軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第550話 生誕

―――中央海域

それは突然の念話。方舟に突入して以降、暫く連絡がなかったケルヴィンの声を聞けた事自体は僥倖、されど念話の内容は、緊急を要するものだった。方舟から緊急脱出しろという事は、共に先行したリオンやアンジェ達に向けた連絡なんだと推測できる。しかし、相手を選ばず念話を全員指定で送っている辺り、ケルヴィンがかなり焦っている事も窺えた。脱出しろとの指示は、酷く具体性に欠ける内容だ。恐らくはこの念話に対して質問を飛ばしたとしても、返答があるとは限らないだろう。むしろ、ケルヴィンの思考を邪魔してしまう可能性もある。

ジルドラと対峙しているセラ達は、この場を不用意に動く事ができない。本心から言えば、皆は今直ぐにでもケルヴィンの救援に向かいたかった。だがジルドラを残したままでは、そのような選択肢はあり得ない。この周囲には味方の飛空艇が数多く飛行し、今も天使達と戦っているのだ。向かうとしても、ジルドラを片付け危険因子をなくしてから。或いは自分達よりもケルヴィンの近くにいるであろう、アンジェ達に期待するかだが―――

『―――さっさとぶっ倒すわよ!』

『おうさ!』

『承知しました!』

(何かパパの知らないところで、セラ達が意思疎通している気がするっ!)

愛する人、仕える王に危機が迫っていると知って、悠長に待っていられないのがセラ達というものだ。持ち得る全ての手段を行使して、ジルドラを撃滅する。この一瞬でエフィル、セラ、ジェラールの3人はそれを共通認識とし、グスタフはバアル家に伝わる持ち前の勘でそれを察した。しかし、4人が今にも飛び出しそうになっているこの瞬間にも、状況は深刻化していたのだ。

不意に響き渡るは、空間全域に大きく轟く爆発音だった。それも1つではなく、大規模なものが立て続けに幾つも起こっていた。爆発の発生現場は、どれも戦艦エルピスからだ。流石のエフィル達もこの事態には、そちらを注視しない訳にはいかなかった。味方側は誰だってそうだったし、敵側のジルドラさえもそうしていた。何せ、あの巨大な方舟は彼の手によって生み出され、機竜の肉体と同様に最高傑作と位置づけられた作品だったからだ。

「馬鹿な。我が戦艦エルピスアルブムは、使徒が暴れたとしても問題にならないよう設計しているのだぞ……! 選定者、いや、クロメルの仕業か!?」

ジルドラの言い分に、恐らく嘘や間違いはないのだろう。現にこの巨大戦艦はそれだけの耐久性を有しているし、喩えS級魔法を幾度となく叩き込んだところで、その機能を消失させて墜落するような代物ではないのだ。

だがしかし、そのエルピス内部で今現在取っ組み合いをしている者達は、ある種そういった次元をも超越していた。蒼白い光が飛び出したかと思えば、それを追撃するように漆黒の光が現れる。尤も、それら光はあまりにも速過ぎる存在。そういった眩しさが視界一杯に広がった、という認識だけを脳は理解し、それ以外は曖昧に処理されてしまう。大半の者達の認識はそんなものだ。

パッと眩い輝きが広がった刹那の時間、実際には2つの光は何度も衝突を繰り返していた。異色の糸を取り付けた2本の針が繰り返し布を縫うように、エルピスの強固な装甲が次々と食い破られる。更にはそれらの光が通り過ぎてから、忘れていたものを時間を掛けて思い出すが如く、衝突の際に生じたエネルギーが爆発を開始。常識という言葉を一切廃した、神同士の喧嘩。そのフィールドに指定するには、この方舟は些か脆過ぎた。

―――ズガァァァーーーン!

それから巻き起こったのは、本日最大の爆音と爆発だった。エルピスの中枢、ちょうど真ん中の辺りで発生した異常事態は、巨大な方舟を真っ二つにへし折ってしまう。そう、巨大戦艦が冗談みたいに、ポキッと折れてしまったのだ。

「おいおいおいおいおい、マジかよ!?」

「退避ぃ! 急いで退避しろぉ! 落ちてくるぞぉーーー!」

上空より迫る落下物に逸早く気付いた者達が、大きな叫びを上げた。それを聞いたトラージの飛空艇、 水燕(すいえん) の乗り手らは必死にこの場を切り抜けようと、大急ぎで避難を開始。今となっては統率力皆無な天使よりも、上空より壁となって墜落してくる方舟の方が、危険な存在となっていたのだ。

方舟の先端と末端部分が上空へと舞い上がり、分断された断面が下方へと沈む。このような状態で飛行能力を維持できる筈もなく、エルピスはそのまま断面の端から海面へと着水。その間にもあちらこちらで爆発噴火は発生中だ。元の規模が規模だけに、方舟の撃沈は空から島が丸ごと落下するのとほぼ同意。方舟の極一部のみの落下だけでも、前例のない衝撃が中央海域に走るのであった。

……神の為に用意された方舟が、神達の戦いによって為す術なく崩れ去るとは、何とも形容し難い出来事である。唯一幸いだったのは、クロメルの領域内での戦いを経て、両者とも既に疲弊していた事だろう。これが万全の状態で始まったのなら、周囲一帯の環境は今以上に劣悪なものとなっていた。

「あれは、王なのか……?」

「いいえ、私ですよ。 私(クロメル) と 私(メルフィーナ) による、本気の喧嘩です」

「「「「「―――っ!?」」」」」

不意の応答に、この場にいた全員が驚愕の意を示す。それはジルドラが操る機竜の肩にいた。声を実際に耳にするまで、移動して来た事実が全く察知されず、目にした途端に黒と赤の色合いが際立った。

黒色の正体は、先ほどまで激闘を繰り広げていたクロメル。余裕のある台詞とは裏腹に呼吸が荒く、生傷を体中に作っている。一見メルフィーナを反転させた姿をしているが、ぼんやりと幼い姿が重なって映っているようにも見えた。神としての力を真に発揮できるのは、極短時間に限られる。その言葉の通り、今のクロメルはもう後がないところにまで、追い込まれていたのだ。

「クロメル、貴様っ……!」

赤色の正体は、夥しく滴る鮮血であった。クロメルのものではない、彼女が片腕にてもぎ取った機竜の頭部、その断面より流れ出でる血だ。いとも簡単に摘み取られてしまった竜首は、ポイッと海へと投げ捨てられてしまう。光竜王の体を持つジルドラならば、この状態からでも復元する事は十分に可能だ。しかし、予想もしていなかったこの展開に、ましてや同胞である筈のクロメルに攻撃された事には、動揺を隠せないでいた。そしてそれは、この状況に対面するセラ達も同じだ。

「どうしたのですか、ジルドラ? いつも冷徹な貴方らしくもなく、心が揺れ動いていますね。それでは神と自称するには全てが足りませんよ。あまりに不出来、あまりに不敬です。こんなものでは愛しいあの人に失望されてしまいます。こんなものでは私を殺せない。ああ、いけません。それは許されない事です。絶対に、絶対に。失望される殺せない私を殺せない私を失望殺せない殺せないあの人を私を失望させ殺せあの人を殺せない―――」

呪詛のように呟かれる言葉と共に、機竜の傷口にクロメルの片腕が容赦なく突っ込まれる。クロメルは大量の返り血を浴びるも、一切気にする素振りを見せず、次なる詠唱を開始した。

「――― 寂滅が為の寄生(デアゼーレン) 」

突き刺したクロメルの片腕から放出されるは、ケルヴィンとの戦いの際にも用いていた無数の触手。それらが機竜の肉体を内から這い回り、突き進み、侵食していく。

「ガ、ァ……! グガ、ギ、貴サ、マァ……!」

「ご安心を。私は約束を違えません。必ずやこの肉を使って、神に相応しい力を授けて差し上げます。そしてありがたく頂きましょう。ジルドラ、貴方からの献上品を……!」

機竜を黒き触手に覆い尽くされ、ジルドラの苦しみ悶える叫びもまた、彼方へと消えていった。