作品タイトル不明
第549話 神の素手喧嘩
―――黒女神の神域
女と女による、取っ組み合いの喧嘩。一般的にそれはビンタの応酬であったり、或いは引っかき合いだったり、または興行としてのキャットファイトを想像するかもしれない。しかしだ、俺の眼前で行われているこれは、明らかにそういった範疇を超えていた。
「ハァアッ!」
「ふっ!」
拳と拳、蹴りと蹴り、組み技と組み技が合わさった、明確な殺意を伴う 素手喧嘩(ステゴロ) 。握り拳を振るえば狙う箇所に遠慮や容赦は一切なく、顔面や腹に思いっ切りヒットする。しかもその一撃一撃は、俺やクロトの最大攻撃を丸っと含んだような必殺の威力ばかりだ。仮に俺があの応酬の1つでも食らったとすれば、それだけに肉片になってしまう自信がある。こんな自信持ちたくもないが、悔しい事にこれは事実だった。
「があっ……! ま、だぁ!」
「ぐうっ!」
そんな恐怖の威力を誇る攻撃を受けても尚、2人の動きは全く鈍らない。それどころか更に加速していき、遂には俺の目でも捉えられない領域へと到達しようとしていた。それだけのエネルギーが衝突し合っているんだ。なけなしの魔力を振り絞って障壁を張る俺の下へも、その衝撃波はお構いなしに届いていた。正直に言おう、これだけで骨が折れそう。とても観戦どころではなく、今の俺は激痛に耐える苦行タイムへ突入していた。
メルフィーナとクロメルの動きが見えなくとも、立て続けに受けるこの痛みで分かる事もある。幼女状態のクロメルが、如何に力を制限していたのか。そして奇策妙計まで用いて挑戦しようとしていた俺が、あいつらの次元には微塵も届いていなかった事。転生神であるメルフィーナを召喚して、その力を借りる事で戦況をイーブンへと持ち込む事はできた。が、頼りっきりにしているようで、何だか男として情けなくも思う。
『……同時に、嬉しくも思っちゃうんだよなぁ。やっぱりこの持病とは、一生涯付き合う事になるんかね? なあ、クロト?』
言葉こそはないが、クロトより「え、今更?」みたいな呆れたような感情を受信。うん、そうだね。黄昏ている場合でもないよね。
真面目な話、この戦いの規模はやばい。俺の気持ち的な意味ではなく、物理的な意味で。具体的にはクロメルが展開しているこの黒の領域が、あちこちで悲鳴を上げ始めているのだ。この領域、コレットが使うような秘術の応用で生み出したもんだよな? 俺の 大風魔神鎌(ボレアスデスサイズ) や刹那の斬鉄権ならまだしも、秘術の結界を衝撃の余波のみで崩壊させつつあるってのは、一体どんな冗談なんだ。
「お、おい、ちょっとお前ら……」
「「あなた様っ! 少し黙っていてくださいっ!」」
「………」
反論の言葉はない。つか出せない。白いメルと黒いメルにそう言われては、これは逆らえないと細胞レベルで理解してしまう。先ほどの感動の再会は何だったのか、すっかり闘争意識を頂点にまで高めてしまった2人の戦いは、翼を使っての空中戦に移行していた。
「って、おい! それは不味いって!」
地上での戦いでさえ、この領域に多大な影響を与えていたんだ。それが周囲一帯を縦横無尽に駆け回る空中戦に変わって、同じように滅茶苦茶なエネルギーを撒き散らしたら、本格的にクロメルの領域が粉砕されてしまう。この領域があるからこそ、神同士の戦いによる衝撃が外の世界に漏れずに済んでいる。もしそれがなくなってしまえば―――
「「せぇぇーーーいっ!!!」」
―――パキリと、世界の一欠片が破壊されたような、不吉な音が聞こえたような気がした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
―――中央海域
白と黒の神達が加減なしの殴り合いをする中、方舟の外では大方の形勢が決まりつつあった。外のいる強敵は全て排除し終わり、残るの方舟より現れ続ける天使は他戦力で対応可能。先行して方舟に向かったケルヴィン達を支援するべく、セラ達は突入の準備を進める。が……
「んー、やっぱ嫌な予感がするわね。それも途轍もないのが!」
目を瞑りながら腕組みをし、空中で神経を尖らせていたセラが、再度そんな事を言い出した。
「またか!? セラよ、さっきも言っていたが、それは真なのか? さっきも一度警戒していたが、結局何も起きんかったぞい」
「真も真、本気も本気よ。これがどこから来る予感なのかまでは分からないけれど、明確に感じるのよ。父上はどう?」
「セラがそう言うのならば、そうなのだろう! パパは全面的に支持しちゃうぞ!」
「うわー…… セラは兎も角として、こちらはあまり当てにしたくないのう…… まあ、もう少しでシュトラ達もこちらに来る事じゃし、警戒を厳にするのには大いに賛成じゃが――― む!」
「「「っ!」」」
タイミングを合わせたかのようにエフィル、ジェラール、セラ、グスタフの4名が、真下にある海面へと同時に視線を向けた。まさか、しかし。そんな感情を瞳に移しながら、即座に臨戦態勢に入る。
それから数秒して、それは海の底より黒い影を形作った。徐々に徐々にと影のサイズが大きく膨張していくのは、何者かが浮上している確固たる証拠。そして4人は、それが何なのかを既に察していた。エフィルが矢をつがえ、ジェラールが魔剣を構えるて迎撃に備える。セラとグスタフも同様だ。
「来るぞっ!」
グスタフの叫びから間もなくして、目視する海面より高らかと水しぶきが舞い上がる。その中で4人は確かに認識した。撃墜した筈の機竜、ジルドラ・サンが矢で貫いた頭部を、そして焼き払った肉体を完治させて、再びこの空へと飛翔するその様を。
「 空顎(アギト) !」
「 極蒼炎の焦矢(メルトブレイズアロー) !」
認識するよりも速く、反射的に放たれるジェラールとエフィルの攻撃。されどその双撃の精度は精密で正確であり、上昇する機竜へと確実に当たる軌跡を描いていた。
「―――無駄だ。その程度の攻撃では、この装甲は貫けん」
2人の斬撃爆撃を両腕で弾くと共に、機竜内部より響き渡る声。男のものと思われる、聞いた事がない声だった。だが、エフィルとジェラールはその声の主を知っていた。感情の見えぬ口調、人を人と思わぬ冷徹さが垣間見えたのだ。
「貴様、ジルドラかっ!?」
「ああ、そうだ。私はジルドラ、究極の生命として誕生した、新たなる神だ。ふむ、なるほどな。幾度となく肉体を変えてきたものだが、やはり私には本物の肉体が最も適しているらしい。素晴らしいほどに馴染むぞ、この力……!」
己の新たなる肉体を誇示するように、ジルドラが機竜の背に光の曼荼羅を展開する。それはかつての光竜王、ムルムルと戦った際に見た、光の輪と酷似していた。
「復活して早々に神気取りか? 落ちたものであるな、ジルドラ!」
「神気取りなどではない。現実として、私は神となったのだ。このボディは私が技術の粋を掻き集め、更にはクロメルに願ってまで生み出した究極の肉体。トリスタンの神に反応する固有スキルにも、見事に適応していたよ。彼奴め、自分が死亡した際に私の自我が復活するよう、小癪な細工をしていたな? どこまでも道化め」
「お言葉ですが、貴方が神かどうかなんて関係ありません。現に、私達は先ほどその竜を倒しています。再生能力があると分かったのならば、今度はそれが不可能になるまで滅するのみです」
「フッ。分かっていないな、我が娘よ。この体を造ったのは私であり、最も使いこなせるのもまた私よ。トリスタン如きの配下であった際の力と、一緒にする馬鹿がどこにいるのだ。まあいい、目覚めの後の準備運動だ。手始めに貴様らを、まとめて実験材料にしてやろう」
機竜の尾をしならせ、オートモードの時とは全く違う覇気を放出させるジルドラ。ジェラールらと対峙し、この空間に凄まじい殺気が満ち始めていた。
……が、状況はこの場にいる誰もが予期せぬ方向へと、急激に舵を切る事となる。
『全員、方舟から緊急脱出しろ! 問答無用でだ、急げっ!』