作品タイトル不明
第18話 第二試験④
空気を裂くような、或いは凄まじい爆音が鳴り響いたような、とにかく試験官と受験生達は、これまでの人生において耳にした事のない音を聞いた。巻き起こったのは一瞬、但しそのインパクトは計り知れないものだったのは確かだ。
「うわっ!? ななな、何の音だっ!?」
「え……? え、走り終わったの?」
「う、嘘っ!? さっきの今だよ!?」
その証拠にそうしようと打ち合わせた訳でもないのに、この場に居合わせたリオンとアーチェ以外の者達は皆、目を点に、そして口を開けっ放しにするという、何とも間の抜けた表情で統一されてしまっている。共に走る筈だった残り三名の受験生達も驚きのあまり、スタートを切る事もできていなかった。
「……タイムは?」
「え? あっ、ええと!?」
ゴールから暫くしても誰も動こうとしないので、仕方なく声を掛けて確認を取るベル。呆気に取られた状態から正気に戻り、大急ぎでタイムを確認する担当試験官。タイムの計測はゴールを通り抜けると作用する専用計測器で自動で行われる為、計り忘れが発生する事はない。
「う、ううぅん!?」
但し、計測器に記されていたベルのタイムは、あまりにも現実離れした数字だった。何せ、歴史あるルミエストのどんな記録よりも速く、それ以前に比較するのもおこがましいと思わせるほどのものだったのだ。一度正気に戻った試験官は目にした瞬間に思考が停止し、再び呆然。これを現実として認めるか、それとも自分は夢の中にいるのではないかと、まずはそこから選択するところから始まる。
「わあ、シャルル君が見事にぶっ飛びましたね。結構な飛翔のようでしたけど、大丈夫でしょうか? 私、責任者として心配です!」
「ハッ!? そ、そうです、受験生の一人が吹っ飛んだんでした! 早く無事の確認をっ! 担架の用意も!」
「はは、はいっ!」
「ふぅ」
言葉とは裏腹に楽しそうなアーチェ、慌てて担架の用意をする他試験官、少しスッキリした様子のベルと、三者三様の反応を見せる。一方で外側より様子を眺めていたリオンは、ベルの技術の高さに感服していた。
(ベルちゃん、凄いなぁ! 邪魔者のみを排除するコントロール力もそうだけど、怪我を負わさないように吹き飛ばす位置をちゃんと水場に調整してた。うん、厳しいながらも最低限の思いやりを忘れない。対人戦はこうあるべきだよね!)
対人戦とはこれ如何に。しかしリオンの言う通り、派手に吹き飛ばされた割にシャルルは無事であった。これといった外傷はなく、精々飛ばされた先で水にドボンし、自慢の衣服をずぶ濡れにしてしまったくらいの被害で済んだようだ。ただ、念の為シャルル本人は医務室で検査を受ける事に。
「彼はまた後に試験を受けてもらうとして…… いやはや、逆側に跳躍するなんて、シャルル君もおかしな事をするものです。目立ちたがり屋さんも、あそこまで突き抜ければ尊敬ものですね。ベルさんもそうは思いませんか?」
「フフン、まったくね」
アーチェに話を振られたベルは、珍しくも爽やかな笑顔を咲かせていた。
それからベルのいた第一グループは、トラブルが発生したという名目で、ただ一人走り終えたベルと医務室送りのシャルル以外の三名で再度測定を行う事に。こちらは至って平和的に、可もなく不可もなくといったごく普通の内容であった。ベルの伝説的な記録が嘘のように、次の走者達も普通、良くても常識的なレベルでの優秀、といった内容ばかりだ。そして、いよいよリオンの所属するグループの順番が回ってくる。
「よーーーい―――」
アーチェが用意の声を投げ掛けた後、鳴らされる赤魔法による空砲。これまでと同様に代り映えのしない展開だ。が、しかし。
「―――ほっ! よし、一着!」
「ッ!!??」
ベルの時とは真逆に何の足音も気配も感じさせないまま、ゴール地点を通り抜けたリオン。喜びの声を耳にする事でリオンの存在に気付いたタイム測定担当試験官は、ビクッと体を震わせながら軽く飛び跳ね、ベルの時以上に驚いた様子であった。それこそ、口から心臓が飛び出る勢いだ。
「試験官、タイムはどうでしたか!?」
「うぇええええ!?」
「あ、あの……?」
「タタタ、タイム!? ああ、タイムね、うん! ちょっと待ってね、今深呼吸するから! 自分を見つめ直すから! すぅ、はぁ~~~……」
ベルの記録によってある程度の耐性ができたとはいえ、このタイムを見るのには勇気がいる。落ち着いてこれが現実であると認め、試験官はゆっくりと測定器へ視線を移した。
「すまない、私の頬をつねってくれないか?」
「何でですかっ!?」
「自分が信じられなくて……」
リオンの記録は、先のベルのタイムを上回るものだった。試験官はこれが現実なのか夢なのか、もう判断できなくなっていた。疑心暗鬼の真っ只中、リオンに意味不明な要求をしてしまうほどである。ちなみにこの間も、ベルとアーチェ以外の者達は目が点に、口を開けっ放しの状態だ。
(流石はリオンね。ほんの少しの差、それも緑魔法なしとはいえ、私のスピードを追い抜くだなんて。今度は手加減なしの全力で相手をしてもらいたいものだわ)
スッキリしたのもあるんだろうが、ベルは何だかご機嫌である。
「うーん、このグループも測定のし直しですね。はいはーい、皆さん気持ちは分かりますが、正気に戻ってくださいねー!」
頭上でパンパンと手を叩き、受験生と試験官を現実に引き戻そうとするアーチェ。相当に図太い性格をしているのか、彼女だけはこの状況でもあっけらかんとしたままだ。
「まだまだ試験は始まったばかりですよ。燃え尽きるのなら、それらが終わった後にしてくださいねー? あ、でも明日は明日で面接試験がありましたね。すみません、今のナシ! 灰になるのは明日の試験が終わってからで!」
王族や貴族といった高貴な出自の多い受験生達、毎年多くの逸材を目にしてきた試験官達にとっても、これほどまでに規格外な存在は稀有も稀有、風の噂で耳にしても、直接出会うような事は殆どないと言って良い。驚くのも無理はないだろう。しかし、アーチェの言う通り第二試験は始まったばかり。この後にも筋力や魔力の測定、更には指定審査など、デンジャラスなポイントは数多く存在するのだ。彼らの心が折れない事を、今は祈るばかりである。
(ふんふんふふ~ん♪ 今年の受験生はとっても優秀ですね。もうこれS級冒険者並みのような、そんな気さえします! 学院長、私の手には負える気があんまりしませーん! イェェーイ!)
そんな中、一人ハイテンションで次の試験を楽しみにしているアーチェは、やはりどこか頭のネジが飛んでいた。そしてこの後、リオンとベルは第二試験の全てにおいて、アーチェの期待の斜め上を行く結果を残す事となる。この日全ての日程が終了した時、興奮のあまりアーチェは鼻血を垂らしていたとか、いないとか。