軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第213話 顔の見えない男

アダムスは言った。悪かったのは能力を使ったレムでも、希望に縋った人々でもない。世界を構築する、システムそのものが間違っていたのだと。

『システム……? それを正せば、こんな事は起きなかったの……?』

『少なくとも、自ら死を選ぶ者は減っていただろう』

アダムスは言った。人々がレムの能力に影響され過ぎてしまったのは、果たしてなぜなのか。それは人々が弱かったから、肉体的にも精神的にも未熟であったからだ、と。

『生前に貴様が居た世界は、皆均一的な力しか持たぬ、抑圧された世界であったのだ。巨人という種族は存在しても、一人で何千何万人分もの武勲を立てる者は居ない。魔法という手段が存在しても、一人一人が扱える程度は子供騙しなものばかり。貴様のような不可思議な力を扱える者なんて、他には誰一人として存在していなかった。貴様だけが特別な世界だったのだ』

『じゃ、じゃあ、私は、何で……』

『……貴様はあの世界において、イレギュラーそのものだった。神の手違い、天文学的な確率で起こってしまった、世界のバグとも呼べるだろうか。故に、他の者達は抗う事ができなかった。貴様が生まれるべきは、我が統括する世界であったのだ。誰もが強さを欲する事ができる、肩を並べられる強者が存在する、この真の理想郷こそが貴様に相応しかった』

『真の、理想郷……』

レムは思った。自分が死んだ後で、誰か一人でも同じ輝きを持つ者が居たとしたら、結果は変わっていたのではないかと。そして、皆の心がもっと強かったのなら、自ら死を選ぶ事もなかったのではないかと。それはひょっとしたら、力を持って生まれてしまった自分が、存在しても唯一許される世界なのではないかと。

『神達の間で、今とある意見が対立している。片方が目指すは、下界に住まう者達の力を抑圧し、神にとって管理しやすい世界に統一する事。片方が目指すは、下界に住まう者達の真の力を呼び起こし、可能性に満ちた世界に統一する事――― 我は後者の指導者として、遠くない未来、大きな戦を起こす』

『い、戦……!? 戦いなんて、そんなの、駄目…… 神様なのに、何でそんな事を……?』

『正しき思考による発言だな。だが、貴様は神に対する偏見を持っているようだ』

『偏見……?』

『神は上位者であれど、決して崇高な存在ではないのだ。身勝手かつ傲慢な、この我のようにな。 ……レムよ、貴様にも理想とする、望む世界があるのだろう? ならば、欲しい世界は自らの手で掴み取れ。希望と愛を謳うだけでは、神も疲れるというものだぞ』

アダムスはレムの頭に乗せていた手を離し、そのまま彼女の前に差し出した。この時になって、漸くレムはアダムスを見上げたのだが、やはり彼の顔を覗くことはできなかった。

『それは、勧誘……?』

『どう思うかは貴様次第だ。この手を取るのも、払うのも貴様次第だ。自分で決めよ』

『………』

レムは少しだけ迷う仕草を取ったが、その後、直ぐにアダムスの手を取る。

『戦争は、嫌…… けど、それでも、私は私の…… 理想の世界を目指したい……』

『フッ、多少はマシな目になったではないか。だが、良いのか? 仮に敵の神達に勝利したとしても、その先にある我の望む世界は、闘争に満ちた危険極まりないものであるかもしれんぞ?』

『その時は、私が貴方を支配して、止めるから…… 安心して……?』

『……ク、ククッ、クハハハハッ! なるほど、我を止めるか! それは良い、実に良い答えだ! 貴様も神らしく、我が儘になって来たではないか! クッハハハハッ!』

『わ、笑われた…… うええぇ……』

馬鹿にされたと思ったのか、覚悟を決めた筈の顔を、泣き顔へと変えてしまうレム。ただ、この時にアダムスの表情が、僅かに見る事ができたような、そんな気がした。

『ククク、貴様の泣き癖は死んでも治らないようだな。どこまでも芯の強い娘よ。ああ、そうだ。貴様に神としての最初の仕事を与えてやる』

『えぐっ、えぐっ…… さ、最初の、うぃっく…… 仕事……?』

『そう構えるな。これは争いとは何の関係もない事よ。実はな、貴様を追って死を選んだ者達が、揃いも揃って転生の道を拒んでいるそうだ』

『ッ!』

レムが涙を流したまま、目を見開く。

『私を、追って…… そ、それって、もしかして……』

『本来、我ら神の意志に背く者には、重い罰を下すところなのだが…… 我の権限で、今のところ処遇を保留させている。駆け出しの神である貴様が、果たしてどのような処罰を下すのか、少しばかり興味があったものでな。どうだ? この記念すべき最初の仕事を、やってみる気はあるか? あるのなら、再びこの手を取れ。ないのなら、払うといい。自分で決めよ』

『……答えるまでも、ない!』

レムは力一杯に彼の手を握り、その意志を示す。それはアダムスにとっては何の痛みも感じさせない、非力にもほどがあるものだった。が、相変わらず彼は愉快そうに笑っているように見えた。

『クハハ、迷いがなくなったな。貴様の意志、確かに受け取った。ならば、こいつを受け取れ』

そう言ってアダムスが手渡したのは、レムにとって見覚えのある、ボロボロのヌイグルミであった。

『こ、これ…… お母様が、私の誕生日に作ってくれた……』

『そう、手作りの小汚く不気味な人形だ』

『い、言い方……』

『我は遠慮を知らんからな、適当に流せ。で、さっき言った貴様を追って来た者達の魂は、今はそのボロ人形の中に投獄している。どう処理するにしても、神である貴様ならば、自然と方法を知る事ができる筈だ。まずはその者達とよくよく話し合う事だな。まあ、どうしても決められないのであれば、我の機嫌次第では相談に乗ってやってもいい』

『……ありがとう』

『貴様程度に礼を言われる筋合いはない。だが、我を愉快にさせてくれた褒美だ。この権能もくれてやる』

アダムスの手から神々しい光が放たれ、それがレムへと移っていく。

『えっ……? これ、は……?』

『神として相応しいものに、貴様の力を整備してやった。言ってしまえば、『支配』の権能か。これまでの貴様の力は、感情に任せるまま周囲に能力を垂れ流す、大雑把かつ迷惑極まりないものだった。迷惑行為そのものと言っても良いだろう。先ほどのように大泣きしている時は、特にそれが顕著であった』

『め、迷惑行為……』

『何だ、気付いていなかったのか? 我がここへ来てやるまで、能力に当てられるのを嫌った他の神達は、この周辺に近付くのも避けておったのだぞ。事実、神となってから、我以外の誰とも会っていないだろう?』

『………』

思い返してみる。レムは老衰した後、気が付いたら宙に浮かぶ『天界へようこそ!』という謎の表記の前に立っていた。またそれと共に、生前の実績から自分が神として選ばれたという、そんな節の説明が長々と記されていた。が、神らしい神とは、確かにアダムス以外とは会っていない。それからはずっと その場所(ここ) で泣いていたし、他の場所へも移動していない。結論、アダムスの言っている事は合っている――― ような気がした。

『思い当たる節があるようだな。まあ、過ぎた事など気にしても仕方あるまい。これからはその権能を、自らの意思でオンオフの切り替えができるようになる。また、効果範囲もより正確に定められ、範囲を絞る事でより強力に効果が作用するようになった。更に、権能を権限させた際は――― む? どうした?』

アダムスが説明をしている間、レムはじっと彼の見えない顔を見詰めていた。人見知りの彼女らしくもなく、全く目を背けようとしない。

『私、貰ってばかり…… どうして、そこまでしてくれるの……?』

『……そんな事は決まっている。貴様は我にとって、有用な神材であるからだ。それに、貸したものはいずれ利子を含めて回収する。それをゆめゆめ忘れるな』

『そう…… 変な神様……』

『お前に言われたくはない』

こうしてレムは、何とも奇妙な神、アダムスと知り合ったのであった。そして彼女はアダムスの腹心となり、後に伝えられる神話大戦にて大きな戦果を上げる事となる。