作品タイトル不明
第92話 自由な結末
舞台の上は数え切れないほどの弾丸と、七色の矢で一杯になっていた。あ、いや、八色の矢だったかな? シン総長とアートの戦いは、兎にも角にも攻撃の密度が濃い。限られた空間での戦いってのも理由の一つなんだろうが、それ以上に二人とも攻撃をぶっ放すし、同じくらいに攻撃を避ける。もう躱す隙間も攻撃を増やす隙間もないってのに、よくやるものだ。
「それだけに惜しい、俺があの場に居ない事が口惜しいぃぃぃ……!」
「おい、ケルヴィン。歯ぁ食いしばり過ぎて、口から血が垂れてるよ?」
「マスター、私のハンカチをどうぞ!」
スズからハンカチを受け取り、血を拭う。いかんいかん、つい本能が剥き出しになってしまった。頭では納得していたつもりだったが、俺の肉体の方が理解してくれていなかったようだ。まったく、困った奴だ。
にしても、シン総長の能力には驚かされたな。喩えるなら、セルジュの幸運能力を攻撃にのみ特化させたとか、そういう感じ。周りの敵味方には一切効果を及ぼさないけど、自分の攻撃にはこれでもかとばかりに幸運効果を詰め込んでいやがる。それによって引き起こるのは、セルジュ以上に不自然な怪現象の数々だ。跳弾はまだ良いとしても、簡易的な転移門が発生するのは本当に意味が分からない。しかも試合開始から放った弾丸全てに付与しているらしく、今のところ数の制限も見当たらないと来たものだ。
「流石は最古参のS級冒険者だ。シン総長、長年の活動に見合う能力の鍛え方をしているじゃないか!」
「あら、ケルヴィンちゃん。女の子に向かって歳の話題はエヌジーよん?」
「マスター、ハラスメント関連の本は持っていないので、代わりにこの本をどうぞ!」
スズからビジネスマナー関連の書籍を受け取り、軽くページをめくる。いかんいかん、つい口が滑ってしまった。理知的な戦闘狂たるもの、その辺のマナーにも気を付けなくては。 ……スズ、よくこんな本を持ち歩いていたな。ギルド長も苦労してるって事なんだろうか? よし、俺は絶対ならんでおこう。
それはさて置き、アートも魅せてくれるよな。あれだけの弾幕を掻い潜りつつ演奏を続行、更には矢のような魔法を放つ暇まであるなんて。透過能力をなしとすれば、もしかしたらアンジェよりも回避能力に長けているんじゃないか、これ? ただまあ攻撃を全力で行えない分、アートもシン総長に攻撃を当てられないみたいだけど。
うーん、アンジェの意見を聞きたいところだが、今は皆と一緒に街の外で観戦しているんだよなぁ。要らぬ情報を頭に入れたくないから、緊急事態以外は意思疎通も使わないようにしてるし。
「あの二人、付き合いが長いからねぇ。多分だけど、お互いに手の内をそこそこ知っているんじゃないかい? この調子で行くならこの試合、長引くよぉ?」
「何、それはマジか? 俺のこのフラストレーション、どうすれば良いんだ?」
「そりゃあ、私と良い事して解消すれば―――」
―――ピピィーーー!
突然聞こえて来たのは、甲高い笛の音だった。隣を見れば、スズがホイッスルを吹いていた。スズよ、そんなものまで……
「バッケさん、そこまでです! 今日何度目かのアウトな発言でしたので、冒険者のモラルを守るギルド長として、貴女にこれを進呈します! よく読んでおくように!」
「……何だい、これ?」
「よく分かるハラスメント防止本です!」
持ってるじゃん、ハラスメント本…… い、いや、それよりもS級冒険者に忌憚のない意見を言える、スズを流石と褒めるべきか。普段は人見知り気味だけど、やる時はやる子なのである。
「し、試合終了ーーー!?」
「「「……は?」」」
予期せぬアナウンスに、思考が一瞬停止してしまう。おかしいな、試合終了なんて実況の声が聞こえて来た気がするけど、聞き間違えだよな? 延長戦突入ーーー! とか、きっとそんな感じの言葉を言ったんだよな?
「ア、アート学院長がギブアップした為、第四試合は冒険者ギルド側の勝利とします! ……アート学院長、一応の確認なのですが、本当によろしいのですか?」
「ああ、私の負けで構わないよ。ほら、場外に出ているだろう?」
「いえ、そもそも対抗戦に場外負けというルールはありませんよ。試合中に稼働している結界を突き破って外に出てしまった場合でも、戦闘が継続可能な状態であれば復帰は許可されてしますし…… というか、結界をどうやってすり抜けたんですか!? 自分から歩いて出て行きましたよね、今!?」
「そりゃあ、私の魔法で少しばかりの小細工をさせてもらってね。ふむ、それならばこうしよう。この試合だけそういうルールだったって事にしておいてくれ。故意に外に出てしまった訳だしね」
「え、ええー……」
視線を舞台の方へ戻すと、そこには俺達と同じ感情を抱いているであろう様子のシン総長と、舞台の外に出ているアートの姿があった。聞き間違えじゃなくてマジだったのかよ。つか、どういう状況なんだよ? 総長や実況の子、アート以外の皆が困惑してるぞ。俺に至っては何てもったない事をしているのかと、未だに自分の耳を疑っている。
「おいおい、どういうつもりだ、 縁無(ふちなし) ? まだ私の弾丸はお前を貫いていないし、ギブアップをする状況でもない筈だ。あれだけ煽った末に敵前逃亡とか、今更笑い話にもならないんだけど? それに舞台上からお前がいなくなったせいで、目標を見失った弾丸が全部止まっちゃったじゃないか。もしかして、私の攻撃を止める事が目的だったとか?」
シン総長が言う通り、さっきまで戦場を縦横無尽に駆け、あらゆる空間を埋め尽くしていた弾丸は全て止まり、舞台の上にカラカラと転がっていた。量が量なだけに、弾頭や薬莢のちょっとした山が築かれている。
「そう短気を起こすな。ギブアップを宣言しているのに、そんな狙いがある筈がないだろう。殺し合いはそこそこに、それが私達の暗黙の了解だった筈だ。流石にこれ以上の戦いは、私も本気で殺しに掛からなければならない。貴様だって、そろそろ次の手を打つところだったんだろう、シン?」
「……まっさか~、公衆の面前なんだ。私だってそこそこで収めるつもりだったさ。精々、こっそり溜めこんでおいた毒弾を全弾至近距離で炸裂させるとか、不意を突いてハザードクラスターの刀身を飛ばして、更には刃をも炸裂させて弾丸にしてやるとか、その程度の事しか考えていなかったよ。いや、本当に」
いつ毒を撒き散らすんだろうか、とは考えていたけど、半端な攻撃にしない為だったのか。そしてその銃剣の刃、スペツナズナイフみたいに飛ぶのかよ。飛んだ挙句に炸裂するのかよ。多分だけど、それらも追跡能力を保持していたんだと思う。端的に言って殺意の塊だ。うーん、よだれが止まらん。
「フッ、殺る気十分ではないか。私個人としては、是非とも続きを楽しみたかったんだがね。どうにも立場と状況が、それを許してくれそうになかった」
「へえ、どんな立場と状況?」
「これ以上やり続ければ、私だけでなく ルミエスト(・・・・・) までもが危険に晒される。私の察知スキルがそう告げていたんだ。だから、今日のところはここまで。悔しくはあるがルミエストの学院長として、ここは退かせてもらう。貴様にもギルドの長としての行動を、少しくらいは期待したいものだ」
……? 何か含みのある言い方だな。一体どういう意味だ?
「……なるほどねぇ、そういう事か。それなら私も冒険者ギルドの総長として動かなきゃだし、このまま素直に勝者となる訳にはいかないかな。という訳で…… おーい、実況席!」
「は、はい、何でしょうか?」
「私もギブアップね。あと、ちょっくら仕事ができたから、次の舞台の魔力供給係、他から見繕って。じゃ、そういう事で! じゃね!」
「は、はいぃぃぃ!?」
実況の子の驚き声が会場に響き渡る。が、シン総長は関係ないとばかりに、そのまま猛烈な勢いで駆け出し、舞台の結界を正面から突き破って選手入場口へと消えて行ってしまった。更に更に時同じくして、アートの姿もいつの間にか消えてしまっている。
「あれっ? ア、アート学院長!? あの金ぴかどこに行ったぁーーー!?」
当然、実況の子はそういう反応を返す訳で。
「うーん、自由だねぇ」
「あの人達、この企画のトップ責任者達なんだよな?」
「一応その筈ねん」
「私、ちょっと菓子折りの準備をして来ますね!」
そう言って本当に菓子折りを用意しに行くスズの後ろ姿を見送りながら、俺達は運営部を不憫に思った。