作品タイトル不明
第17話 第二試験③
隣にいたのは黒髪褐色肌の少年だった。顔立ちは良く、エキゾチックなハンサムと言っても過言ではない容姿をしている。但しそれは同年代の視点から見た話で、ベルからすれば小生意気な小僧程度の印象しか持てなかった。悪魔特有の体質で体の成長が止まり、リオンと同じくらいの年齢にしか見られないベルであるが、そこはセラの双子の妹、中身はしっかりと大人なのである。
(ああ、こいつ馬鹿ね)
ついでに指摘するならば、衣装もよろしくない。運動に適した格好をして来いと指定されているのに、少年は頭に布を巻き付け、衣装は全身を厚く着飾るような格好をしていたのだ。今日の試験に適しているとは、とても言えないだろう。ベルからしてみれば、お前はここに何をしに来たんだ? という呆れた感想しか出てこない。
「おいお~い、そんな怖い顔をしないでくれよ。せっかくの可愛い顔がそれじゃあ可哀想だ。ほら、スマイルスマイル~♪」
「………」
反射的にイラっとして少年の顔を蹴り飛ばすところだったが、ベルは大人なのでそんな事はしない。明らかに不快感が表情に出てしまっているだろうが、ベルは大人なのでそこでぐっと堪えられる。我慢できる。
「……試験前に無駄話をしないでくれない?」
「おっと、これは手厳しい。だけどさ、全然無駄な話じゃないだろ? 何せ、この僕と直にお喋りをしたという、一生ものの思い出が君に残るのだからねっ!」
本能的にイライラっとして少年の土手っ腹に大穴を開けそうになるも、ベルは大人なのでギリギリの瀬戸際で自戒する。本当に危ないところだったけど、何とか踏みとどまる。耐え忍ぶ。
「僕の名はシャルル・バッカニア。ご存知の通り、バッカニア王国の第三王子さ」
バッカニア王国、西大陸中央部に位置する砂漠地帯を領土とする国だ。規模としては西大陸において中の中、過酷な環境にあるが、価値ある資源を豊富に所有している為、それなりに裕福な暮らしをしている国でもある。しかし、補足するべき点はまだあり―――
「―――ああ、確かリゼア帝国の支配下だったとこよね、そこ」
そう、バッカニアはリゼアと不平等条約を結び、その対価として安全を約束された国でもあったのだ。資源を有し帝国に対して常に平伏的な態度であった為、他の支配領域よりも重宝されていた、という訳である。ついでに言うと、バッカニアの王族達は強いものに巻かれろ主義、そして女好き目立ちたがり屋な傾向が強い。このシャルルはものの見事にそんなバッカニアの血を受け継いでいるようで、ここまでの印象は正にその通りであった。ついでに言うと、先ほど作成したベルのブラックリストにもしっかりと入っている。
「へえ、なかなかに詳しいじゃないか。でもね、確かに昔のバッカニア王国はそうだったかもだけど、今は全然状況が違うのさ~。何せ、リゼアが勝手に内部から崩壊してくれたからね。これを機にバッカニアはリゼアの呪縛から解放され、新たなる時代の一歩を踏み出し始めるんだ。僕はその先駆け、新たなる時代の息吹なのさ!」
「新たなる一歩がアンタなら、バッカニアは完全に道を踏み外してるわね。可哀想に、ご愁傷様」
「フフッ、照れているのかな? 悪態をつく君も可愛いね。さては君、気のない振りをしていて、実のところは僕に興味津々なんじゃ―――」
「―――さっさと用件を簡潔に言いなさい、 三下王子(・・・・) 。私はアンタほど暇じゃなくて、試験前に集中力を欠く馬鹿な行為も望んじゃいないのよ」
大人なので手も足も出さないが、嫌味を言っても分からない様子なので、今度は直接的に言葉に表して口撃する。加えてギロリと睨みつけてやれば、もう変に関わってくる事もないだろうとベルは踏んでいた。
「いやいや~、間違ってるって。僕は第三王子だって。君ってば意外とおっちょこちょいなのかな? いや何、昨日の第一試験や今日の第二試験で、同級生になるかもしれないライバル達を観察していた僕なんだけどね、君とさっきまで隣にいたあの黒髪の子、群を抜いて可愛いなと思っていたんだ~。機会があれば声を掛けようと決心するほどに、ね♪ かと思えばこの試験、僕の隣には君がいたじゃないか! これは最早運命なんだって、神様に深く感謝したよ! これでも僕は信心深い方でね、国の修道女とも仲が良過ぎるくらいに良かったのさ。どう、意外? 意外かな? スピリチュアルな僕って、何だか神聖な感じがしないか~い?」
「………」
しかし、シャルルは予想以上にメンタルが強かった。これまで幾度の失敗を重ねて鍛えてきたのか、まるで意に介していないのである。ナンパを仕掛ける相手は歴とした悪魔で、感謝をする神が筋肉である事も、知ったところで恐らく気にしないタイプだ。同時に関わりたくないタイプでもあるが、その屈強な精神だけは見習う点があるなと、一周回ってベルは感心する。
「うおわっ!? きゅ、急に寒気に襲われた……! こんな脳に直接くる刺激、僕初めてだよ! やっぱこれ、運命の出会いとかしか思えないな。君もそう思うだろ、ね、ね?」
試しにシャルルにだけ届く範囲で殺気を飛ばしてみるも、彼は都合の良い方へ解釈しているようだった。最早彼のメンタルは無敵の域にいる。ある種の大物だ。但し、これだけ大声を出せば試験官に目を付けられるというもの。アーチェが逸早くシャルルに注意を促す。
「シャルル君、受験生の中で交流を深めるのは良い事だけど、今は試験中ですよ? 私としてはその行動力を称えて加点してあげたいところですが、試験的には減点対象です。残念だけど、凄い減点対象です」
「これはこれはアーチェ試験官、僕の為にわざわざ声を掛けて頂けるとは光栄だなぁ。いえ、歳の差も胸の大きさも関係ありません。僕は見ての通り、守備範囲が広いんです!」
「う~ん、そっかそっか。でもね、聞いての通りそれも減点対象♪ このままだと君、走る前に失格になってしまいますよ? ベルさんに迷惑をかけるのも、ほどほどにしてくださいね。国家間の問題になったら、私のワクワクが止まらな、コホン! ……そのような事は、ルミエストとしても承認できませんからね」
「へえ! 君、ベルって言うんだね? 鈴のように可愛らしいネーミングじゃないか~。国家間の問題になる懸念がある辺り、かなり身分も高いと見た! ベル、ベル、ベル・バッカニア…… うん、良いね! 奇跡的にマッチングしている! 僕ともお似合いだ!」
ここまで奇跡的な馬鹿となれば、逆の意味で希少かもしれない。ベルは怒りを飛び越え、氷のような冷静さを取り戻していた。
「大丈夫、貧乳だって僕は見捨てないよ!」
「減点~♪ シャルル君、いよいよレッドカードが目前です! 私、盛り上がってきましたよ!」
(よし、殺そう)
良かれと思って言ったのであろうシャルルの言葉は、ベルを氷のような冷静さから、絶対零度の冷酷さへとランクアップさせた。
レッドカード手前となれば、流石のシャルルもそれ以上口を開かなくなる。代わりにベルに向かって頻りにウインクをしていたようだが、もうベルは前しか見ていないので関係ないといった様子だ。いよいよ一組目の受験生達は配置につき、開始の合図を待つ状態となる。
「では、合図の赤魔法が鳴ったらスタートしてくださいね。いきますよー? よーーーい―――」
―――グオォォーーーン!
「へ? ぇうあっ……!」
試験官の一人が詠唱した赤魔法は、小規模の無害な爆音を鳴らすという、所謂空砲のような働きをするものだった。しかし、この瞬間にその空砲の音を上書きして辺りへと鳴り響いたのは、ソニックブームが巻き起こした爆音であった。器用に片方のお隣さんのみに放たれた衝撃波は、とある不幸な受験生へと浴びせられる。