はしたくないので言わないが。

けれど心の声がうっかり顔に出ていたのか、ランドルフはどことなく気まずそうな表情でこう言った。

「……確か、さっき叔母上が捜査に必要なら何をしてもいいと」

「そこまでは言われてない」

なにこれデジャヴ。

無言のまま互いに見つめ合っていると、キャビネットの中身を確認していたスカーレットが、ふん、と鼻を鳴らした。

『年代物のアンティーク品の中に明らかにみすぼらしい本が一冊――これじゃあ見つけてくれと言っているようなものじゃない。クラバートって男は恐ろしいほどに善人だったのね。コニー、その 襤褸(ぼろ) 雑巾のような本を調べてみて』

言われた通り手に取ってみれば、それは正確には本ではなく、本を模した収納箱のようだった。

恐る恐る蓋を開ければ中から美しい装丁の施された古書が現れる。青の秘蹟だ。

そして、箱の中身はそれだけでなかった。

「封筒……?」

真新しい白い封筒がそこにあったのだ。

差し出し人はクラバート・バーツ。その下に書かれていたのは――

「“この知識を親愛なるジョセフィン・ブランドンに”」

日付は最近のものだった。おそらく亡くなる前に認めたのだろう。

そのことに気がついたコニーは呆然と呟いた。

「……やっぱり、クラバートさんはこの本を売るつもりなんてなかったんだ」

金貸しに泣きついたのであれば、こんな風に手紙を残しておくはずがない。

「ってことは、あの借用書も偽物で――」

『筆跡は本物だったわ。ということはあの借用書も本物ね』

「そんな……」

それでは八方塞がりではないか。コニーはぐっと唇を噛みしめた。

傍らにいたランドルフもわずかに眉を顰める。スカーレットとの会話がわからなくても、コニーの態度や言葉から状況を察したのだろう。

『でも――』

その時だった。

歌うように軽やかな声が、まるで天啓のように頭上から降ってくる。

『だからといって、今見えているものが真実ばかりとは限らない』

「……え?」

その台詞にコニーは思わず顔を上げる。

スカーレットはひどく愉しそうに 紫水晶(アメジスト) の瞳を細めると、クラバート・バーツの書斎を一瞥した。

『だってこの部屋には――あるべきものが少なすぎるもの』