軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第261話 悪魔の産婦人科

迷宮国パブの宿『金雀』に急遽併設された、悪魔の産婦人科――― と言うと、何とも不気味な響きであるが、実際のところは医者系悪魔であるベガルゼルドとその部下達がやって来て、助産師としてサポートをしているだけである。兎も角、だ。この日エフィルは、遂に出産の時を迎えていた。

『まだか? やけに時間が掛かっていないか?』

その時が来るまで、俺は 分娩(ぶんべん) 室前でそわそわうろうろぐるぐるしていた。そう、絶えず歩き回っていたんだ。いや、まさか自分がこんなベタな夫的行為に走るとは思っていなかったんだけどさ、実際その時になってみると、分かっていてもジッとしていられないんだよ。分娩室の中からはエフィルの苦し気な声が聞こえてくるし、いくら待っても時間が進んでいる気がしないしで、本当にもう気が気でない。最初は立ち合いするつもりでエフィルの手を握っていようと思っていたんだが、俺があんまりに騒がしい為なのか、ベガルゼルド達に部屋を叩き出されてしまった。クッ、個人的には静かにしていたつもりなのに……!

『フッ。王よ、落ち着くのじゃ。夫とはこういう時こそドッシリと構え、妻を支えてやるものなのじゃ』

『全くもってその通りだぞ、愚息よ。貴様は我が超絶ギリッギリ、本当にギリギリのところでセラの夫として認めてやった男なのだ。だからこそ、この程度の事で動揺するでないわ。先が思いやられるぞ』

忙しなく足を動かす俺に対し、ジェラールと 義父さん(グスタフ) がそんな活を入れてくれた。父親の大先輩であるだけあって、この時ばかりは二人の背中がいつもより大きく見える。ああ、なんと頼りになるんだろうかと、俺は心から感謝した。

……頼りになる言葉とは相反して、体は俺と同様にそわそわうろうろぐるぐるしていた訳だけどさ。

『ああ、もう! 三人ともジッとしていなさいよ! ガシャガシャズンズン足音がうるっさいのよ! 騒がしく心配したところで、エフィルの迷惑になるだけだっての!』

『だ、だってぇ……』

『じゃ、じゃってぇ……』

『セラ、何と頼もしい…… 流石は我が愛娘……!』

『だってもじゃっても頼もしいもないの! はい、ここに三人並んで座んなさい!』

『『『あ、はい』』』

セラの手腕(血染)により、強制的に仲良く椅子に座らせられる俺達三人。ジェラールと義父さんに挟まれる形で座った為、俺は非常に息苦しい思いをする事になってしまう。言うまでもなく、致命的なポジショニングの失敗である。『血染』の効果が働いているから、場所を変える事もできない。狭い、狭いよ、致命的だよ…… けど、そのお陰で逆に冷静になり、あれ以上の余計な事はしないで済んだ。セラ、グッジョブ。でも間隔は余裕を持たせて、お願い。

『ああっ、非常時用の携帯食がなくなってしまいました……!』

『メルねえ、流石に今は食べるのは控えようよ…… にしても、さ。結構時間、かかってるよね。ケルにい達の真似じゃないけど、心配になっちゃう気持ちは分かるかな……』

『リオンちゃん、待ってる私達が弱気になっちゃ駄目だよ。エフィルちゃんは今、必死になって痛みと戦ってる。親友として、家族として、仲間として――― たとえ離れていたとしても、大丈夫だって信じよう。ねっ?』

『アンジェねえ…… うん、そうだね。そうだ。頑張って、エフィルねえ! 僕達が付いてるよ!』

『フフン、なかなか頼り甲斐のある発言じゃないの。エフィル、出産の切り込み隊長として、良いスタートを切りなさいよ!』

『皆、気持ちは一つです。ちなみに子育ての際は、私も一肌脱ぎますよ。具体的にはエフィルの代わりに、台所に立つなんて事も週一くらいは―――』

『『『―――それはちょっと待って』』』

セラ、リオン、アンジェの三人が口と手を揃えて、メルに待ったをかける。うん、メルの調理技術だと、正直ミルクを温めるだけで、未知の物体エックスが誕生する危険性を秘めているからな。メルの気持ちは本当にありがたいんだけど、その判断は正しいとしか言いようがない。エフィルの為にも、まだ見ぬ子どもの為にも。

……そして次の瞬間、俺は思ったんだ。あ、やばい。昔メルが作った物体エックスを思い出したら、また不安になってきてしまった、と。サマーから受けた精神的トラウマと相まって、心が一気に騒ぎ出してしまう。おおおお、落ち着け、落ち着くんだ、俺……! そんな風に必死になって抗ったが、やはり物体エックスには勝てないもので。

『……な、なあ、義父さん、ジェラール? やっぱ待ち時間が長い気がするんだけど、大丈夫、だよな? ……大丈夫だよなぁ!?』

『え? ホ、ホッホッホ。王よ、安心せい。きっと大丈夫じゃろうて。うん、きっと…… 大丈夫じゃよね? 大丈夫じゃよねぇぇ!?』

『ううう、うむ、ベガルゼルドの腕は北大陸一だ。であれば、であれば恐らくは大丈夫…… 大丈夫であろうな、ベガルゼルドぉぉぉ!?』

『ああ、もう、また騒ぎ出して―――』

セラが『血染』を使い、俺達の口を拘束しようとする。が、それよりも早くに 奴(・) は動き出していた。

『―――ごらぁぁぁ! さっきからうるっさいですってばぁぁぁ!』

そう、悪魔の看護師さん(巨人族)である。親馬鹿三人衆と化した俺達の叫びが分娩室にまで届いてしまったのか、扉の中から凄い勢いで飛び出してきた悪魔の看護師さん(巨人族)は、それはもう怒り心頭状態であった。そして、怒りの言葉と共に繰り出される顔面パンチ。その威力はセラの拳に負けず劣らずの威力で、直後に俺は随分と後方にまでぶっ飛ばされてしまったものだ。当然、義父さんとジェラールも一緒にである。

『ぐ、ぐおおおおっ……!?』

『ご、ごふっ…… よ、鎧の芯にまで響き、おった……』

『え? あ、あの、我、魔王なんだけど……?』

『死神も剣翁も魔王も関係ありません! ここをどこだと思っているんですか!? 急造とは言え病院なんですよ!? 病院で叫ぶ馬鹿が居ますか!? ああ、居ましたね、目の前に!』

悪魔の看護師さん(巨人族)の形相が凄い。つうか、この時に受けた拳はマジで痛かった。そんな場合じゃないし、俺達が悪かったってのも至極当然の流れではあったんだけど、その…… ちょっとだけ、ほんのちょっとだけワクワクしてしまったのは内緒の話だ。いや、不意打ちとはいえ、俺達を物理的に吹っ飛ばしたアンタは何者なんだよと。

『ぐぬっ…… しかしだ、ビューティー、それを言うのであれば、お前も―――』

『―――あ゛あ゛!?』

『……いや、何でもない』

義父さんが反論しようとしていたが、悪魔の看護師さん(巨人族)の目力により封殺されてしまった。視線を合わせないように、顔もめっちゃ逸らす有様である。

『グ、グスタフ殿、彼女は一体……?』

『……ベガルゼルドの妻であり、看護師でもあるビューティーだ。見た目と言動は恐ろし――― いや、少しばかりお転婆だが、腕は確かだ。万が一にも間違いは起こらないだろう。うむ、我が保証する、うむ……』

ビューティーさんから視線を逸らしたまま、義父さんがそう説明する。そうして俺も確信したんだ。ビューティーさん、絶対強いだろ! ……と。

『ったく、でかい図体している癖に、何をやっているんだか…… ああ、そうだ。今はそれどころじゃありませんでした。ケルヴィンさん、どうぞ中へ』

『……えっ? 何かあったんですか!?』

『ええ、ありましたとも。さあ、パパさん? 早く奥さんと娘さんに、その泣きっ面を見せてあげてください』

『ッ! は、はいっ!』

それから俺は駆け出し、部屋の中へと飛び込んだんだ。