作品タイトル不明
第533話 選定の間
―――戦艦エルピス
様々な椅子が立ち並ぶ異様なこの空間にて、舞桜はその中の1つである大きな切り株に腰掛けながら声を発していた。切り株を椅子と称するには少々粗末にも感じられたが、舞桜はこの無数にもある腰掛けから、自らそれを選んだようだ。
「それにしてもおかしいな。リオルドから託された方舟の見取り図じゃ、クロメルのいる礼拝堂はこの先にあった筈だ。この変な部屋で行き止まりって事は、俺達は奴に偽物の地図を持たされたのかねぇ?」
「いいえ、本来であれば正しいルートですよ。確かにクロメルの礼拝堂はこの奥にあります。但し、今は緊急時でしょう? 防火シャッターが下りてしまって、それで道が塞がれているようなものだと思ってください」
「……この部屋が、か?」
ケルヴィンが改めてこの空間を見回す。広く、無駄に天井の高い部屋だが、やはり椅子くらいしか置いているものはない。壁も急ごしらえである様子はなく、どこかの城で使うようなしっかりとした作りだ。
「この部屋は選定の間と言いまして、この時の為に俺が用意したものです。ここに存在する椅子は、歴代の神の使徒がかつて愛用していたものを模倣した、所謂コピー品。神の使徒が積み上げてきた歴史を表している、ともいえますね。今日という日が来るまで、本当に長かったんですよ?」
「何だ、舞桜は使徒の中でも古参だったのか?」
「ええ、まあ。立場や役職はその都度に変わりましたけど、これでも一番最初に代行者に選ばれた変わり種ですよ」
「最古参じゃないか。俺も立ち位置としちゃ、こう言うべきではないんだろうけど…… クロメルの我が侭に付き合ってくれて、ありがとうな」
そう言うとケルヴィンは舞桜に向かい、深々と頭を下げた。日本人らしい、きっちりとしたお辞儀だ。舞桜もこの時ばかりはポカンとしているようだった。
「……ぷ、ふふっ! ケルヴィンさんの為に神にまでなって、世界を掌握しつつあるクロメルが我が侭ですか。ケルヴィンさんの発想は面白いなぁ」
「だってそうだろ? あいつがやろうとしている事は、要は俺の為に世界を振り回しているだけだ。発端がどうであれ、他人からしちゃ迷惑この上ないよ。ま、確かに 戦闘狂(おれ) にとっては最大級のプレゼントなんだけどな! だから、ありがたく頂くとする!」
「ああ、良かった。実をいうと、ここまでしておいてケルヴィンさんに引かれないか、その一点だけが心配だったんです。愛が重いとか、流石にそれは…… なんて言われたら、クロメルが一体どんな化学反応を起こすのか、流石の俺も予想できませんでしたので」
ガチャリと鎧の擦れる音が響かせながら、舞桜が腰掛けていた切り株より立ち上がる。黒と金で色付けされた鎧と兜は舞桜の素顔を隠し、その表情を窺わせまいと立ちはだかっている。
「今しがた申しました通り、この先にはクロメルがいます。ですが、このまま素直に皆さんを通す事はできません」
「へえ、お前を倒すのが条件か?」
「その通り――― っと、ちょっと待ってください。クロメルから連絡が、ええ、ええ…… え、良いんですか?」
「………」
大事な商談の場で携帯が鳴ったかの如く、鎧姿のままこっそり電話を取るような素振りを見せる舞桜。実にアンバランスな光景だ。ケルヴィン達は大人しく待つ事とした。
「……ふう、失礼しました」
「何かお前も大変そうだな。で、クロメルは何だって?」
「ええとですね、どうもケルヴィンさんを目の前にすると辛抱できないようでして、ケルヴィンさんだけなら先に通して良いと、そんな連絡です。今まで我慢できてた癖に、いざ本番になるとこれですよ。それで、どうします? 俺としてはどっちでも構いませんけど、あまり待ち合わせ相手を待たせるのもどうかなと」
「それ、誘導尋問だよな?」
舞桜をこう提案しているのだ。ケルヴィンだけが通るのなら、自分はこのまま素直に道を開けよう。しかし仲間も一緒に行くのなら、当初の予定通り自分が壁となって立ちはだかる、と。詰まるところ、邪神の心臓でセルジュがリオン達を通せんぼしていた焼き直しのようなもの。クロメルは前回と同様に、2人きりでの逢瀬を所望しているようだ。
「先に言っておきますが、俺と戦えなくなる事を残念に思う必要はありませんよ。ケルヴィンさんにとっても馴染み深い固有スキル、『絶対共鳴』を持っている影響で、俺はクロメルと同等の個体性能に修正されています。むしろ俺はそれだけの使徒なんで、より強い人と戦いたいのなら、断然クロメルと戦う事をお勧めしますね」
「おいおい、そんなのを俺1人で相手しろってのか?」
「はい。それがクロメルの望みであり、ケルヴィンさんの望みでもある筈ですから」
「……ケルにい、悩む必要はないよね?」
今まで沈黙を保っていたリオンが、そう言いながらケルヴィンの手を握った。
「僕達の事はいいから、ケルにいは先に行って。ケルにいが行った後に、舞桜さんを倒して僕達も直ぐに後を追うからさ」
「……いいのか?」
「「良くはないですね!」」
ジト目な刹那とエマが、口を揃えて細やかな抗議の声を口にする。尤も、2人は諦め半分な様子だ。
「普通に考えれば、全員で一気に使徒を倒した方が効率的ですよ。刀哉だってそうするでしょう」
「ですね。でもまあ、今回はケルヴィンさんのしたいようにしてください。正直、話が大き過ぎて私じゃ把握し切れないので」
「ん、ケルヴィンに任せる。たぶん、それが一番上手くいくと思うから」
「―――という訳で、ここは僕達に任せてよ、ケルにい!」
握られた手を離され、その代わりに背中を押される。答えは最初から出ているようなものだった。
「ケルヴィンさん、貴方もそれでいいですか?」
「……ああ、俺は先に行かせてもらう。だけど、願わくば舞桜とも生きた状態で再会したいもんだ。んで再戦したい。リオン達の勝利は確信してるけど、変な負け方はしないでくれよ?」
「ハハ、ケルヴィンさんは気が早いというか、やっぱり相変わらずだなぁ」
「笑う暇があるなら、早く道を開けてくれ。どうやって先に進むんだよ。壁を壊せばいいのか?」
「あ、ちょっと待ってください、壊さないで! その鎌じゃ、本当に船が真っ二つになっちゃいますから!」
大鎌を形成して振りかぶるケルヴィンに対し、舞桜があたふたと止めに入る。
「クロメルの礼拝堂には、ここにある椅子のどれか一つだけが繋がっているんです。正解を引けば、そこに座るだけで到着できますよ」
「また変な仕掛けにしてんのな…… で、どれに座れば?」
「………(にこっ)」
「自分で当てろってか!?」
選定の間に置かれた椅子の数は百を優に超し、種類や年代も全て異なっている。ここから正解を探すのは、1つ1つ試すにしてもなかなかに面倒な事だ。
「それともう1つ、正しい椅子を探すチャンスは一度きりです」
「は? 何で?」
「困った事に、これもクロメルからの指示でして。ケルヴィンさんなら、たった1回の挑戦で運命的に正解を引き当てると、彼女は信じて止まないようですね。まあ、間違ったらその時はその時ですよ。正攻法で俺を倒してから、微妙な空気の中でクロメルと会ってください。さ、どれにします? ちなみにこの切り株は俺の椅子なんで、そこだけは除外してくださいね。もちろん、俺の言葉を疑った上で座るのもありですよ?」
「お前さ、その兜の中ですっごい笑顔になってるだろ、絶対…… どれにするって言われてもなぁ。まあ、直感で選ぶしかないか。じゃ、この食堂にあるようなありきたりな椅子で。豪華絢爛な玉座より、こっちの方があいつらしいだろ」
ケルヴィンはパッと目に付いた椅子のところに向かい、ひょいっと座る。すると次の瞬間、ケルヴィンの足下に魔法陣が発生して、椅子諸共眩い光の中へと姿が消えてしまった。それがあまりに急だったもので、思わず無言になってしまう一同。
「……うわぁ、本当に1発で当てちゃったよ、あの人」
ボソッと、舞桜がそう呟いた気がした。