作品タイトル不明
第19話 途中成績①
試験二日目の全日程が終わり、時刻は夕方。ルミエスト学区内にはまだ生徒の姿も多いが、受験生達は午前中のうちに、それぞれの宿泊場所へ帰宅を終えている。残す試験は最終日の面接のみとなり、受験生はもちろんの事、担当する試験官達にとっても、もうひと踏ん張りの時期といえるだろう。何せ受験生達が学園を後にしてからも、彼らには採点をまとめる作業が待っているのだから。しかも、そんな採点作業を終えたからといって、この日の業務が終わる訳でもない。
「さて、疲れているところ集まってもらってすまない。一日目の筆記試験、そして今日行った実技試験、その採点はまとめは如何なものかな?」
部屋名プレートに会議室と記された校舎内の一室に、アート学院長の中性的な声が響き渡る。彼が座る円卓には、アートの他にも何名かの学園教師が同席しており、正にこれから会議が始まる様相を呈していた。そこにはこの日、リオンとベルの担当試験官だったアーチェの姿もある。
第一試験と第二試験の採点が終われば、こうして各試験の責任者を務めていた教官達がこの会議室に集まり、現段階での受験生達の成績を共有する時間を設けるのが、ルミエストの恒例となっている。翌日の面接試験に用いる質問材料にする、何か問題が発生していないかの確認を行うという名目なのだが、突出して注目すべき受験生がいた場合、この場でその者を紹介する事もある。アートはどちらかといえば、後者の話を楽しみにしている口だ。
「ええ、滞りなく」
「わあ、ホラス先生は流石ですねー。疲れの色が一切見られません! 私なんてこの会議に間に合わせる為に、必死にデータを作っていましたのに!」
「フッ、アーチェ教官は見た目とは裏腹に、細々とした作業が些か苦手のようですからなぁ。急ぐのは良いですが、そのデータ内容が間違っていないか、ワシは祈るばかりですよ。何と言っても、それいかんによって少年少女達の未来が決まるのですから!」
朗らかに笑うアーチェに対し、ボイルという名の少しばかりふくよかな体型をした男性教諭が突っ掛かる。言っている事は間違ってはいないのだが、その口調は実に尊大な様子だ。
「ボイル教官、落ち着いてください。採点は間違いが起きないよう、何重にもチェックされるものですから、そのような事は起こりませんよ。聡明なボイル教官ならばご存知の筈です。知らなければクズに成り下がってしまいます。私はボイル教官がクズでないと信じたいのですが? 貴方はクズですか? クズ?」
そこに待ったを掛けたのは、教官用の制服の上にローブを羽織った妙齢の女性だった。アーチェとは方向性が異なるが、こちらの女性も理知的な印象を窺わせる美女である。時に全てを包み込む聖母のような笑顔を振り撒き、時に悲しそうに俯いてみせる…… が、どうも台詞に怪しいところがあった。場を和まそうとしているのか、それとも新たに喧嘩を吹っかけているのか、微妙に言動が噛み合っていない。
「う、うむ……? も、もちろんワシは知っておる、知っておるとも。聡明であるからな! ワシなりの気遣い、そう、アーチェ教官を心配しての言葉だったのだ!」
「まあ、それは素晴らしい事です。教官同士のコミュニケーションは大切ですからね。もし仮にただの嫌味だったのなら、本物のクソ野郎でしたからね。私は心の底から安心しました」
「……ミルキー教官、君、わざと言っていないかね?」
「はて、一体何の事でしょうか?」
ミルキーはおっとりぽわぽわとした口調で答え、可愛らしく首を傾げてみせる。
「い、いや、分からないのなら良いのだよ。うむ、きっとワシの気のせいだ」
ボイルは不覚にもその仕草にときめいてしまい、それ以上は踏み込まない事にしたようだ。
「そうですそうです、人の心配より自分の心配! ボイル先生こそ、私と同じくらいうっかりさんなんですから、気を付けてくださいね? 何せ、受験生達の未来が懸かっているのですから!」
「アーチェ教官、君に関しては明確にワシを馬鹿にしておるなっ!?」
「とんでもない! 純粋に心配しているんです! ボイル先生のうっかりを!」
「それを馬鹿にしていると言うのだ!」
しかし、あろう事かアーチェは空気を読まずに、ズカズカと地雷原へと足を踏み込んでしまう。プライドの高いボイルが怒るであろう地雷を、タップダンスを踊るが如く踏み抜きに踏み抜く。アーチェは一切気にしない、というか配慮できない 質(たち) なので、収拾もつかない状況だ。
「私が担当する第一試験に限定しての話ではありますが、今年の受験生で大きな問題を起こした者はいませんね。精々が居眠りや遅刻といったものです。問題が分からないからといって、不当だと暴れ出した者がいた昨年よりも随分と洗練された印象かと―――」
「―――ホ、ホラス教官!?」
が、アートの隣の席に座っていた大柄な教官、ホラスはそんな状況を一切気にする様子もなく、淡々とアートに向けての報告を開始。これには先ほどまで顔を真っ赤にさせていたボイルも、マジでかと驚愕してしまう。
「ワシが言うのも何だが、よくこの状況で何事もなかったかのように始められますな。しかし、勝手に進行するような真似は―――」
「―――勝手なのはどちらでしょうか。この時期の一分一秒は大金に値します。言い争いをする、それを止めに入る。そのような時間は無駄だとは思いませんか? ならば、強制的に始めるのが最も得策でしょう」
「む、むう……」
丁寧な口調とは裏腹に、大柄かつ強面のホラスが放つ威圧感は重い。ボイルは堪らずに口を閉ざしてしまい、それ以上言い返す事ができなかった。代わりに、様子を見守っていたアートが軽く手を挙げる。
「ホラス教官の言は尤もだが、教官同士で言い争うのはよくないぞ。それでは生徒達に示しがつかない。君達4人の方針が異なっているのは重々承知の上だが、くれぐれも生徒達に悟られないようにしてくれよ? 目立つのは私だけで十分なのだからね!」
「はい、気を付けます!」
「……申し訳ありません」
「ええ、承知致しました」
「クッ……! も、もちろん、分かっています、とも」
アートの言葉に素直に頷く、或いは渋々と等々、受け入れ方は様々なれど、教官らは従う意思を示す。
「よろしい。なら折角だ、そのままホラス教官から順々に報告してくれ」
「はい、では先ほどの続きから。数字の上での成績を見ますと、今年は大分開きがありました。全ての教科において満点を取った者もいれば、全ての教科を無記入のまま提出し、1点も取れなかった者もいるような状況です。筆記の試験官を長年務めてきましたが、このように両極端なのは初めてかと」
「は~、満点はもちろん凄いですけど、無記入のまま出しちゃう子も凄いですね。流石の私も、赤点スレスレを狙って何問かは記入しますもん」
「アーチェ教官は肉体派のお馬鹿さんですからね。本当にその容姿が可哀想です」
「えへへ、そんなに本当の事を言わないでくださいよー。恥ずかしいですよー」
「………」
ボイルが何とも言えない表情をアーチェとミルキーに向けているのはさて置き、この出来事はルミエストにとって大変珍しい事であった。満点も然り、零点も然り、である。
「フフッ。それで、その偉大なる成績を残した受験生の名は?」
「全教科にて見事満点を取ったのはベル・バアル、新たに存在が明らかとなった北大陸一の大国、グレルバレルカの姫です。対して不名誉にも零点であったのは、東大陸の獣国ガウンの推薦で試験に参加するラミという少女ですね。鼻から問題を解く気がなかったのか、終始眠っていたのを確認しています」