作品タイトル不明
第90話 的外な弾丸
程度の低い口撃合戦は兎も角として、二人の間で行われる攻防は息つく暇もなく、S級冒険者であるケルヴィンやバッケ達の目からしても、大変に熾烈なものと化していた。
「 宙跳ぶ弾丸(ジャンプバレット) !」
見当外れな方向に向けた銃剣、及び銃で弾丸を発射するシン。そのまま直進すれば舞台や周りの障壁に当たっていたであろう二つの弾丸は、発射された直後にその軌道上から姿を消してしまう。
「またそれか!」
アートが咄嗟の回避行動を行うと、先ほどまで彼が居た場所の背後より、消えた二つの弾丸がその空間を貫いていた。まるで弾丸が空中で転移して、アートに奇襲を仕掛けたかのような攻撃だ。しかしこれは比喩ではなく、シンの弾丸は本当に転移していたのだ。
神の使徒を引退後、シンはギフトとしてアイリスより賜っていた固有スキルを返す代わりに、別の固有スキルを会得していた。それが現在も彼女が使用している、『 的外(まとはずれ) 』の力である。
この固有スキルはシンが投擲したり、銃や弓といった射出武器で放った攻撃に、とある能力を付与する。それは狙った対象に当たるまで、延々と追跡を繰り返す百発百中の力。喩え銃身を明後日の方向に向けて弾を放ったとしても、その攻撃は 偶然(・・) に発生した小さなワープゾーンへと飲み込まれ、 奇跡的(・・・) に対象に当たるであろう場所へと吐き出されるなどして、その軌道を変えてしまう事ができるのだ。更に、その偶然と奇跡を越えてやって来た弾丸を躱したとしても、シンの能力はまだ終わらない。何せ、この力は当たるまで続くのだから。
―――キキィン!
「ッ!?」
横に飛び不意打ちを躱した筈のアートであったが、今度はそれら弾丸が舞台に当たる事で跳弾、再びアートが逃れた方向へと矛先を変化させる。恐らく、この跳弾をもう何度躱したところで、弾丸が止まる事はないだろう。謎の奇跡的な力が働いて弾丸の威力は落ちないし、偶然が積み重なってその矛先がアートを見失う事もない。言ってしまえばシンのテリトリー(少なくとも舞台上は全範囲)に居る限り、この攻撃は獲物にヒットするまで永続的なのだ。また、その力を宿させる弾数も異常だった。
―――ダァンダァンダァン!
シンが追加となる弾丸を、再び的外れな方向へと打ち続ける。今度は自らの死角でもある真後ろに向かってであった。
(それでも弾丸は勝手に私をロックオンする。自分の体で弾丸の姿を遮って、消えるタイミングを見せない魂胆か。いつもの如く、美しくない戦い方だ。しかし、厄介なのもまた事実。普通に考えれば撃ち落とすのが有効策なんだろうが、消滅レベルで完全に破壊しない限り、粉々にしたところであの攻撃は私を追い続ける。運悪く分散して、攻撃の手が増えるのはよろしくない。しかもこれまでの経験上、あの弾丸の破壊は高確率で上手くいかない。十中八九中途半端に破壊されて、小さな破片になるのが関の山だ。恐らくはステータスの幸運値が絡んでいるんだろうが、さて……)
思考を巡らせるアート。これまでの経験から推測する彼の考えは、ほぼほぼ正解を的中させていた。アートが思っている通り、シンの『 的外(まとはずれ) 』の不可思議現象には幸運が深く関わっている。言うなれば、刀哉やセルジュが持つ『絶対福音』を攻撃の一部に特化させた力なのだ。躱せば何かしらの理由で追いかけて来るし、破壊したとしても少しでも弾丸の残骸が残っていれば、その残骸全てが再び追って来る。しかも前述の通り、どんな方法で弾丸を迎撃したとしても、奇跡と偶然が絡まって残骸が残る事が殆どと来たものだ。躱すも解決にならず、破壊するにも分の悪い賭け。結果、現状の理不尽を押し付けられている訳である。
しかしその間にも攻撃は止まらず、尚も襲い掛かる弾丸の数は増えている。試合が開始されてから、先ほどの銃撃で計百四十四発の弾丸が解き放たれた。そして、その百四十四発の弾丸は 全弾(・・) 、今もこの舞台上で躍り狂っているのだ。あらゆる場所で転移と跳弾が起こって、最早舞台上は収拾がつかない様相を呈している。
「そんな面白い力があったのなら、俺との時にも使ってろよ! 狡いぞ、アートばっかり!」
客席でとある召喚士が大声を上げて注目を集めているが、この戦いにはあまり関係がないので割愛する。
「いい加減一発くらいまともに当たりなよ、アート! 掠ったくらいじゃ、私の 宙跳ぶ弾丸(ジャンプバレット) は止まらないぞ!」
「フッ、そういう事は掠らせてから言うものだ!」
話を戻そう。そんな混沌とした戦場に身を置いているというのに、アートは未だに一つの傷も負っていなかった。それもそうだろう。シンが固有スキルを発動しているのに対し、彼も彼で固有スキルを発動させていたのだ。
「ったく、私の教え子の教え子じゃあるまいし、過度に避けるのも大概にしてほしいものだなっ!」
「誰の事だがさっぱりだが、さぞ苦労したんだろうな、その教え子達はっ!」
「うおお、アンジェみたいに避けまくってる! どんな能力なんだ!? 気になるぞ、気になる! おい、そこを代わってくれ、シン総長!」
……一部の客席より、今度は地団駄を踏む音も聞こえて来た。しかしながら、例の如く割愛。
再び話を戻す。アートの固有スキルは『紙一重』、彼が持つ危険を回避する系統のスキルを底上げし、その全てを上位のスキルへと押し上げる能力だ。仮にアートが『危険察知』を持っていたとすれば、それは『危険全知』へ、『心眼』であれば『真眼』へと進化する訳だ。またアートが持つそれらスキルは当然S級だ。上位かつS級の回避スキルを総動員させ、アートは爽やかな汗を迸らせながら、この難局を逃れていたのである。本気で攻撃を躱すアートは、それはもう気味が悪いくらいに攻撃が当たらない。
「相変わらず気味が悪いし気持ちも悪い! 私に対する嫌がらせみたいな能力だよね、それ!」
「フン、誰が親切に当たってやるものか。数を増やすだけでなく、数発だけ毒を混ぜる卑怯者の攻撃になんてな!」
「あ、バレてた?」
シンの銃剣ハザードクラスターには、ケルヴィンを襲った時にも使用した、毒ガスを含んだ弾丸が数発だけ装着されていた。本来であれば着弾した瞬間に毒素を撒き散らすこの弾丸であるが、今回はシンの『的外』が発動している為、不思議と破損しないまま通常の弾丸の中にこっそりと交じって、アートを追いかけ回していたのだ。
だが、アートもただ攻撃を躱していただけではない。その最中にも楽器を鳴らし、軽やかに 演奏(・・) を行っていたのだ。
「君こそ、そう遠慮しなくたっていい。こんな間近で私の 哀楽の二重奏(ソローデュオ) を聞き続けるのは辛いだろう? ほら、早く楽になると良い。さっさと射貫かれろ」
「くふふ、やなこった!」
アートは『演奏』スキルの達人であり、彼が奏でる曲は人の感情を揺さぶるとまで言われている。しかもだ、不思議な事に曲を聴く者によって、その曲調は違った風に聴こえるのだという。その効力はステータスにもハッキリと表れ、仲間には全ての能力に劇的なまでの向上をもたらし、敵には全能力を著しく低下させるデバフが与えられる。そして当然この場合、シンに与えられるのは後者の効果だ。
「しっかし、相変わらず下っ手くそな演奏だなぁ。それにさぁ、楽器の弦で攻撃をぶっ放すの止めてくれない? そこは常識的にいこうよ?」
「貴様にだけは、言われたくないッ!」
猛りと共にアートが楽器の弦を弾くと、そこより出でた何かが、高速でシンに迫って行った。