軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第212話 偉大なる者

『ヒック、ヒック…… うえぇ……』

光に満ちた空間で、一人の少女が泣いていた。こんなにも明るく、希望に満ちた空間に居るというのに、彼女は何を悲しく感じているのだろうか。泣きながら少女は、透明な床の下に映っている下界の様子を見ているようだった。その少女の名は――― レム・ティアゲート。最期まで世界に愛され、最期まで皆の為に尽力した偉大なる者。しかし、老衰で亡くなった筈の彼女の姿は、前述の通り少女のものとなっていた。

『……貴様、レム・ティアゲートだな? 何を泣きじゃくっている? 下界の人の身でありながら、神に匹敵する信仰を集め、世界にひと時の安寧をもたらしたと聞いているぞ? そして今や貴様は、神の領域という最上の高みへと登った。貴様の功績は神にも認められたのだ。自らを誇り思う事はあれど、延々と涙を流す意味はあるまい?』

泣き続けるレムに話し掛けたのは、顔の見えない男であった。まるで顔だけをマジックで塗り消したかのように、或いは世界の意思によって覆い隠されたかのように、正面から向き合っても男の顔は明らかにならない。理解できるのは彼が屈強な肉体を持ち、神々しさと禍々しさの入り混じった、奇妙な力を発しているという事だけだ。また、彼は並みの神であれば即座にその場で平伏してしまいそうな、圧倒的な存在感も有していた。

『えっぐ、うぇっぐ……』

そんな彼に話し掛けられたと言うのに、レムは何を答えるという訳でもなく、ただただ泣くだけであった。

『フッ、我を前にしても、己の感情を貫くか。不敬、不遜、如何に子供であったとしても、そう断じられる態度である』

凍えてしまうような冷淡な声色に、レムはビクリと体を震わせる。そして、男はレムに手を伸ばし――― 彼女の頭に、そっとその手を置いた。

『だが、だからこそ気に入った。噂通り、見た目よりも芯の強い若人であるようだ。レム・ティアゲート、貴様の感情を掻き回すのは、貴様の死後に下界で起こった、あの惨状が原因だな?』

見えない顔の目が、レムと同じ景色を見ているような、そんな気がした。彼の声色は相変わらず冷淡そのものだ。ただ、手から伝わる温もりは、不思議と嫌な感じはしなかった。

『えぐぅ…… 私、私ぃ……!』

『……なるほど。世界に愛され、光となったが故の弊害か』

レムと男が目にしたものは、そこら中に死体が転がる、破滅した世界であった。かつて平穏であった世界は一体どこへ消えてしまったのか、そこには見渡す限りの地獄が広がっている。争いがあった訳ではない。国家間の戦争、何者かによるテロが起こった訳でもない。ただ人々は、自らの意志で命を絶っていた。自殺、自害、自決――― 当て嵌まる言葉は幾つもあるだろうが、そこから行き着く結果はどれも同じ。人々は絶望感に打ち拉がれながら、この世に別れを告げていたのだ。

『わた、わだじが、悪いの…… 私が、あんな力を、使っていたがら……!』

『……支配の力か』

赤ん坊として世界に誕生した直後から、レムはとある能力を無意識のうちに使っていた。それが男の言う、『支配』の力――― 文字通り周囲の者達を自らの支配下に置く、最強の力であったのだ。

涙ながらに、レムはぽつぽつと話し始める。レムがこの力の存在に気付いたのは、自我が芽生え始めたばかりの事だったそうだ。生まれてこの方、レムは人に優しくされた経験しか持っておらず、叱られたり怒られたりと、そんな事をされた経験がなかった。あったとしても国王と大臣による、冗談交じりの言い合いを目にするのが精々であった。

『お前、また同じミスをしたのか!? ったく、何度言えば分かるのだ!?』

『も、申し訳ありません……』

だからこそ、とある城の者がその上司に叱責されていた場面に遭遇した際、とんでもないショックを受けてしまった。ショックを受けると同時に、こうも思ってしまった。

……何でそんな酷い事を言うんだろう。世界が誰に対しても優しくて、幸せなものになってくれれば良いのに――― と。

『すまない、言い過ぎた! お前はよくやっている! 仕事を割り振り過ぎた、俺の責任だ!』

『いいえ、兵長は私以上に努力されています! 私が未熟だったのです!』

彼女がそう思った直後、叱責はピタリと止まり、皆に笑顔が溢れ出した。仲直りの握手、心からの謝罪、流れるようなスピード解決である。

『レム様のお姿を目にした瞬間、自らの愚かな行為に気付く事ができました!』

『流石はレム様です! 自分、今まで以上に頑張ります!』

そんな事まで言われて、レムはとても満足した。誉められたのも嬉しかったけど、何よりも彼らが幸せそうだったから。それからまた、似たような場面に遭遇し、同じように解決して――― そうやって、幼いながらに、この力の存在に気付いていったのだ。そして、思った。この力を使って問題に介入していけば、もっと多くの人達を幸せにできるのではないか、と。

肉体が成長し、平和への想いが強くなるほどに、レムの力は更に強力なものへと進化していった。城周辺までしか適用する事ができなかった能力範囲が、次第に城下町の外にまで伸び、隣町へ、辺境の村へ、遂には国内全域がレムの支配下に置かれる事となる。レムの父である巨人の王が亡くなってからは、能力が更に顕著なものとなり、巨人の国は他国との併合に併合を重ね、最終的に広大な領土を有する超大国に至った訳だ。

『……自らが光となって、人々の道しるべとなる。生き方を示された者達は、正しき行いを全うする。そこに敵や悪人はおらず、争いが発生する事もない。なるほど、完璧な世界だ。貴様が生きている限りは、な』

『わた、私…… ぢゃんと、私が死んだ後の事も、しっかりやるように…… 皆に、伝えてた……』

『ほう? 貴様なりに危機感を覚えて、対策を打っていたという訳か? だが、言伝程度の戒めでは、貴様を失うという絶望感から、彼らを救う事はできなかったようだな』

男は言った。あの世界におけるレムは、太陽のようなものだったのだと。日の光が存在するからこそ、人は生に希望と喜びを感じる事ができる。太陽が照らす方へ向かって、歩み続ける事ができる。しかし、偉大なる役割を担っていた太陽が、ある日急に消滅したとしたら、人々はどうなる? ああ、そんな事は考えるまでもない。絶望だ。彼らの世界は絶望で満ちてしまう。

『貴様が死んだ事で、彼らは支配の力から解放された。いや、解放されてしまった、と言った方が良いだろう。希望に満ちた日々、貴様の力で一度それを味わった者達は、もうそれ抜きに生きていく事を選べなかったのだ。家族より恋人よりも、誰よりも愛していた貴様が居ない、そんな世界を許す事ができなかったのだ。だから彼らは貴様と同じように死ぬ事で、次なる世界へと旅立とうとしたのだ。再び貴様と巡り合う事を夢見て、な』

『………』

――― 嗚咽(おえつ) 、涙が溢れて止まらない。喉が熱い、悲しみのあまり声が出ない。男に事実を突きつけられたレムは、最早許容できる限界を超えてしまっていた。

『わだ、わたじ、は……』

今更後悔しても遅い、もう全てが手遅れだ。望むべきではなかった。力に溺れるべきではなかった。あの世界に生まれてしまった段階で、皆に見捨てられた方が良かったんだ。 ……後悔ばかりが押し寄せ、レムの心を押し潰す。

……だが、そんな彼女に一筋の光が差し込む。

『あの世界は今、死に瀕している。だがな、貴様が悪い訳ではない。むしろ、貴様はよくやった。人の身でありながら、下界の者達をよく導いてくれた。改めて、我の口から言ってやろう。大儀であった』

『……えっ?』

意外な事に、レムに救いの手を差し伸べたのは、あの謎の男であった。傲慢に、不遜に、図々しく、だが非常に力強く、男はレムを肯定してくれた。

『あ、貴方は、一体……?』

『我を知らないとは、無知にもほどがあるな。だが、答えてやろう。我の名はアダムス、偉大なる者、アダムスだ。よくよく覚えておけ』