作品タイトル不明
第585話 えむぶい
―――パーズの街
「な、何とか辿り着いた……!」
俺は追っ手を振り払い、この命を散らす事なくパーズへと到着した。装備はエフィルに修復を頼む必要があるレベルでボロボロ、途中で加護を発動させてしまうという失敗を犯すも、それ以降アンジェに救出されるような場面は完全に阻止する事ができた。全力も全力で、俺はやり遂げたのだ。
「ちぇー、あと少しだったのに~」
「そう口を尖らせるなよ。もう興奮に次ぐ興奮、脳内麻薬出まくりで、俺をここまで疲労困憊させたんだからさ。加護まで使っちまったし……」
「それやったの、私じゃないし~」
ハムスターの如く頬を膨らませるセルジュ。子供か。
「おじさん、一日の死亡回数最多を記録したんじゃないかな、今日……」
「斬っても潰しても爆散しても無制限に出てきたから、俺としてはある意味恐怖だったぞ、あれ。出て来た瞬間に消さないと、斬撃やら抜刀術やらが飛んで来るとかな。今日だけでニトに何度斬られた事か」
「斬った側から魔法で再生しちゃう君に言われたくないねぇ」
物量よりも少数精鋭の輝くこの世界であるが、ニトの辻斬り軍団は正気の沙汰でない強さだった。白魔法がなかったら、確実に俺は詰んでいただろう。
「疲れましたぁ…… もうジェラールのおじさまに会いに行っても良いですか?」
「エストリアちゃん、絶対おじさんより元気だよねぇ。年齢的には、おじさんもおじさまの仲間じゃないかな? ほら、癒されて良いよ?」
「えっ?」
「真顔で返されると辛い。おじさんのハートは硝子なの……」
おじさん、撃沈。心の中で褒めた直後にこれである。
「ったく、相変わらずだらしないわね。ケルヴィン、さっさと行きなさい」
ベルが俺を追い払うように、シッシッと手を払う。何を隠そうこのベルさん、セルジュを差し置いて俺の心臓を物理的に貫いてくれた張本人なのである。アレは良い蹴りだった。そんな強者の余裕なのか、その表情は少し誇らし気だ。
「お、おう。今日のMVPだってのに、やけにそっけないんだな? もっとこう、激励の言葉とかはないのか?」
「何よ、そのえむぶい…… 何とかって? もう用はないんだから、屋敷に直行なさい。今直ぐに、駆け足で迅速に。セラ姉様を待たせないで」
「あー、なるほどな。お前が急かす理由はセラが次に控えているからか。俺に負けないくらい姉妹思いだよな、ベルって」
「……もう一度貫かれたいの?」
「いえっ、もう行きますですっ!」
ベルからマジもんの殺気が溢れ出すのを目にして、急いで回れ右をする。これ以上ここにいたら、さっきの続きを始めてしまいそうだ。セルジュの「精々頑張りなよー」という、戦闘時とは真逆の気の抜けた声援を背に受けながら、俺は第7チェックポイントである屋敷を目指す。と、そこへクロメルを背負ったアンジェが現れた。
「や、ケルヴィン君おめでとー」
「クリアおめでとうございます、パパ」
「ギリギリだったけどな。ま、メルの加護を使っちゃったのは痛手だったけど、クロメルの方は温存できて良かったよ。温存したまま失格になったら、それこそ笑い話でしかない」
「救出する身の私としては、ずっとハラハラのドキドキだったよ。クロメルちゃんの見せ場については、次辺りが期待かな? 個人的には、さっきの戦いで使っても良かったと思うけどさ」
「パパからまだ使うなと、念話で再三注意されていましたので。アンジェさんの言う通り、残すチェックポイントも後は二か所だけです。次で使う事を強くお勧めしますよ、パパ?」
「そうだなぁ……」
この2人がそう言うのであれば、次はそれほどまでに難儀な試練になるんだろう。とは言え、次の相手が誰なのか、どんな戦いになるのかを確認しなければ、この場では決めようがない。俺の隠し玉であるクロメルの能力は、限られた時間内でしか発動できないのだから。
街中で疾走して迷惑を掛ける訳にもいかないので、ここでの移動は例外的に徒歩である。それでも今やすっかり歩き慣れた道のりを2人と談笑しながら進めば、気が付けば屋敷の門の前に辿り着いているものだ。門番のワンとトゥーに労いの言葉を掛けて更に進めば、もうその先は決戦の地。ズラリと並んだ者達は、明らかにここでの対戦相手だ。
「……アンジェ、行かなくて良いのか?」
「んんっ? あ、そうだね。クロメルちゃん、厳正な審査をお願いね~」
「当然です。不正なんてしませんよ。アンジェさんも頑張ってくださいね」
「ふっふ~。そう言われちゃうと、お姉さん気合い入っちゃうな~」
アンジェはクロメルを降ろし、向こう側へと移動。これで真に役者が揃った状態になった訳だ。既に屋敷の庭園にはコレットの秘術『 聖堂神域(タバーナクル) 』が施されており、攻撃が外部へ出て行かないようになっている。準備万端な状態で俺を待っていたって感じかな。
「ケルヴィーン! 漸く来たわねー!」
威勢の良い第一声をあげてくれたのは、もう一秒たりとも待てない様子のセラだった。その他の者達も、思い思いの言葉を発してくれる。
「ケルにいなら、絶対ここまで来れるって信じてたよ! ここは通さないけどね!」
「ガァルルルゥ!(通さないけどね!)」
「この場所を指定した時点で、王ならば相手を察していたであろう。そう、此度の戦の相手はワシらじゃ」
「最後に立ちはだかるのは、最も信頼を寄せる仲間ってね。第7チェックポイントは私達『セルシウス家』がお相手するよ」
「アンジェさん、まだ最後ではありませんよ。それよりも、ご主人様の装備が破損しています。戦う前に修繕しませんと」
セラを先頭に、リオン、アレックス、ジェラール、アンジェ、エフィル、そしてクロトがこの場に集結。いつも会っている筈なのに、なぜか胸が高まってしまう。
「お兄ちゃん、クロメルちゃんは私達が連れて行くね」
「パパ、バルコニーから応援していますね!」
それとは別に、幼シュトラとコレットが別途登場。シュトラはクロメルの手を引いて、屋敷の奥へと消えてしまった。うーん、運営の最高責任者らしいし、シュトラはクロメルと一緒に観戦するのかな? 一方でコレットが俺の手を取る。
「ケルヴィン様には必要ないかと思いますが、万が一という事もありますので、私の秘術を――― これで安心です」
「死に至る致命傷を一度だけ回避する『 生還神域(アルカディア) 』か…… もしかして、これ全員に施してる?」
「はい。クロト様の援護もあって、先日同様何とかなりました。 ……ケルヴィン様、このバトルラリーはある意味でここが最大の山場だと言えます。最後の場所に辿り着く為にも、ケルヴィン様には何としてでも勝利して頂きたいです。私如きがこのような事をお願いできる立場でないのは、百も承知なのですが…… どうか、どうかその手で勝利を勝ち取ってください。お願いします」
深々と頭を下げるコレット。いつもの狂乱の巫女ではなく、聖女然とした佇まいに少しポカンとしてしまうが、直ぐにそんな彼女が愛おしくなった。ポンポンとコレットの頭を優しく叩いてやる。
「確かに今回は、俺が思い描ける中で最大の強敵だ。個々の実力もさることながら、連携や互いを信頼する心も過去最強。1人で戦うなんて、無謀としか言いようがない。だけどさ、俺にとってそれはいつもの事だったろ? もう2度とあいつを泣かせない為にも、俺は勝つよ。絶対に勝つ」
「ケルヴィン様……! ご武運を、お祈りしています……!」
恐らくクロメルとシュトラのところへ向かったんだろう。コレットが屋敷へと駆けて行くのを見送る。デラミスの巫女の祈りとは、凄くありがたい効き目がありそう。これで俺もひと安心だ。
「さて、と…… 俺の愛する仲間達、今日はどうやって生を謳歌しようか?」