作品タイトル不明
第173話 アスタロトフォーム
「天敵だと? リドワンを出して来た事には少し驚いたが、なぜそうなる? 俺よりも圧倒的に位が低く、お前に敗れる程度の実力しか備わっていないリドワンが、どうして俺の天敵になると言うのだ?」
先ほどまでとは打って変わって、ケルヴィムの表情は不機嫌そのものになっていた。まあ、仲間思いのこいつの事だ。どちらかと言えば天敵であると指摘された事よりも、俺の配下となったリドワンを目の前に出された事を怒っているように思える。
「そんなにムキになるなよ。まるで核心を突かれたみたいだぜ、ケルヴィム?」
「戯言を……!」
まあ、俺としてはどちらでも良い。この戦いがより白熱するように、それとなく誘導するだけだ。
「これまでの話から察するに、この元リドワンが俺の配下になった事を、お前達はもう知っているようだ。さっきの意趣返しという訳じゃないが、元お仲間と戦う事になった時、果たしてお前は―――」
「―――俺は権能を使う事ができるのか、というくだらない質問か? 愚問だ、取るに足らない、無意義な問いだ。ケルヴィンよ、どうやら俺はお前を過剰に評価していたらしい。 ……良かろう、それほどまでに見たいのであれば、見せてやる。俺の権能の、真の力をな」
「漸くその気になってくれたか。それじゃ、その真の力とやらで俺を潰してくれ。自慢の『致死』とやらでな」
「言に及ばず。 ―――権能、顕現」
「ハード、 智慧形態(アスタロトフォーム) 」
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ケルヴィンとケルヴィム、双方から放たれたのは黒き輝きであった。遮蔽物のない海上を照らすその光は、不気味とも幻想的とも取れる異質のもの。普通であれば一つとして現れる事のない怪奇現象であるが、この日この海の上では、そんな奇奇怪怪が二つも出現してしまう。先の戦闘により、海の生物や渡り鳥などは既に退避を完了しており、この光景を注視しているのは 聖杭(ステーク) に居るルキルくらいなもの――― なのだが、遠く離れた大陸の海岸にて、この黒き光を目にした者も多数存在していた。その者達は海の向こうからやって来る、あまりに現実離れした光景に、この世の終わりを強烈に予感してしまう。以降、彼らはその話をする度に、夢でも見たんだと周囲に嘲笑される事となる。が、本人達は周りに何を言われようとも、頑なに夢ではなかった、夢であればこんな世迷い事は直ぐに忘れるものだと、神妙そうに語り続けたという。
……そろそろ場面を戦場に戻そう。先に光の中から姿を現したのは、権能の顕現を終えたケルヴィムの方であった。纏っていた黒ローブをはだけさせ、上半身を晒す格好で顕現を終えた彼は、その身に漆黒の紋章を隙間なく刻み込んでいた。頭部には羊の巻き角を想起させる雄々しい角が、背には炭化したかのように真っ黒な骨の翼が備わっている。堕天使と言うよりも、その姿は悪魔に近い。いや、むしろ悪魔そのものと言っても差し支えないだろう。唯一、頭上の漆黒の輪のみが堕天使である事を主張しているようで、その姿の異様さに拍車をかけていた。
そんな堕天使と悪魔のハイブリッドと対峙するケルヴィンも、やがて黒き輝きの中から姿を現す。ローブを脱ぎ捨てたケルヴィムと相反するように、ケルヴィンはローブ――― 智慧の抱擁(アスタロトブレス) の上に、更に別のローブマントを羽織り、フードを被っていた。色彩はこちらも黒で統一されており、荘厳ながらも所々擦り切れるなどして、かなりボロボロな仕上がりとなっている。エフィルが手掛けた逸品であれば、まずこうはならないであろう状態だ。しかし、その破滅的な仕上がりがより一層『死神』感を演出しているようで、こちらも底知れない不気味さが溢れ出していた。
「……お前、リドワンを纏ったのか?」
「流石、ひと目で分かっちまうか。こいつは何にでも変形できるし、俺から下された指示が具体的であればあるほどに、変形後の形態もそれに近しいものになっていった。そして、それは何も貴金属の類に限定されない。元リドワンは金属って言うよりも、流体に近い特性を持っていたみたいでさ。このローブマントみたいな生地にも化けられるんだよ。俺の妹は人狼一体ってよく言ってるけど、これもある意味で一心同体かな? どうだ、似合ってるか? これ、セラ考案の悪魔的デザインなんだよ。悪魔的な見た目になったお前になら、共感できるところもあるんじゃないか?」
「確かに、そのセンスには感嘆の息が漏れるところではあるが…… リドワンで着飾っただけではないか。そんなもので、権能を顕現させた俺と渡り合うとでも?」
「その気がなかったら、始めからこの場所に立とうだなんて思ってはいないさ。それよりも時間が惜しい。一秒でも多く…… その力を、堪能させてくれッ!」
「ッ!?」
大鎌を携えたケルヴィンが、真っ正面からケルヴィムの方へと突貫する。『致死』の恐ろしさを知った上での、この直情径行な行動は無謀が過ぎた。しかし、だからこそ、ケルヴィムはその行動に大きな驚きを禁じ得ない。
「血迷ったか!? 黒骨翼(アズム) !」
骨の大翼、その鋭利な羽先を 目標(ケルヴィン) に定めたケルヴィムが、勢いよくそれらを放出する。大翼は迫る最中にも枝分かれしていき、まるで増殖するかの如くその数を増やして行った。
「 大風魔神鎌(ボレアスデスサイズ) ・ Ⅲ(トリプル) !」
それに対抗してなのか、ケルヴィンは大鎌を更に肥大化させ、迷う事なくそれを振るった。やがて、強大なる斬撃は多くの骨の翼を巻き込みながら激突。骨の翼は両断され、大鎌が消失していく――― これまでの流れであれば、この攻防の結果はそのようになっていただろう。 ……が、今回は違った。
「 黒骨樹(ファルア) !」
ケルヴィムの骨の翼が両断された直後にその断面から新たな骨を生やし、目にも留まらぬ急成長を遂げていく。より多く、より強靭に育った大翼は、斬られる以前よりも凶悪な存在と化していった。その圧倒的な手数と攻撃速度は、ケルヴィンに次の大鎌を作らせる隙を与えないほどのもの。では、この戦いはケルヴィムが勝利したのか? と問われれば、決してそんな単純な事でもなかった。
「おう、斬り甲斐があるなぁっ!」
「!?」
ケルヴィンの大鎌もまた消える事なく、続け様に更なる一撃を放っていたのだ。いくら『致死』を施した翼をぶつけようとも、大鎌が消える様子はまるでない。
(なっ、なぜ!? いや、この複雑な魔力の流れは…… 同じS級魔法で何重にも周りをコーティングして、消えた側から次の魔法を内部から取り出しているのか!? 魔力が膨大だの小手先が利くだのと、そんな次元ではない。こいつ、どれだけ戦いの為に人生を捧げ、戦いの事ばかりを考えて来たのだ……!?)
そう、ケルヴィンは固有スキルである『魔力超過』を強化の為ではなく、幾重にも一つの魔法に内包させる為に使用していたのだ。剥がされても剥がされても、マトリョーシカのように次々と中から現れる大鎌は、最低でもその数分だけ攻撃できる事を意味している。この一瞬でその事実にまで辿り着いたケルヴィムの洞察力も凄まじいものだが、もちろん、それだけでは大鎌の残弾の数まで知る事はできないし、できる事と言えば可能な限り攻撃して、何とか力業で削り切るくらいしかない。
だが、その唯一の方法も、また簡単なものではなかった。ケルヴィンはこの時、自身に 風神脚(ソニックアクセラレート) を Ⅱ(デュアル) 、 Ⅲ(トリプル) 、 Ⅳ(クアッド) の全てを施しており、要所要所で速度を入れ替えながら突貫していたのだ。要は驚異的なまでにスピードに緩急があって、実体が捉え辛いのである。事実その速度は、 生き急ぐ(ヴィーヴル) を使用していたセラ以上に厄介なものだった。離れようにもケルヴィンの方が圧倒的に速い為、ケルヴィムはこの場で迎撃するしか―――
「よう、お互いに必中の間合いだな」
―――いや、そんな時間さえも、ケルヴィムには残されていなかったようだ。