作品タイトル不明
第136話 氷国の料理王
「待ってください。パウル、それは一体どういう事ですか?」
「どうって、そのままの意味だが……」
メルが渇望したレッツ食事タイムもそこそこに、豪華な長テーブルを挟んだメルとパウルの間で、何やら不穏そうな会話が発生していた。何だ何だ、また問題でも起きたのか?
「あなた様、ちょっと聞いてくださいよ。パウルがとんでもない事を言っています」
「とんでもない事?」
「いや、だからあの堕天使に血を抜き取られた時によ、『位置特定』の座標を設定しておいてやったんだよ。あいつ、俺を完全に格下だと思っていやがったから、多分そんな事になってるとは思っていない筈だぜ? へへっ、あの迫真のビビりも実は、俺流の演技っつうか? まあ、格下ってのは事実だが、あいつの知らねぇところで、一泡吹かせてやったって感じだぜ!」
「……えっ?」
思わず間の抜けた声で聞き返してしまう俺。いや、だってそれってさ、あのルキルを相手に能力を発動させて、座標のセットに成功させたって事だよな? 要は今この時も、パウルはルキルの居場所を把握しているって訳で…… それって凄い情報じゃない!? マジでとんでもない事じゃない!?
「パウル、お前すご―――」
「―――待ちなさい。それならルキルを追跡する際、別に白銀獄の面倒な経路を辿る必要はなかったのでは? 貴方、ルキルに座標を設定して、位置を知っていた筈ですよね? 何でわざわざ、面倒な道を案内したのです? ……したのです!?」
「うっ……! だ、だってよ、あの時は化け物が離れて安心した直後にメルの姐さんに攫われて、俺も混乱してたっつうか、姐さんの圧に潰されないように必死だったっつうか……」
「さっき、迫真のビビりは演技とか言っていませんでした? それはつまり演技ではなく、マジビビりだったのでは? ……だったのでは!?」
今日のメルさん、何かパウルに対しての当たりが強い。確かに、パウルを救助しに白銀獄へ行った時に、その道のりは体験させてもらって、面倒臭ッ! なんて思いもしたからなぁ。まあ、これは報告を怠ったパウルへの指導の一つなんだろう。前にも言ったが、メルの鍛錬方針は基本スパルタなのである。しかし、今回の件は間違いなくパウルの大手柄だ。ここは助け船を出そう。
「まあまあ、その辺にしておいてやれよ、メル。これでも食って落ち着けって」
レイガンド名物の鍋料理からゴロっとした肉を取り、メルの口に運んでやる。パクッ、もきゅもきゅ! っと、途端にメルの機嫌が良くなった。よっぽど気に入ったんだろうな。うむ、単純。
ちなみに現在、レイガンド王とエドガーは席を外している。何をしているのかというと、猛烈な勢いでメルの腹の中へと消えて行く料理を補充すべく、王と王子自らが調理場へと赴いているところなのだ!
……自分で言っておいてなんだが、この国のお偉いさんが何をやっているのかと、そうツッコミたい。メルの食べっぷりに一目惚れしたとかで、自分の料理も食べてほしいと、レイガンド王はエドガーを連れて猛ダッシュで消えてしまった。パウル曰く、レイガンド王は趣味が高じて城の調理場に頻繁に出入りするようになり、今では裏の料理長として厨房に君臨しているんだとか。エドガーもエドガーで元々料理が好きだったそうで、そんな父の下で長年腕を磨き、今では料理屋を出してもおかしくない腕前にまでなったとか。
「うまうまぁ~」
「あまあまぁ~」
エフィルの料理で舌が肥えている筈のメルとムドが、ここまで美味さを表情で体現するのは、ある意味で珍しい。美味さに悶絶するこの二人の顔を見て分かる通り、レイガンド王の料理の腕は相当なものだ。もしかしたら、エフィルの腕にも引けを取らないかもしれない。ただ、ちょっと気になる点もある。
「アクス、皿洗いのペースが落ちておるぞ! 調理場を狭くするなッ!」
「は、はい! 精一杯頑張ります!」
「頑張るだけじゃなく、実際にペースアップしろ! 護衛が甘えるでないッ!」
「サ、サー、イエッサー!」
「ペロナ、毒抜きはまだ終わらないのか!? メル殿のおかわりに間に合わないぞ!」
「 毒晴(ポイズンキュア) 、 毒晴(ポイズンキュア) 、ゴクゴク、うっぷ…… か、回復薬飲みながら、最善を尽くして解毒してるところッス…… てか、何で毒のある材料が……」
「レイガンドは極寒の地! 食べられる食材は何でも利用する! こんな事は常識であろう! それに、毒あるものは美味であると、大昔から相場が決まっておるのだ! 分かったら、さっさと毒抜きをせぇ! それでもレイガンドが誇る僧侶か!?」
「う、うッス…… 毒晴(ポイズンキュア) 、 毒晴(ポイズンキュア) ……」
「父上、下処理が終わった。これを頼む」
「よし、任せろぉ! 燃えろ、燃えるのだ! フハハハハハッ!」
―――とまあ、思いの外に近い調理場(つうか真隣)から、調理風景が駄々洩れな叫びが聞こえて来るのだ。端的に言って、すっげぇ騒がしいのだ。料理の材料に毒物を使ってるって、そんな大声で叫ばないでほしい。進化してから耳が人一倍良くなって、拾いたくない情報まで拾ってしまうんだよ、こっちは。
「レイガンド料理長、アイスケーキ仕上がりました!」
「おお、なかなかの出来だ! ロザリア殿、 レイガンド(うち) で共に働かないか!?」
「なっ!? 国王様が自らスカウトされているぞ! あの使用人は一体何者なんだ!?」
「申し訳ありません。お断り致します」
「「「こ、断っただとぉーーー!?」」」
そしてロザリア、君は確か、厨房の見学に行ったんじゃなかったっけ? 壁の向こうで料理人と思わしきギャラリー達が沸いている声が滅茶苦茶聞こえて来るぞ。何で一緒に調理しているんだよ……
ま、まあそれはさて置き、今の会話を聞いて分かる通り、調理を始めてからというもの、レイガンド王は人が変わったかのように燃える男と化していた。畏怖の念を抱かれ、国民から『氷国なのに燃える料理王』と呼ばれているだけの事はある(パウル調べ)、のだろうか?
「レイガンド王、久し振りに会えた、比較的まともな王族だと思っていたのに、思っていたのに……!」
脳裏に浮かぶは東大陸四大国のトップ陣、女装好き、狂信者、人材コレクター、戦闘狂――― プラスアルファで、北大陸の親馬鹿な義父さん。ああ、今更ながらに真っ当な王族がいねぇ…… 唯一まともに接してくれたのは、火の国ファーニスの王様くらいだろうか? あの人は珍しく真っ当だったなぁ、奥さんはバッケなのに。
「まともな王? ククッ、マスター・ケルヴィンも冗談きついぜ。あのクソ親父、あんな調子で俺にも料理を叩き込もうとしていたんだぜ? こんな小さい頃からよ」
「ああ、パウルが国を飛び出した気持ちも、今なら分かる気がするよ。あのノリで教えられるのは、ちょっとな…… 興味があれば話は別だが、俺の場合は無理そうだ」
「そういうこった。ちなみにレイガンドが軍拡を始めてんのも、隣国の料理の材料が欲しいっつう、かなり狂った理由なんだぜ?」
「……マジか? 魔王が君臨していた時のトライセンよりクレイジーじゃないか。そこは隣国と売買でもして済ませよ」
「それがなぁ、この国って環境が馬鹿みてぇに過酷で、モンスターの強さも総じて上だろ? だから国内外問わず、商人が行き来しようとしねぇんだよ。閉ざされた大地っての? マスターレベルに強ければ問題ねぇんだろうが、商人でそこまでする奴はいねぇ」
「それはそうかもだが…… いや、だからって、そんな理由で?」
「そんな理由で、だよ。あのクソ親父、普段は比較的冷静なんだが、料理が絡むと周りが見えなくなるからな。余はこの味で万人を黙らせて来た! が、口癖でよ」
「うわぁ……」
ああ、俺がパウルの立場でも、十中八九レイガンドを出て行っただろうな、これ。何と言うか、エドガーが演技でやっていた求婚癖より酷いような…… エフィルの料理愛を超えた、料理狂とでも呼ぶべきだろうか? うーん、変人の考える事はマジで分からん。