作品タイトル不明
第266話 相撲っぽい何か
久遠を招待した夕食は、ありがたい事に比較的平和なものになった。とは言え、美味しい美味しいと連呼しつつ、大量の料理をその小さな体に次々と収納していくその様は、第三者からすれば相当に衝撃的な光景ではあったのだが。俺の言う平和的とは、あくまでも比較対象をメルとした時の言葉だ。なので、一般的なそれとは大きく意味合いが乖離している可能性があるのを、頭に入れておいてもらいたい。
「メル未満、シルヴィア以上ってところかな……」
「んふぇ? ングング…… ケルヴィン君、何か言った?」
「いや、きっと気のせいだ。俺の事は気にせず、思う存分に食ってくれ」
「わーい、いただきまーす!」
うん、見慣れたブラックホール具合いな胃袋だ。明らかに肉体の体積以上の料理を食ってるってのに、全く腹が膨らんでいない。メルやシルヴィアもそうだけどさ、胃に入った途端に圧縮でもしてんのかね? けど、今俺が一番気にしているのは、そんな事ではなく―――
「―――ちなみにだけど、食後の運動は問題なくできそうか? 見た感じ、結構な量を口にしているように見えるんだが」
「ん~、大丈夫大丈夫~。私、寝ている時も食べてる時も、いつでも関係なく戦えるように慣らしてるから、お気になさらず~。ハグハグ!」
「なるほど、常在戦場って訳だ。良~い言葉だよな、常在戦場」
「えっ、四字熟語の話? おばさんは満漢全席の方が好きだなぁ。誕生日とかに、よく娘に作ってもらったんだ~」
「娘になんてものを作らせてんだよ。それ、絶対に家庭で作れるようなもんじゃないだろ」
とまあそんな感じで、何を言っても食に結び付けてしまいそうな久遠であるが、それから数十分ほど経過して、漸く彼女の腹は満たされたようで。
「ふう、満腹満腹♪」
テーブルの上が空になったその瞬間、久遠が満足そうに腹を撫でた。その言葉の通り、どうやら満腹になってくれたようである。
「わ~、ホントにメル様みたいな食べっぷりだったね~。世界は広いなぁ」
それまで調理場で激闘の繰り広げていたリュカも、この時には食堂に顔を出していた。いやはや、エフィルの不在の中、よく頑張ってくれたものだよ。メルの代わりに花丸をあげたいくらいだ。
「でしょでしょ? 世界は思ったよりも広いんだよ~。まっ、おばさんは別世界の出身なんだけどね!」
「別の世界? んーよく分からないけど…… 凄いって事は分かった!」
「えへへ、ありがとね~。でも凄いと言えば、君もすんごく凄いと思うよ? ご馳走になったあの料理、君が作ったって聞いてビックリしちゃった! シェフ、シェフを呼んで! って、そう叫んじゃうくらい美味しかったもん。特にシチューが絶品!」
「本当に!? シチューはね、お母さんから作り方を教わったんだ~♪」
「そうなの~? 是非とも未来永劫、あの味を伝えていってもらいたいものだよ~」
エリィ直伝のシチューを褒められ、リュカは大変にご機嫌な様子である。食後に形成される、ほんわか空気…… も、良いんだけどさ。
「久遠、そろそろ地下鍛錬場に行かないか?」
こっちは食後の運動をしたくて、居ても立っても居られない状態なんだ。そう、ほんわか空気を真っ向から打ち破れる程度に、居られない状態なのである。
「っと、そうだったそうだった。シェフ、君も観戦しに来ないかい? 君のご主人様に土が付く、珍しい光景が見られるかもよ?」
「おいおい、言ってくれるじゃないか」
俺には分かる。久遠は決して大口を叩いている訳じゃない。自然とそう口にしてしまうほどに、自信に満ち溢れているんだ。
「んー、洗い物が終わったらね! ご主人様、割と模擬戦で土が付く事多いし、特に珍しくもないから!」
「えっ? ……そうなの~?」
「………」
思わず視線を逸らしてしまったが、俺には分かる。久遠のジト目から繰り出される視線が、俺に深々と突き刺さっている事を。
うんうん、リュカは仲間内でやる模擬戦をよ~く観察しているなぁ。偉いぞ~。偉いけど、今それは言ってほしくなかったなぁ。ほら、俺の威厳と言うか、ささやかにあるそれっぽいものに、土だけでなく傷も付いちゃうからさ。
「よっし、地下鍛錬場まで競争だ!」
「あっ、誤魔化した!」
「ご主人様、廊下を走ったらいけないんだよ!」
はいっ、ごめんなさい!
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廊下を歩き、競争する事なく地下へと向かう事となった俺達。その間、ご主人様土付き過ぎ問題について、久遠に散々からかわれる事になり――― 要は大変に面倒だった。
「だから俺に土が付くのは、それだけ仲間達が優秀って事でもあるんだよ。戦績で言えば、イーブン程度に均衡している。つまり、俺に土が付くのと同程度、相手にも土が付いているんだ」
「そう言ったって、あんまり格好が付いていない気がするなぁ。そもそも私、ケルヴィン君とそのお仲間がどの程度強いのかも分からないんだし。だからまあ、ケルヴィン君が私に土を付けるまで、評価は据え置きって事で!」
「それ、土に塗れた評価のままって事じゃん」
とまあ、こんな感じである。あんまり舐められていると、いざ戦いになった時に手加減されてしまいそうで、個人的によろしくないんだが…… 久遠ならその辺のスイッチをしっかり切り替えてくれると、そう信じるとしようか。あのマリアのママ友をやってるくらいなんだし、多分大丈夫だろう。
「っと、そうこうしている間にも到着だ」
「おー、思っていたよりも広いんだね。観戦席まであるし…… うん、良い具合いに頑丈」
鍛錬場の壁やら床やらを軽くノックし、その感触を確かめる久遠。どうやらお気に召してくれたようである。
「一応、それなりに激しい戦いをしても大丈夫なように設計してる。けど、それでも限度はあるからな? 規模がでか過ぎたり、度を越した技や魔法の使用は控えてくれ。いくら頑丈にしたって、ブラックホールとかは防げないからさ」
「了解りょうか~い。 一宿一飯(いっしゅくいっぱん) の恩義があるからね。流石の私もそこまで無理な事はしないよ」
久遠はストレッチを始めながら、問題ないと豪語してくれた。それはありがたい事だけど、まだ泊めてやるとは約束していない筈なんだが。一飯分の恩義しかない筈なんだが。 ……これからそれ以上の恩を返してもらう事だし、今更か。
「手始めの模擬戦のルールは、そうだな…… この際、相手に土を付けた方、つまり先に相手を床に倒した方が勝ちってのはどうだ?」
「ほほう、相撲みたいで面白いね。土俵はないから、行動範囲は無制限かな? でも良いの? 私、転ばせるのは結構得意だよ?」
「全然良いよ。それって久遠の得意分野を見るだけでなく、実際に体験できるって事だろ? むしろ大歓迎だ、ドンドン俺を転ばせてくれ」
「あはは、拗らせてるなぁ。なら、遠慮なくいかせてもらおうかな。どうせこの後、何十戦と付き合う事になると思うしね」
にこやかな表情のまま、構えへと移行する久遠。何十戦と付き合ってくれる辺り、そっちも大分拗らせていると思うんだが。
「理解が早くて助かるよ。じゃ、早速始めよう――― ッ!?」
久遠からある程度距離を取り、開始の合図を出そうとしたその瞬間の事である。奇妙な出来事とは唐突に遭遇するもので、気が付けば俺の視界が反転していた。