軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第267話 ベクタ

視界が反転する間際、襟元と片足に妙な力が加わったように感じられた。何て言うのかな、ローブを掴まれ、足を払われるような感触に似ていたと思う。しかもゴルディアーナやセラにやられた時の、どうやっても抗えないやつだ。で、ただ今風車の如く回転中。要は横殴りに投げられたんだと思う。

……超スピードで接近され、俺が認識する暇もなく投げられた? いや、違う。上下が真逆となった今も尚、久遠は開始地点を離れていない。あの構えの姿勢も、そのまま維持している状態だ。この現象の原因は不明、だがそっちの考察は後回し。このまま何せずにボケっとしていれば、地面に俺の頭が直撃してしまう。

「あっぶねぇなぁッ!」

「おっと、初見で今のを堪えたか。凄いね」

ゴム毬のような性質を持つ 粘風反護壁(リヴェカウンターガム) を、クッション代わりに地面へ緊急設置。更には丈夫な素材で構成されている鍛錬場の床を削り、そこから 剛黒の黒剣(オブシダンエッジ) を数本分生み出す。そうする事で回転の勢いを殺し、コンマ秒後に俺の頭と衝突する筈であった床に空間を作る事に成功。かくして、模擬戦の開始と同時に敗北するという大惨事は防げた訳だ。咄嗟の判断にしては、まあ良かったんじゃないかな? ついでに武器も生成できたし。

「つう訳で、行け」

作り出した 剛黒の黒剣(オブシダンエッジ) を、即座に久遠へと飛ばす。奴がスプリング以上の実力を持っているのであれば、この程度はけん制にもならないだろう。だが、ほんの僅かな時間稼ぎにはなる。今のうちに体勢を立て直し―――

「ほっ」

「ッ!?」

不意に俺の胸部の辺りから、強烈な打撃音が鳴り響いた。音だけじゃない。実際にそれ相応の質量を持つ打撃が直撃している。しかも、これまたゴルディアーナやセラの鉄拳をもろに受けた時の威力だ。控え目に言って、俺の体程度は余裕で宙に浮くし、大きく後方にも吹き飛ばされる。

ドォォーーーンと、地下に轟音が鳴り響く。吹っ飛ばされ具合いは実に豪快なもので、見事に鍛錬場の壁にまで運ばれ、叩き付けられてしまった。手元にあった 粘風反護壁(リヴェカウンターガム) を、壁との間に挟みクッションとして再利用したから良かったものの、直に当たっていたら痛いどころじゃ済まなかったぞ。

しかし、不可視の投げの次は不可視の打撃か。マジで厄介だな。僅かに魔力の残滓を感じるから、魔法の類だとは思うんだが。

「いてて…… 一応確認しとくけど、壁は触れてもセーフだよな?」

「んー、後出しでそれを言うのはちょっと狡い気がするけど、まあセーフで良いんじゃないかな。私も少しフライング気味だったしね。にしても、思ったよりも平気そうな感じ? それなりの強さで打ったつもりだったんだけど」

「それはお互い様だろ」

胸部への打撃は、確かに致命的な威力が備わっていた。が、今回は『打撃無効』のスキルを持つクロトがローブ下に隠れ潜んでいた為、それによるダメージは殆どない。まあ、勢いまでは殺し切れなくて、ここまで見事にぶっ飛ばされた訳だが。

一方で打撃を受けるすれ違い様に、俺も久遠に向けて 剛黒の黒剣(オブシダンエッジ) を放っていたんだが…… こっちも見事に拳で弾かれてしまっているな。強固である筈の黒剣が破損し、弾かれた勢いのまま床などに突き刺さっている。無論、久遠は全くの無傷の状態だ。素手で弾いたんだから、人として拳くらいは痛めるべきだとは思いますよ?

「ゴリッゴリの格闘家に見えて、その実、魔法もかなり嗜んでるって印象かな? ゴルディアーナってよりも、セラタイプの実力者と見た」

「そう言われたって、どっちの人も知らないから分からないよ~。でもまあ、職業で言えば魔法使いだって、そう言っておこうかな?」

「ハハッ、大海をひと泳ぎで渡って来る奴が後衛職を名乗るのか。とんだ魔法使い様だな」

「これは私の直感なんだけど、ケルヴィン君にも同じような事を言い返せると思うんだけど、気のせいかな?」

「気のせいだろ? 俺は泳いで海を渡る自信なんかない」

「いや、そっちじゃなくてね」

簡単な雑談を交えながら、ハードを 智慧形態(アスタロトフォーム) に変形させる。これで顔面以外への打撃には対処できる筈だ。投げに関しては――― 正直、その都度対処するしか方法が思い浮かばないかな。 神聖天衣(ディバインドレス) を使っちゃうと、ハードの変形が解けちゃうし。

「まあ良いや。初見でアレを耐えたご褒美として、ついでにこれも教えてあげる」

「ありがたく聞かせてもらおう」

「実はね、私ってばあんまり器用な方じゃないんだ。娘みたいに沢山の魔法はまだ扱えなくってさぁ」

「へえ?」

娘って言うと、スプリングのオリジナルの方だよな? 確かにスプリングはブラックホール発生させたり投げたり蹴ったり、色々と面白いもんを見せてくれたものだが。

「私が唯一まともに使える魔法は、さっきケルヴィン君にも使ってみせた魔法――― 闇魔法『ベクタ』だけ。初心者用の魔法で、効果範囲内の対象にちょっとした力を加える事ができるんだよね」

「ちょっとした力?」

ついさっき、そのベクタとやらに吹っ飛ばされたんですけど、俺? 渾身のパワーが籠っていた気がしたんですけど?

「あはは、そんな魅力的な目でおばさんを見詰めないでよ。まあ、ケルヴィン君の指摘は尤もだと思うよ? 本来、子犬が引っ張る程度の力しか加えられないもんだしね、これ。 ……けど、そんな魔法に私は可能性を感じた」

久遠が構えを別の型へと変化させる。それと同時に、彼女の真横に魔力が発生。わざと分かりやすくしてくれているんだろうが、そこには拳大の何かが浮かんでいた。魔力を察知する事ができなければ、無色透明であるそれを感じ取る事はできなかっただろう。だが、確かにそれは俺の視線の先にあった。

「なるほどな。俺はそれに掴まれ、蹴られ、そして突かれた訳だ」

「ご名答。この魔法のみを鍛えに鍛え上げまくった私は、ベクタの出力を私自身のパワー並みに出せるようになったの。更には自分の手で触れるが如く、繊細な技術の適用も可能にした。投げたり足を払ったりした時みたいにね」

「ああ、道理で綺麗に全身が回転したなと思ったよ」

自ら能力のネタバレをする久遠の姿勢には賛同できないが、聞けば聞くほどベクタとやらは厄介な魔法だ。先ほどこの魔法に不意打ちをされた際、俺は攻撃されるまでその存在を認識する事ができなかった。あれだけ用心していたのに、だ。つまるところそれは、ベクタによる格闘戦の技を仕掛けられるまで、俺は全く反応も察知もできない事を示している。攻防の全てが後手に回り、圧倒的不利を強いられるって訳だ。ハハッ、堪らないな。その上、ワクワク要素はまだある。

「さっき、初心者用の魔法とか言っていなかったか? って事は、魔力の消費も?」

「もち、自然に優しい低燃費! 主婦の鏡だね、私!」

やはりと言うべきか、消費魔力量も低く抑えられているらしい。初心者魔法を極める事で、常時気軽くどこでも何度も使えるという、酷いレベルでの汎用性を発揮させているんだ。本当に初心者用の魔法なのか? という疑問は若干残るが、これまで話をしてきたところから察するに、久遠はそういった嘘を交えるタイプではないと思う。

……いや、初心者魔法って言う方が、むしろ納得できるのかな。僅かな魔力しか使わないからこそ、魔法が顕現されるまで魔力の流れに気付けない。簡単な術式を極めに極めているからこそ、俺が反応できないほどに超高速で詠唱を完了させている。より強く、より大規模に扱われるS級規模での魔法の応酬、そんな光景が珍しくなくなった昨今の環境に、凄まじい衝撃を与えかねない戦法だ。

「本当に面白い戦い方だ。だからこそ、色々と勉強させてもらう!」

「おっと、勉強熱心だねぇ。それじゃ、私も学ばせてもらおうかな?」