作品タイトル不明
第211話 栄枯盛衰
レムの誕生から数日が経過した、ある日の事。国王はこの日、城の前に民達を集め、子が生まれた事を正式に発表する事を決めていた。ここ数日、臣下達はレムの為によく働いてくれている。巨人とは思えぬほどに小さなレムに対し、偏見の目を持たず、真摯に向き合ってくれた彼らには、国王と王妃は頭が上がらない思いで一杯であった。しかし、それと同時に不安でもあった。臣下達と同じように、民達はレムを受け入れてくれるだろうかと、心の底から不安であったのだ。
『打てる手は全て打っている。事実、各地より招集した魔導士達の反応は、予想以上のものだった。レムを神の子であると、諸手を挙げて称える者が居たくらいだからな。しかし、物事に絶対はない。何も起こらなければ良いか……』
国王の不安をよそに、民衆の集まる時間は刻一刻と迫っていた。そして遂に、その時はやって来る。
『……大臣、全てはそなた等のお陰だ』
『いいえ、全ては王の信頼があってこそです』
結果から言ってしまえば、国王の不安は見事に外れる事となった。それも、拍子抜けするほどの大外れだ。
『おお、何と神々しくも可愛らしいお方なんだ!』
『そ、存在感が違い過ぎる……! 魔力を持たない俺にも、溢れんばかりの魔力が見えちまうくらいだ……!』
『ママ、僕聞いたんだ! とっても賢い魔導士さんが、言ってたの! レム様が生まれてくださったから、この国は未来永劫安泰だって!』
『フフッ、その通りね。レム様が生まれて来てくれたこの奇跡に、ちゃんと感謝しないとね』
『ありがたや、ありがたや……』
『レム様、ばんざぁー-い!』
何と言う嬉しい誤算だろうか。民達の口から聞こえて来るのは、レムの誕生を喜ぶ声ばかり。今回、国王が彼女を抱き抱える形で公にした訳だが、その姿を目にした途端、民達は凄まじいまでに沸き立っていた。レムの体の大きさについて怪しむ者など誰一人としておらず、新たな王族のお披露目は大成功に終わる。これも臣下達の協力の甲斐があってのもの――― と、言いたいところだが、流石にこの展開は出来過ぎのようにも思える。疑い深い国王は、当然この一連の流れを疑問を持った。
『大臣、これはひょっとして夢なのでは? 或いはワシの弱き心が生み出した、幻と幻聴なのでは?』
……そっち系の疑問であった。
『どれだけ自信をなくしているのですか、王よ…… 夢でも幻でも幻聴でもございません。間違いなく現実の、民達の総意でございます』
『しかしなぁ……』
それでも納得できない国王は、城内に戻ってから大臣に自らの頬を思いっきり叩くよう命令する。どんな命令だと唖然としてしまう大臣であったが、まあ国王がそれで納得するのならと、その命令を受ける事に。
―――パァーン!
『……夢じゃなかった』
『だから、そう言っているでしょうに……』
『う、うええぇーーーん!』
部屋の中にレムの泣き声が響き渡る。どうやら今のビンタの音に驚いてしまったようだ。
『っとと!? レム、すまない! 大臣が加減を知らないビンタをしたせいで、驚かせてしまったな! こら、大臣!』
『今の流れで私を責めるのです!? も、申し訳ありません、レム様! 国王が無駄に疑心暗鬼に陥ってしまいまして……!』
『き、貴様、ワシを売る気か!?』
二人が喧嘩する事で、レムの泣き声はますます強まっていく。そんな赤ん坊に、巨人国のトップ陣達はオロオロとするばかりであった。ともあれ、悩める国王の不安も多少は和らいだようである。
―――それから幾月幾年の時が流れる。この間、巨人の国は争いが起こる事なく、国全体が平和そのものであった。生まれたばかりの赤ん坊であったレムも、健やかに成長をし続けている。巨人のような大きな体になる事はなかったが、最早この国の者達にとって、そんな事は些細な事でしかない。
『おお、レムがまた泣いておるぞ。大臣、貴様の笑顔が怖いのだ。レムの視界から外れよ!』
『国王こそ、顔の傷跡が威圧的過ぎるのです。レム様の前に立ちたいのなら、プリティーな着ぐるみを被ってください!』
『あのお二人、またやっているわ。本当に飽きないわねぇ』
『うふふ、レム様が可愛くて仕方ないのね。まあ、それは私達もなんだけど』
レムはよく泣く子であったが、不思議とその泣き声さえも、誰もが愛おしく感じられた。両親も、臣下も、民達も――― たとえそれが、生粋の悪人であったとしても、レムに対しては深い愛情を感じられずにはいられなかった。
―――更に時が流れ、レムが言葉を話すようになると、よりその愛情は顕著なものへと移行していく事となる。
『あ、あの、おはよう、ございます……』
『『『うおおおおおおっ!』』』
レムの発した言葉、それがどんなにちょっとしたものであったとしても、それは巨人達にとっての何にも代え難い至福となった。それこそ、無意識のうちに歓声を上げてしまうほどだ。彼女の為により良い国にしていこう、身を粉にして働こう、この国に貢献しようと、この頃には皆が皆そう思うようになっていた。いや、思うだけでなく、実際に行動としても表れていた。巨人の国は日増しに豊かになり、犯罪行為は大幅に減少――― 将来この国の王になるのはレムであると、皆がそう信じて止まないが故の結果が、如実に表れていたのだ。誰の目から見ても、未来は明るく照らされていた。
―――しかし、そこから十数年の時が経つ頃に、ある不幸な出来事が起こってしまう。巨人の王が不治の病に倒れ、その命の灯火を消そうとしていたのだ。ただ、彼の心に後悔はないようだった。
『レム、後の事は頼んだぞ…… お前なら、この国を正しい道へと導ける……』
『お父様……』
レムの誕生から十数年経った今も、レムの泣き癖は治らず、未だに背丈も低いままだ。が、この国にそんな事を気にする者は、今や一人として存在しない。むしろ国王は、我が子は立派に成長したものだと、強い感銘を覚えていた。心酔していると言っても良い。
『フッ、そのような顔をするな、自信を持て…… これまでレムは、その身に宿した莫大な魔力を使い…… 時に枯れた土地に雨を降らし、時に災害を退けて多くの命を救ってきた…… 語るべき奇跡は、まだまだある…… その奇跡の数だけ、ああ、いや、そんなものなんてなくとも、我が臣民達はお前を愛していただろうな…… どちらにせよ、レム、お主はワシの誇りなのだ……』
そう言って、王はゆっくりと瞼を閉じていった。
『臣下と、民達は…… レムを支えようと、今も尚…… 大変な努力を、続けてくれている…… 愛娘の為に…… 国全てが一丸となっているのが、今も脳裏に、浮かんで来るようだ…… ああ、何と素晴らしき光景だろうか…… あの光景を目にして…… 今更、何を後悔する事があるだろうか……』
彼女が居る限り、この国の安寧と安泰は約束されているようなものだと、王は確信していた。だからこそ、安心して逝ける。
『頼んだ、ぞ……』
そんな思いの中、巨人の王は静かに、だが幸せそうに天に召して行った。
『~~~……!』
その日よりレムは、三日三晩部屋に閉じこもり、泣き続ける事となる。国中に聞こえるような大声で、昼夜問わず、ずっと、ずっと――― そんな彼女の声を耳にして、臣下と民達は今まで以上に 新たな王(レム) を支えなければと、思いを新たにするのであった。
戴冠式を終えて正式に新王となったレムは、父の言葉と心を受け継ぎ、奇跡を起こすだけでなく、懸命に 政(まつりごと) を学ぶようになっていた。周囲の期待に応えようと、必死に。となれば、その周囲の者達も触発されない筈がないだろう。怠惰は許されない。懸命に健全に正しく生きていく事は、何よりも素晴らしい事なのだ。そう、レムを支える事ができるのだから、素晴らしい。新王を迎えた巨人の国は、これより更に繁栄していく事となる。
―――王となって暫く経ってからも、泣き虫なレムは相変わらず泣きべそをかき、結構な頻度でドジを踏んでしまう事があった。だがそれさえも、皆にとっては愛される要因の一つでしかない。一挙手一投足が愛らしいのだ、そんな事は当然だろう。愛らしいレムの奇跡は周辺諸国までをも飲み込み、次々と支配地域を増やしていった。彼女の最期には、巨人の国は世界一の超大国にまで至っていた。人の心を持つ者、悪人までもが善人となって健全に汗を流す平穏な世界は、レムがその生を全うするまで続いていった。
……そして、レムがその生を全うしたその瞬間に、超大国である巨人の国は滅亡する事となる。世界の大半を巻き込んで。